【R18】さよならシルバー

成子

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037 8月1日 あいつは誰だ

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 怜央と二人で住宅街の道を歩く。

 いつもなら通勤や通学の人が増えている時間だが、あまり人は出歩いていない。夏休みの土曜日だからかもしれない。住宅街は静かだ。

 いつもなら長い足でスタスタと歩く怜央だが、今日は私に合わせてゆっくりと歩く。

 私が別れ話を切り出すまでは手を繋いで歩く事が多かったけがそれも今はない。手が触れそうで触れない微妙な距離を歩く。

「おばさんに昨日聞いた。勉強を教えてくれる講師のところでアルバイトもしているんだろ?」
 優しい怜央の声が私の頭の上で響く。

(お母さんったら怜央に話しちゃったのか。お母さんには怜央と付き合っている事を黙っていたけれども、何か感じ取っていたのかもね)

 元々家族ぐるみで付き合いもあるから、家庭の事情などもあけすけだ。お母さんと共有している事は怜央に筒抜けだ。

「うん。カレーとコーヒーしか置いていない喫茶店を経営している人が講師だからね」
「え。それは喫茶店なのか?」
 怜央が訳が分からないと言った様子で首を傾げた。
「私も最初はそう思ったんだけどね。でも人気がある喫茶店だよ」
「ふーん。そんな喫茶店なんて聞いた事ねぇな。経営しながら講師って出来るのかよ?」
 不思議そうにする怜央に私は、博さんの事を説明する。すると思い出した様にポンと自分の手を叩いた。

「その博さんって人が、前に夜遅く車に乗ってお前の家に来た男だな?」
「うん。そうなの」
「そうだったのか……」
 怜央は自分の唇を片手で塞ぐ。何か考え事をしている時の癖だ。

(私の講師は博さんがメインではなくて、むしろ七緖くんなんだけどな。あの車には七緖くんも乗っていたんだけど、気がつかなかったのかな)

 それから怜央は意を決した様にパッと私に振り向く。
「なぁ、車にはもう一人男がいたよな?」
「あ……うん」
 やはりと言うかさすが怜央。視力まで良い。あの暗い中で七緖くんの事もバッチリ観察していた様だ。でも、七緖くんだとは認識出来ていない様子だ。当たり前と言えば当たり前だが。それぐらい私と英数科の七緖くんとの接点はない。紗理奈は七緖くんと同じクラスだが紗理奈を通じて七緖くんの話をする事は皆無だったし。

(でも、別に隠す必要はないものね。後ろめたい事なんて何もないし)

 後ろめたい事……昨日の倒れ込んでしまった七緖くんとの事故と距離を思い出す。紗理奈にも「七緖くんにしなよ」なんて勧められた事を言われたから少しためらわれる。

 そう思った矢先、怜央が先に話し始める。
「明日香。お前本当に喫茶店でアルバイトしているんだよな?」
 とても低い声だった。

「え?」
 私は顔を上げて怜央を見つめる。怜央は歩いていた足を止め私を見つめていた。片手で口元を覆って、辺りに声が響かない様に気を遣っている。

「どういう事?」
「おばさんに話を聞いたら帰ってくるの二十二時を過ぎるみたいじゃないか」
 怜央が一重の瞳で私をじっと見つめながら話す。

 その視線は私が嘘をつかないか見極めようとしている視線だ。

(何でそんな事を聞くの?)
 私は怜央の厳しい視線の理由が分からず首を傾げる。

「確かに時間は遅いけれど気をつける様にしているよ。帰り道とかもね。でもさ塾に通っていたら皆そんなもんでしょ? 部活をしていた時も大会前だと遅い時間の時もあったじゃない」
 私は帰る時間が遅い事を怜央が気にしていると思い答える。

 しかし怜央はそんな私の様子に納得がいかないのか視線を少し逸らして考える。

「そうだけどさ……」
 口を覆う手を外した怜央はジャージのポケットに手を突っ込んで顎を引く。

 それから意を決して低く通る声ではっきりと話す。切れ長の鋭い瞳で私を射貫く。その視線は息をするのも忘れそうになる。怖いと言うより逃げる事が出来ないといった気分になる。

(蛇ににらまれた蛙かな。幼い頃から怜央に怒られたり、注意されたりする時はいつもこんな感じになるよね)

 そんなのんきな考えも次の怜央の突きつけられた言葉に停止するしかなかった。

「昨日お前がバーテンダーっぽい男とバス停で一緒にいたのを見た奴がいてさ」
「!」

 私は凍り付いた様な感覚になった。
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