天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

文字の大きさ
15 / 43

猫の街 Ⅲ

しおりを挟む


 その後、エリカさんは昼食の用意をしてくれました。
 ポックルの部屋においしそうな料理が次々に運ばれてきます。ただよう香りに、リリアはうっとりしました。

「それでは、ごゆっくり」と一礼してエリカさんが部屋を出た後、クロルとリリアはポックルと向かい合うようにして食事を始めました。



「――ポックルって、エリカさんの前だといつもあんな感じなの?」


 白身魚のムニエルを食べながら、クロルが尋ねます。
 ポックルは猫用に作られた魚料理をガツガツ食べながら聞き返します。


「あんニャ感じって、どういう意味ニャ?」
「本心を隠して"猫かぶり"しているのか、って意味だよ。『領主なんてやりたくない』って伝えたことあるの?」
「ニャい」


 ハッキリと答えるポックルに、クロルは苦笑いしながら、再び尋ねます。



「なんで言わないの?」
「言ったところで意味がニャいからだ。おれの親父も、そのまた親父も、代々領主としてまつり上げられてきた。領主の家系が続く限り、その飼い主であるステュアート家は街の実権を握れる。おれを自由にするわけがニャいんだ」
「でも、エリカさん優しそうだったよ? ポックルのこと、すごく可愛がっているみたいだし」
「だからこそだニャ! アイツはおれを領主に仕立て上げているクセに、しっかりペットとしても"猫可愛がり"しているんだ! だからおれはいい子のフリをして、逃げ出すチャンスをずっとうかがっていたんだニャ!」
「じゃあ……やっぱり、内緒で出ていくしかないんだね?」
 

 クロルがもう一度確認すると、ポックルは真剣な目で頷きます。


「ああ。それにはお前たちの協力が必要だ。ニャにしろ、この首輪には発信機がつけられている。おれが一匹で列車に近づけば、怪しまれてすぐに連れ戻されるだろう」


 言いながら、首に付けられた赤い革の首輪に前足をかけました。
 キラリと光る金色のプレート……素敵な飾りだと思っていたそれは、どうやら発信機だったようです。
 そこで、夢中で食事をしていたリリアが手を止め、首を傾げます。


「はっしんき、って何?」
「ポックルの居場所を知らせる機械だよ。つまり、ポックルが不自然に列車に近づけば、街を出ようとしていることがエリカさんにばれちゃうんだ」
「ふーん。自分の居場所がわかっちゃうなんて、ちょっと怖いね」
「だろう?! しかもアイツが鍵をかけているから首輪は外せニャい! おれ一匹じゃどうあっても街を抜け出せニャいんだ!」
 

 そう叫んでから、ポックルはスープに映る自分の顔を見つめます。


「アイツは……ニンゲンたちは、猫を完全に管理をしたいだけ。自分たちの可愛がりたいものが、その手をはニャれニャいようにしているだけニャんだ。ニャに一つ、おれたちのためニャんかじゃニャい。おれたち猫は……自分の力で生きる自由を奪われたんだ」


 耳をしゅんと垂らすポックルを、リリアは心配そうに見つめます。
 そこで、クロルがこう尋ねます。


「領主という身分も、発信機も、君を守るためのものかもしれないよ?」
「ふんっ、守ってほしいニャんて誰も頼んでいニャい! おれは自分の爪で狩りをし、自分の力で縄張ニャわばりを勝ち取る暮らしがしたい! お膳立てされた安寧ニャんてごめんだニャ!!」
「そっか……それが猫の本能なのかもしれないね」


 リリアが「ほんのう?」と聞き返します。
 クロルは「うん」と頷いて、


「誰に教わった訳でもないのに、『こうしたい』って自然と込み上げてくる気持ちのことだよ。ポックルはきっと、野生の本能が強いんじゃないかな」
「それだ! 『本能』だニャ! おれはそこいらの飼い猫とは違う! たくましく、ワイルドに生きたいんだニャー!!」


 ポックルがヒゲをピンと伸ばし、叫びます。
 その勇ましさにリリアは「おぉー」と拍手しますが、クロルは落ち着いた表情でこう尋ねます。
 

「ポックルの気持ちはよくわかったよ。でも……本当にいいんだね? 一度クレイダーに乗ったら、次にこの街へ帰ってこられるのは二年後になるよ?」
「ハッ、愚問だニャ」


 ポックルは真っ直ぐに答えます。


「帰ってくるつもりニャんてさらさらニャい。それに、この街におまえらみたいニャ猫好きじゃニャいニンゲンが来ること自体めずらしいんだ。このチャンスを逃せば、おれは一生このまま……迷っている暇ニャんてニャいニャ」


