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038 8月1日 六秒の魔法
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(それって……)
私の固まった様子を見た怜央は静かに続ける。
「やたら背の高い男で、金髪みたいだったって。しかもお前、とても親しそうにしていたんだってな」
最後は語尾が強くなっていた。その強さに怜央に責められている事が分かった。
確かに私は昨日バス停で男性に頭を撫でられていた。その相手はバーテンダーっぽい男性で金髪に近いけれども、怜央が想像する様な相手ではない。
(バス停だったし誰かに見られていたのかな)
怜央は人伝に私をバス停で見かけたと言う。一緒にいた男性の風貌から良からぬ事を想像しているのだろう。怜央の責める口調は心配から来るものだとは思う。
だけど、怜央はそうじゃなくても迫力があるのに、自分がどれだけ相手に影響を与えるのかを分かった上で、それを利用して怜央は私の逃げ場をなくし話を突きつけてくる。
何も言わない私の態度が『バーテンダーっぽい男と一緒だった』と言う事を肯定していると見なしたのか、怜央はこんな事を言い出した。
「その男が原因でお前は俺と別れたいなんて言うのか?」
瞬間、私は爪が手に食い込むほど鞄のベルトを握りしめた。勝手な怜央の考えに私は震えが来るほどの怒りを感じたからだ。
(どうして怜央は私の意見を聞かずに、周りの言う事を信用するの)
ただ、ただ、そんな思いだけぐるぐると回って声が出なくなった。
信用されていない事に呆然として目の前が真っ赤になっていく様だ。喉が渇いて口の中が乾いて言葉が継げなくなる。息も浅くなって苦しくて悔しくて何も言えなくなる。
息が浅くなる私に怜央が訝しげに首をかしげた。
「おい明日香?」
(怜央こそ私の何を見ているの。私はいつだって怜央だけだったよ)
そんな時、ぽつりと七緖くんの声が心の奥底で響いた。
──冷静に喧嘩したいんやったら、言葉を飲み込む前とか爆発しそうな前に、六秒数えてみるとええよ? ──
優しい七緖くんの声。
私は意地っ張りで悔しいと思っている事も上手く表現出来ないんだって見抜いてくれた七緖くん。
『そうよ七緖くんの言う通りよ。本当に思う事を怜央に言ってやればいいのよ』
私の中にいるもう一人の私。例の、黒くてモヤモヤしている私が囁いた。
いつもは私に『何も出来ないわね』と笑うだけなのに、今日は何故か頼もしい相棒だ。言ってやれば良いって、なかなか良い事を言うじゃない。
(六つ数えるのよね)
私は瞳を閉じてゆっくりと浅い呼吸を深くする様に努める。
「何も言わないのはバーテンダー風の男の事が本当だからか? 明日香、お前は良い様に遊ばれているかもしれないぜ」
突然瞳を閉じた私に、怜央が両手を伸ばして私の二の腕をつかんだ。心配している怜央の声が聞こえる。
六、五、四……
私は海の底に潜っていくイメージをする。息を深く吸い込んで吐いてを繰りかえして集中する。
(六つ数えたら適当な言葉を言えば良いって言っていたっけ。『何?』とか『ほれで?』とかでいいって)
六つ数える少しの間に、怜央に何を言いたいのか考える。
(大体、怜央はどうして私が浮気した様な言い方をするのよ。昔からちょっと私が誰かと仲良くするとすぐに心配だって大騒ぎするんだから。そういえば野田くんの時も似た様な感じだったわよね?)
怒りや悔しさをぶつけるだけでは駄目だ。冷静に言葉で伝えたい。
二、一。
数を数え終わり私はパチリと目を開ける。間近に迫った怜央に向かって一言告げた。
(そうだ。最初の一言は──)
「──知らんけど」
思った以上にはっきりとした私の声が辺りに響いた。それは、犬の散歩をしていた人が振り返るほど大きな声だった。
「…………はぁ?」
その私の訳の分からない一言に怜央は困惑した声を上げる。先ほどまで射貫く様な視線だったのに、私の一言で戸惑いに変わっていた。
私はそんな怜央の顔と自分で言った一言に、たまらず吹き出してしまった。
(知らんけどっていきなりすぎだし!)
