【R18】さよならシルバー

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066 8月22日 そばにいる大人達 2/2

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 博さんは避妊具を持っていった七緖くんを咎める事はなかった。

 当然相手が私である事はバレバレだ。二人でした事もバレているが、博さんのお小言のポイントはそんな事ではなかった。

「付き合うななら付き合うって言えよな。俺だって駿の事を信頼しているのに……寂しいだろ」
 そう一言ぽつりと博さんは呟くと口を尖らせた。

「かんにん……やなくて、ごめんなさい」
「ごめんなさい」
 七緖くんと私が謝ると博さんはにっこり笑ってくれた。

「どんどん仲良くなっていくから、きっとお似合いの二人になると思っていたけどさ。早いなぁ……最近の若者は」
「ほういうわけではないんやけど」
 早速七緖くんは顔を赤らめていた。最近の若者からはどちらかといえば脱線している私達二人のはずだが、大人からはそう見えるのだろう。

「からかってるわけじゃねぇよ。よかったな二人両思いで。俺も通ってきた道だから色々分かっているつもりさ。人生の先輩として、アレは駄目、コレは駄目って否定はしないぜ。もちろん二人を信頼しているし。だけど十分気をつけるんだぞ? 正しく理解していると信じているから細かい事は言わないけど。それでも困った事は必ず相談しに来いよ。いいな?」
 そう告げる博さんに、私と七緖くんは顔を見合わせて「はい」と返事をした。

「よーし。それじゃぁ今晩俺は、駿の童貞卒業を祝って飲みに行こうかな」
「止めてーな。何でほんな事を祝われなあかんの」

 私と七緖くんは博さんの余計な一言さえなければ良いのにと思った。



 ◇◆◇

(私ったら何を思い出しているの)
 お盆に入ってすぐ七緖くんと関係した事が博さんにバレてしまった事を不意に思い出し私は再び顔を赤くした。

「何で顔赤いん?」
 首を傾げた七緖くんに私は慌てて首を左右に振った。

「何でもないよ。売り切れなら、表の看板を準備中に替えてくるね」
 私はそう言って慌てて入り口に足を運んだ。すると同時にドアベルが鳴りお客さんが一人入ってきた。
「あの、一人なんですけど。もしかしてお昼の営業はお終いですか?」
 お客が一人もいない店内を見て男性は残念そうな声を上げる。濃い色のデニムに白いシャツを合わせた爽やかな青年だった。

「すみませんお昼の分は完売で、あれ?」
 見上げると、その爽やかな青年に見覚えがあった。

「えっ……明日香じゃないか! 何でここに?」
 青年は細い瞳をこれでもかと見開いていた。それから、私の顔から足のつま先まで視線を彷徨わせる。この爽やかな青年の名前は。

「雄介くん」

 そう、萌々香ちゃんと怜央の関係を知ってしまった集まりの時に『萌々香に気をつけろ』と助言をしてくれた雄介くんだった。



 ◇◆◇

 入り口のドアプレートを準備中として、店内に戻る。カウンターに近いテーブル席に雄介くんが座っていた。そこへカレーとサラダを持って、博さんが現れた。

「すみません。だって、お昼分は完売だったんですよね?」
 雄介くんが博さんに申し訳なさそうに頭を下げる。

「大丈夫大丈夫。だってさ、巽さんの幼なじみで駿の先輩。つまり俺の後輩とくればさ。せっかくの縁なんだ。大切にしたいだろ?」
 そう言ってカレー皿をテーブルの上に並べていく。銀河カレーではなくまかない用にとっておいたカレーだ。今日はなすが入っている。

「おお~良い香り……ありがとうございます」
 カレー好きなのか雄介くんはカレーに目を奪われキラキラさせていた。そして嬉しそうに博さんにお礼を言っていた。

 雄介くんは私が通う大城ヶ丘高校の先輩だ。スポーツ科の私とは異なり、勉強がとても出来たので英数科の生徒だった。

 つまり七緖くんの先輩で、博さんの後輩だ。

 通常ならもう完売だと案内するが、輪になる様な繋がりが分かって、博さんが招き入れてくれた。

「まかないのカレーになって申し訳ない。だからお代はいらないよ。でも自信作だから良かったらゆっくりしていって。コーヒーは食後に持ってくるから。巽さんも駿もこれから遅いお昼だったし、丁度良いじゃないか。一緒に食べなよ」
 そう言って三人分のカレーとサラダを並べて博さんは奥へ引っ込んでいった。

 雄介くんは椅子に座ったまま、側に立っている私を見つめる。
「美味しいカレーだって聞いてさ、ずっと気になっていたんだ。まさか明日香がアルバイトしているとはね」
 細い瞳を更に細めてまぶしそうに私を見つめた。