 縦長の瞳孔を持つその瞳には、強い決意が宿っています。
 クロルは、それをじっと見つめ……静かに頷きました。


「わかった。それじゃあ、どうやってクレイダーに乗り込むか、しっかり作戦を練ろう。ご飯を食べ終わってからね」


 そう言って、食事を再開しました。



 ――昼食を食べ終え、お手伝いさんたちがお皿を下げた後、二人と一匹は再びテーブルに集まりました。
 ポックルを連れ出すための作戦会議が始まります。


「エリカさんに怪しまれずにポックルを連れていくにはどうしたらいいかな?」
「ポックルが僕たちを見送るために駅に行く、っていうことにすればいいよ。エリカさんは僕たちがすっかり仲良しになったと思い込んでいるからね」
「そっか。クロル、頭いいね!」


 リリアが目を輝かせて言うと、ポックルが悔しげに言います。


「ふんっ、おれも最初からそのつもりだったニャ。列車の発車時刻は明日の午後五時。その少し前に駅へ向かって、出発と同時に飛び乗る。こうすれば捕まらニャいはずだ」
「ギリギリご乗車作戦! 私の時と同じだね」
「うん。あまり早くに外へ出ると、人や猫が集まってきて動き辛くなるはずだ。よそ者の僕たちや、領主であるポックルは、みんなの注目を集めやすいからね。このお屋敷から駅までは十分もあれば着く。発車時刻の十五分前にここを出ることにしよう」
「うわぁ、なんだかドキドキしてきた! ばれずに乗れるかなぁ?」
「おれは演技には自信がある。お前らがヘマさえしニャけりゃうまくいくはずだ」
「わ、私も自信あるもん! 映画だって観たことあるし!」


 必死に言い返すリリアを微笑ましく思いながら、クロルが続けます。


「大丈夫だとは思うけど、念のため街を下見しておいてもいいかな? 途中でエリカさんにばれたとしても、いろんな道を知っていれば逃げられるからね」
「なるほどニャ。よし、おれが街を案内あんニャいしてやる。ついてこい」


 そう言って、ポックルはテーブルから飛び降り、歩き始めました。





 ――お屋敷を出たクロルとリリアは、ポックルの案内で街を探検しました。

 街には人間のための歩道とは別に、猫のための通り道がいくつもありました。
 建物の隙間や高い足場、壁に開いた小さな抜け穴。
 人間の大人には通れないような狭い道が、迷路のように張り巡らされているのです。

 それらの道は、子どものクロルとリリアならなんとか通ることができました。
 もしエリカさんに連れ戻されそうになったとしても、こうした"猫の通り道"を使えば逃げることができそうです。

 クロルとリリアは猫になった気持ちで、ポックルと共に探検を楽しみました。


 そうしている内に、日が暮れ……


 再びポックルのお屋敷に戻ったクロルとリリアは晩ご飯をご馳走になり、久しぶりにお風呂のお湯に浸かって、それぞれに割り当てられた客室の大きなベッドへ横になりました。

 リリアは疲れていたのか、ベッドにもぐるなりすぐに眠ってしまいました。
 しかし、その隣の部屋にいるクロルは……少し考え事をしていました。


 窓の外に浮かぶ、半分に欠けた月。
 クロルはベッドに腰掛け、それを見上げます。

 リリアもポックルも、自分の意志で、生まれ育った街を離れる決意をしました。
 それは、とても勇気のいることです。
 だって、他の街で受け入れてもらえる保証などないのですから。

 クロルは、座っているベッドのシーツに手を触れます。

 クレイダーの運転手になって、もうすぐ二年。
 その間、列車以外で眠ることなどありませんでした。
 硬くて狭くて薄っぺらい、列車のベッド。
 それに比べて、この客室のベッドはふかふかであったかくて、三回寝返りしても落ちないくらいに広く、立派です。

 それでも、初めて眠るこのベッドは、なんだかしっくりきません。
 どうしてだろうとしばらく考え……クロルは、初めて気がつきました。

 毎晩横になるあの狭いベッドが、世界で一番落ち着いて眠れる場所になっていることに。


 それはきっと、ポックルも同じです。
 リリアもそうだったはずです。
 世界中のみんなが、一番落ち着く"自分の寝床"を持っているのです。
 それを捨ててまで、別の街を目指そうとするなんて……


「リリアもポックルも、すごいなぁ」


 純粋で、強くて、真っ直ぐで、そして――
 とても愚かだと、クロルは思います。


「……きっと、すぐにわかるよ。この世界が……どれほど冷たく、残酷なのか」


 クロルは、月を見上げながら悲しげに微笑んで――
 ベッドにもぐり込み、無理やり瞼を閉じました。


 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

今、この瞬間を走りゆく

佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】  皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!  小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。  「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」  合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──  ひと夏の冒険ファンタジー

