【R18】さよならシルバー

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050 8月7日 ぼんやりは変態の始まり

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「今日で補習授業が終わって良かった! 七緖くんのおかげだよ。本当にありがとう。これからもよろしくね」
 私と七緖くんは学習室近くのファーストフード店で向かい合いチョコレートパイを食べていた。

「……」
 私は向かい側に座る七緖くんに話しかけるが、無言だった。


 七緖くんは私の顔……を見ていると思うのだが、頬杖をついてぼんやりしている。ぼんやりはしているけども、頼んだチョコレートパイは二個のうち一個は既に完食していた。

(そういえば最近かな? こんな風にぼんやりする事が七緖くん、多いよね)

 例えば私が問題が解けず長く考え込んでいる時、不意に視線を感じるなぁ……と思うと七緖くんが今の様に頬杖をついたまま、ジーッと一点を見つめている。

 七緖くんが見つめているのは、私の顔か指先か。後は何処という訳ではない様だ。意外と目の前にいても、人は何を見ているのか分かりにくいのだと知った。

 ただ、目を見つめている時だけ視線が合うと七緖くんはゴクンと唾を飲み込む事がある。

『七緖くん?』
『あっ、うん。何?』
 大抵声をかけるのは私だけど、その時初めて気がついた様に我に返る七緖くんだった。


 と、言いながらも、実は私も七緖くんの事をぼんやりと見つめてしまう時がある。つまりお互い様。しかも私は時々自分が変態なのではないかと心配になってくる。

 何故変態だと思うのか? それはキス未遂があった以降私は、七緖くんといると彼の手、瞳、そして唇が気になって仕方ない。しかも、薄くてピンク色の唇から話す時にチロチロと覗く舌に気を取られる。

(七緖くんとキスしたらどんな感じかな。キスって色々あるけれど、唇を軽く合わせるだけじゃなくて、舌を絡めて貪る感じのキス。何で舌を絡める必要があるのか未だによく分からない)

 キスだけは怜央と何度かしたけれど萌々香ちゃんの事が気になってしまい、あまり心地が良いと思わなかった。ただ悲しいだけで『何故』と思う気持ちばかり先行していたからだろうか。

 なのに──

(七緖くんとキスしたらどんな感じなのかなんて……なっ、何を考えているの私。私はもしかして変態なのかな。それとも欲求不満?)

 何だか自分でどうしてそんな事を考えるのか、分からなくなる事が増えて来た。


 そんな事を考えているのは、きっと私が七緖くんに惹かれているからだと思う。


(私は七緖くんの事を好きなんだろうなぁ。それなのに、何だかこう、言いたくないけれども表現するとしたら『ムラムラ』している様な感じが先行しすぎて、恥ずかしい気がする。そもそも、好きって何なの……怜央の時はこんな感じじゃなかったのに)

 怜央への気持ちは段々と薄まっている。ただ萌々香ちゃんの顔が浮かぶと、落ち着かなくなるのは変わらない。怜央とは話をして少しずつ整理が出来ているからなのかもしれない。でも萌々香ちゃんとは……やっぱり話をしてはっきりする必要があるのかな。私自身の為に。

 そんな事を考えていると最後、七緖くんに気がつかれて、今度は私が七緖くんに慌てて返事をするという事がお互いに増えていった。


(んんっ! とにかく。私のぼんやりも多いけれども、七緖くんのぼんやりは──あれ? いつからだったかな。今週に入ってからだったかも)

 そこで一つの結論にたどり着く。

(七緖くん、疲れているんだろうなぁ……私の勉強を見ながら自分の勉強もして、休みという休みもないし。今日は早めに切り上げた方が良いかな。だって明日は土曜日だし、アルバイトが入っていて一日中フルに動かないといけないし)

 七緖くんのぼんやりはまだ続いている。私が声をかけてから数分経ってしまった。更に私の考え事をする時間も過ぎ、お互いを見つめながら無言の時が過ぎてしまった。

「七緖くん、今日は学習室を借りずに休む為に解散しようか?」
 私がようやく尋ねると、七緖くんはハッとして頬杖から顔を起こす。それから勢いよく左右に顔を振った。ほっぺたがぷるぷると震えるほど勢いよくだ。

「えっ。ほんなの嫌や。二人でおれる時間やのに」
 七緖くんが長い手でテーブルの両端をつかんで前のめりになった。

「えっ?」
 その勢いと『二人でおれる』という言葉に私は仰け反りながら何だか嬉しい顔になる。

「あっ、ちゃう」
 思わず言ってしまった事に我に返った七緖くんが更に首を振る。大丈夫かな? 首から上がちぎれて飛んでいかないだろうか。

「違うんだ……」
 がっかりしてしまった私に七緖くんが慌て出した。

「いや、だからほらえっと。ほうやね、ちょっとだけ気分転換って言うか、こもって勉強をずっとするのもなぁ~羽を伸ばしたい様な気もするけど。やっぱり二人でこもって勉強した方がええかなぁって。そうしたら一緒におれるし。って……もう、何を言っとんの僕は。はぁ」
 珍しく少しだけ早口でまくし立てた七緖くんだが、最後は何だか頭を抱えて下を向いてしまう。

 その様子が何だかホッとする様な、おかしい様な気がして私はイチゴシェイクを持ちながら微笑んだ。

「そうだよね気分転換か。何があるかなぁ……七緖くんは何したい?」
 やっぱり気分転換は必要だろう。その方が勉強の効率が上がるだろうし。

 なのに、私の一言に七緖くんは頭を抱えたまま大きな体をびくりと震えさせた。

「な、何したいってほんなの……こんなところで言える訳ないし。って言うか、ほんまにそんな事聞いてる訳ちゃうって分かっているのに。僕、何を想像しとんや。何もかも才川くんにストーカー呼ばわりされるから」
 何故か最後はブツブツ言いながらますます頭を抱えて小さくなっていった。表情は全く見えないけれども耳のところが真っ赤になっている。

(変な七緖くん。やっぱり相当疲れてるのね。ここは解散の方がいい様な気もするけれども。何か気分転換するなら……うーん。ぼんやりするならゆっくり出来る様な場所がいいよね?)

 そこで私はとある場所を思い出した。

「そうだ! 陸上競技場の側にある公園に行ってみない?」
「えっ。陸上競技場……側の公園?」
 陸上競技場という言葉を聞いて七緖くんは少し驚いていた。

「夏で日差しは強いけど公園は日陰も多いし。それに今日は風が気持ちいいし、少し歩いてみよう?」
「……うん。ほれならええかも」
 そう言って私達二人は残りのチョコレートパイを食べてファーストフード店を後にした。

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