「うん。丁度一ヶ月経ったぐらいかな。やっと慣れて来たところなの」
 私は雄介くんとテーブルを挟んだ向かい側の席に座る。
「へぇ……頑張っているな。ずいぶんと美人のウエイトレスが出てきて驚いたよ」
「そんな事ないよ。私、無愛想だから。なかなか笑えなくて。全然ウエイトレスに向いてないなぁって」
 私が苦笑いすると雄介くんが首を左右に振った。
「無愛想? そんな事ないだろ。ちゃんと笑えてるよ」
 そんな風に私を褒めてくれた。私は嬉しくてありがとうと呟いた。

 そこへ優しく笑う七緖くんが自分の分のカレーのお皿を持ち上げた。
「会話もはずんどるようやね。せっかく久し振りに会うたんやろ? 僕がいたら邪魔やろうし奥へ行っとくな?」
 そんな事を言い出してカレー皿を持って去ろうとした。私は慌てて七緖くんのギャルソンエプロンを掴んだ。

「そんな事ないから。一緒に食べようよ?」
 そう言って引き留めると、七緖くんが困った様に首を傾げた。
「ほうやけど。幼なじみには積もる話もあるやろうし。僕、邪魔やない?」
 そんな風に言って優しく笑う。

 そんなやりとりを見ていた雄介くんがポンと手を叩いた。

「七緖くん? って事は、明日香の新しい彼氏かい?」

 雄介くんは七緖くんと面識がないはずなのに何故か私の彼氏だと言い当てた。

「えっ。ほうですけど」
 突然尋ねられた七緖くんが驚いて雄介くんに返事をする。

「そっか、君だったのか。明日香の彼氏が僕の後輩なんてまた凄い展開だなぁ。改めて、僕は ゆうすけって言うんだ。よろしくな」
 最後は爽やかに挨拶をする雄介くんだった。

「あ、はい。こちらこそ初めまして。僕はなな 駿しゅんです」
 七緖くんもつられて頭を下げる。
 
「どうして雄介くんは私達の事を知ってるの?」
 私は七緖くんのギャルソンエプロンを掴んだまま雄介くんに尋ねる。

「怜央にこの間、電話で聞いたから。名前だけは覚えていてさ」
「怜央にって……」
 私は驚いて目を丸める。確かに私は怜央に『七緖くんと付き合う事にした』と伝えていた。



 ◇◆◇

 相変わらず怜央は、夜寝る前になるとメッセージを送ってくる。

 恋人同士の時には全くなかったのに、何故? と疑問符が浮かぶ。怜央からメッセージが届く件については七緖くんにも伝えている。

「諦めが悪いなぁ才川くんも。ま、僕は心が広いから大丈夫大丈夫っっ」
 七緖くんは半ば呆れて笑っていた。ただ最後、歯ぎしりをしていたのが気になるけど。

 怜央もただの幼なじみに戻ったからかメッセージが送りやすくなったのかな? と、私は思う。恋人という枠がなくなったから、その方が自然なのかもしれないと私は考えていた。

 しかし──

「ちゃうちゃう! ほれが才川くんの作戦やねん。ほんま巽さんって危ないわぁ。でも──今はまぁええわ。見守りましょ」
 そう言って七緖くんは笑っていた。

 作戦? 全く何の事か分からない私だった。



 ◇◆◇

 怜央がメッセージで『七緖と上手くいってるんだろ?』って、聞いてくるから。ごまかす理由もない。私は七緖くんが好きだってはっきりしておきたかった。

 だから怜央に『七緖くんと付き合っているよ』と伝えた。その事が伝わったとしても、雄介くんと怜央ってそんなに密に連絡を取っている関係ではないはずだ。

 そこまで考えてある人物が思い浮かんだ。

(ああ、萌々香ちゃんか)

 そう考えるとストンと腑に落ちる。怜央から萌々香ちゃん。そして雄介くんと伝わっていったのだろう。

(結局、何処まで行っても怜央と萌々香ちゃんの関係は絶てない。そういう事なのかな)

 あんなに訴えても怜央と萌々香ちゃんには届かないのだ。きっと私の事は理解されないのだろう。

(何だか……それはそれでガッカリするよね)

 そんな私の表情から色々感じ取った雄介くんは溜め息をついて笑った。
「違うよ。明日香が考えている様な事じゃない。俺が怜央に連絡して色々聞き出したんだよ。明日香と怜央の事。そして萌々香の事をね」
「!」
 私は驚いて背筋を伸ばす。真一文字に力を入れた口元を見た雄介くんは肩を上げて小さく笑うと、カレーを持って立ったままの七緖くんに視線を移した。

「七緖くんも座りなよ。こんな偶然も驚きだけどさ。元々、明日香には話をしたいと思っていたし。出来たら七緖くんも一緒に聞いた方がいいと思うからさ」
「はい。ほな、お邪魔します」
 七緖くんも驚いていた様でぺこりとお辞儀をしながらカレーの皿をテーブルに戻した。そして私の隣に座る。

 雄介くん、私、七緖くんという不思議な顔ぶれで席に着く。

「まずはこの美味しそうなカレーを頂こうじゃないか」
 そう言って雄介くんは細い目をカレーに向け、にっこり笑い両手を合わせた。

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