怒りばかりで塗りつぶされそうだったけれども、怜央の間抜けな顔を見ると何だか肩の力が抜けた。私は一人でひとしきり笑う。その様子を見た怜央が不機嫌そうな声を上げる。
「俺は明日香の事を心配しているんだ」
「ごめんごめん」
(あれ? 何で私が謝っているの? 怜央が誤解をしているのか本当に心配しているのかは分からないけど、珍しい怜央の顔が見られたから良しとしようか)
深呼吸をして私は怜央に向き直る。姿勢を正した私に怜央も真っ直ぐ立つ。私は怜央の顔を見つめる。怜央が口を閉じて私の言葉を待った。
「確かに私はバス停にいたし親しそうに話をしていたよ。でもバーテンダーじゃないよ」
私の真っ直ぐな言葉に怜央が安堵した表情を見せた。
私の固まった様子を見た怜央は静かに続ける。
「やたら背の高い男で、金髪みたいだったって。しかもお前、とても親しそうにしていたんだってな」
最後は語尾が強くなっていた。その強さに怜央に責められている事が分かった。
確かに私は昨日バス停で男性に頭を撫でられていた。その相手はバーテンダーっぽい男性で金髪に近いけれども、怜央が想像する様な相手ではない。
(バス停だったし誰かに見られていたのかな)
怜央は人伝に私をバス停で見かけたと言う。一緒にいた男性の風貌から良からぬ事を想像しているのだろう。怜央の責める口調は心配から来るものだとは思う。
だけど、怜央はそうじゃなくても迫力があるのに、自分がどれだけ相手に影響を与えるのかを分かった上で、それを利用して怜央は私の逃げ場をなくし話を突きつけてくる。
何も言わない私の態度が『バーテンダーっぽい男と一緒だった』と言う事を肯定していると見なしたのか、怜央はこんな事を言い出した。
「その男が原因でお前は俺と別れたいなんて言うのか?」
瞬間、私は爪が手に食い込むほど鞄のベルトを握りしめた。勝手な怜央の考えに私は震えが来るほどの怒りを感じたからだ。
(どうして怜央は私の意見を聞かずに、周りの言う事を信用するの)
ただ、ただ、そんな思いだけぐるぐると回って声が出なくなった。
信用されていない事に呆然として目の前が真っ赤になっていく様だ。喉が渇いて口の中が乾いて言葉が継げなくなる。息も浅くなって苦しくて悔しくて何も言えなくなる。
息が浅くなる私に怜央が訝しげに首をかしげた。
「おい明日香?」
(怜央こそ私の何を見ているの。私はいつだって怜央だけだったよ)
そんな時、ぽつりと七緖くんの声が心の奥底で響いた。
──冷静に喧嘩したいんやったら、言葉を飲み込む前とか爆発しそうな前に、六秒数えてみるとええよ? ──
優しい七緖くんの声。
私は意地っ張りで悔しいと思っている事も上手く表現出来ないんだって見抜いてくれた七緖くん。
『そうよ七緖くんの言う通りよ。本当に思う事を怜央に言ってやればいいのよ』
私の中にいるもう一人の私。例の、黒くてモヤモヤしている私が囁いた。
いつもは私に『何も出来ないわね』と笑うだけなのに、今日は何故か頼もしい相棒だ。言ってやれば良いって、なかなか良い事を言うじゃない。
(六つ数えるのよね)
私は瞳を閉じてゆっくりと浅い呼吸を深くする様に努める。
「何も言わないのはバーテンダー風の男の事が本当だからか? 明日香、お前は良い様に遊ばれているかもしれないぜ」
突然瞳を閉じた私に、怜央が両手を伸ばして私の二の腕をつかんだ。心配している怜央の声が聞こえる。
六、五、四……
私は海の底に潜っていくイメージをする。息を深く吸い込んで吐いてを繰りかえして集中する。
(六つ数えたら適当な言葉を言えば良いって言っていたっけ。『何?』とか『ほれで?』とかでいいって)
六つ数える少しの間に、怜央に何を言いたいのか考える。
(大体、怜央はどうして私が浮気した様な言い方をするのよ。昔からちょっと私が誰かと仲良くするとすぐに心配だって大騒ぎするんだから。そういえば野田くんの時も似た様な感じだったわよね?)
怒りや悔しさをぶつけるだけでは駄目だ。冷静に言葉で伝えたい。
二、一。
数を数え終わり私はパチリと目を開ける。間近に迫った怜央に向かって一言告げた。
(そうだ。最初の一言は──)
「──知らんけど」
思った以上にはっきりとした私の声が辺りに響いた。それは、犬の散歩をしていた人が振り返るほど大きな声だった。
「…………はぁ?」
その私の訳の分からない一言に怜央は困惑した声を上げる。先ほどまで射貫く様な視線だったのに、私の一言で戸惑いに変わっていた。
私はそんな怜央の顔と自分で言った一言に、たまらず吹き出してしまった。
(知らんけどっていきなりすぎだし!)
怒りばかりで塗りつぶされそうだったけれども、怜央の間抜けな顔を見ると何だか肩の力が抜けた。私は一人でひとしきり笑う。その様子を見た怜央が不機嫌そうな声を上げる。
「俺は明日香の事を心配しているんだ」
「ごめんごめん」
(あれ? 何で私が謝っているの? 怜央が誤解をしているのか本当に心配しているのかは分からないけど、珍しい怜央の顔が見られたから良しとしようか)
深呼吸をして私は怜央に向き直る。姿勢を正した私に怜央も真っ直ぐ立つ。私は怜央の顔を見つめる。怜央が口を閉じて私の言葉を待った。
「確かに私はバス停にいたし親しそうに話をしていたよ。でもバーテンダーじゃないよ」
私の真っ直ぐな言葉に怜央が安堵した表情を見せた。
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