氷鬼司のあやかし退治

桜桃-サクランボ-
児童書・童話
 日々、あやかしに追いかけられてしまう女子中学生、神崎詩織(かんざきしおり)。  氷鬼家の跡取りであり、天才と周りが認めているほどの実力がある男子中学生の氷鬼司(ひょうきつかさ)は、まだ、詩織が小さかった頃、あやかしに追いかけられていた時、顔に狐の面をつけ助けた。  これからは僕が君を守るよと、その時に約束する。  二人は一年くらいで別れることになってしまったが、二人が中学生になり再開。だが、詩織は自身を助けてくれた男の子が司とは知らない。  それでも、司はあやかしに追いかけられ続けている詩織を守る。  そんな時、カラス天狗が現れ、二人は命の危険にさらされてしまった。  狐面を付けた司を見た詩織は、過去の男の子の面影と重なる。  過去の約束は、二人をつなぎ止める素敵な約束。この約束が果たされた時、二人の想いはきっとつながる。  一人ぼっちだった詩織と、他人に興味なく冷たいと言われている司が繰り広げる、和風現代ファンタジーここに開幕!!

オバケの謎解きスタンプラリー

綾森れん
児童書・童話
第3回きずな児童書大賞 奨励賞をいただきました! ありがとうございます! ――七不思議を順番にめぐると、最後の不思議「大階段踊り場の鏡」に知らない自分の姿が映るんだって。 小学六年生の結菜(ユイナ)が通う三日月(みかづき)小学校では、そんな噂がささやかれていた。 結菜は難関中学に合格するため、塾の夏期講習に通って勉強に励んでいる。 だが一方で、自分の将来にひそかな期待と不安をいだいてもいた。 知らない自分を知りたい結菜は、家族が留守にする夏休みのある夜、幼なじみの夏希(ナツキ)とともに七不思議めぐりを決意する。 苦労して夜の学校に忍び込んだ二人だが、出会うのは個性豊かなオバケたちばかり。 いまいち不真面目な二宮金次郎のブロンズ像から、二人はスタンプラリーの台紙を渡され、ルールを説明される。 「七不思議の謎を解けばスタンプがもらえる。順番に六つスタンプを集めて大階段の鏡のところへ持って行くと、君の知らない君自身が映し出されるんだ」 結菜と夏希はオバケたちの謎を解いて、スタンプを集められるのか? そして大階段の鏡は二人に何を教えてくれるのか? 思春期に足を踏み入れたばかりの少女が、心の奥底に秘めた想いに気付いてゆく物語です。

アリアさんの幽閉教室

柚月しずく
児童書・童話
この学校には、ある噂が広まっていた。 「黒い手紙が届いたら、それはアリアさんからの招待状」 招かれた人は、夜の学校に閉じ込められて「恐怖の時間」を過ごすことになる……と。 招待状を受け取った人は、アリアさんから絶対に逃れられないらしい。 『恋の以心伝心ゲーム』 私たちならこんなの楽勝! 夜の学校に閉じ込められた杏樹と星七くん。 アリアさんによって開催されたのは以心伝心ゲーム。 心が通じ合っていれば簡単なはずなのに、なぜかうまくいかなくて……?? 『呪いの人形』 この人形、何度捨てても戻ってくる 体調が悪くなった陽菜は、原因が突然現れた人形のせいではないかと疑いはじめる。 人形の存在が恐ろしくなって捨てることにするが、ソレはまた家に現れた。 陽菜にずっと付き纏う理由とは――。 『恐怖の鬼ごっこ』 アリアさんに招待されたのは、美亜、梨々花、優斗。小さい頃から一緒にいる幼馴染の3人。 突如アリアさんに捕まってはいけない鬼ごっこがはじまるが、美亜が置いて行かれてしまう。 仲良し3人組の幼馴染に一体何があったのか。生き残るのは一体誰――? 『招かれざる人』 新聞部の七緒は、アリアさんの記事を書こうと自ら夜の学校に忍び込む。 アリアさんが見つからず意気消沈する中、代わりに現れたのは同じ新聞部の萌香だった。 強がっていたが、夜の学校に一人でいるのが怖かった七緒はホッと安心する。 しかしそこで待ち受けていたのは、予想しない出来事だった――。 ゾクッと怖くて、ハラハラドキドキ。 最後には、ゾッとするどんでん返しがあなたを待っている。

【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】

旅する書斎(☆ほしい)
児童書・童話
【第3回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました】 魔法が学べる学園の「製菓科」で、お菓子づくりに夢中な少女・いちご。周囲からは“落ちこぼれ”扱いだけど、彼女には「食べた人を幸せにする」魔法菓子の力があった。 ある日、彼女は冷たく孤高な“氷の王子”レオンの秘密を知る。彼は誰にも言えない魔力不全に悩んでいた――。 「私のお菓子で、彼を笑顔にしたい!」 不器用だけど優しい彼の心を溶かすため、特別な魔法スイーツ作りが始まる。 甘くて切ない、学園魔法ラブストーリー!

処理中です...