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猫の街 Ⅳ
しおりを挟む――明くる日の朝。
窓の外には、雲一つない青空が広がっていました。
クロルは、いつもより遅い時間に起きました。
身支度を整え、部屋を出ると、隣の部屋のドアが同時に開きました。
出てきたのは、「ふぁあ」と大あくびをするリリアです。
クロルは思わず笑みをこぼしながら、「おはよう」と言いました。
そのままポックルの部屋へ向かうと、彼はすでに朝食を終え、毛繕いをしているところでした。
お手伝いさんの一人がクロルとリリアに向けて、
「エリカさまがお二人と朝食をご一緒したいと申しております。ご案内してもよろしいですか?」
そう声をかけるので、二人は一階の広間へと移動しました。
「――すみません。昨日からご馳走になってばかりで」
豪勢な朝食が並ぶテーブルに着き、クロルは向かいに座るエリカさんに言います。
エリカさんは昨日と変わらぬ優しい笑みで答えます。
「とんでもない。お二人はポックルの大事なお友だちですから、おもてなしをするのは当然のことです。さぁ、冷めないうちにお召し上がりください」
そう促され、クロルとリリアは「いただきます」と言って食べ始めました。
焼きたてのパンやふわふわのスクランブルエッグ、温かな野菜スープ。おいしい朝食を、二人は心ゆくまで楽しみました。
しばらくして、エリカさんが紅茶を飲みながらこう尋ねました。
「それで……この街に定住するか、考えていただけましたか?」
その問いに、リリアはドキッとして、紅茶を吹き出しそうになります。
「こっ……ここは素敵な街だけど、降りないことにしたよ。まだ他の街を見てみたいし、あなたたちほど『猫が大好き!』ってわけでもないしね」
「そうですか。ポックルはあなたたちをとても気に入っているようなので、残念ですが……ぴったりの街が見つかるといいですね」
そう言って微笑むエリカさんは、やはり優しい人に見えました。
だからクロルは、勇気を出して、こう聞いてみることにしました。
「あの、変なことをお尋ねしてしまうんですが……エリカさんにとって、ポックルはどんな存在なのですか?」
「え……?」
「いえ、ポックルはこの街の領主――つまり、一番偉い存在です。でも、エリカさんはポックルを飼い猫のように可愛がっているので……結局ポックルは、領主とペット、どちらの立場と言えるのかなって」
エリカさんは紅茶のカップを置き、考えるように沈黙しました。
そのやり取りを、リリアはドキドキしながら見守ります。
やがて、エリカさんは顔を上げ……にこっと優雅に笑い、
「わたくしにとって、ポックルは…………"家族"です」
愛おしそうに、そう答えました。
リリアが「家族?」と聞くと、エリカさんは頷き、
「ええ。わたくしは、幼い頃に母を亡くしています。父はセントラル勤めで忙しく、なかなか帰ってこられません。そんなわたくしの側にいてくれたのが、先代領主のミゲルと、二年前に生まれたポックルでした」
エリカさんは、思い出を浮かべるように目を閉じ、語ります。
「ポックルの父親であるミゲルは、とても穏やかな猫でした。あまりおしゃべりはしてくれないけれど、わたくしが寂しい時にはそっと側にいて、慰めてくれました。けれど、ポックルが生まれた後、すぐに亡くなってしまって……」
エリカさんの表情に、悲しみが浮かびます。
しかし、すぐに笑顔を取り戻して続けます。
「おとなしかったミゲルと違い、ポックルはとてもおしゃべりな猫に育ちました。元気いっぱいで、イタズラが大好きで……寂しさを吹き飛ばすくらい、賑やかな日々を過ごさせてくれました。ポックルの存在に、わたくしはとても救われたのです」
そして、エリカさんはあらためてクロルを見つめ、
「猫に領主の立場を与えるのは、この街に続く風習によるものですが……わたくしはそれ以上に、ポックルのことを大切な"家族"だと思っています。他の街ではペットと呼ぶのかもしれないけれど、この街の猫は言葉を話すことができます。思いが通じ合えるのなら、それは種族を超えた"家族"だと言えるでしょう?」
そう、柔らかに微笑みました。
エリカさんの誠実な思いに、クロルは胸が痛むのを感じながら、
「……そうですね。お話いただき、ありがとうございます」
と、微笑み返しました。
* * * *
「――どう思った?」
朝食を終え、クロルの客室に入るなり、リリアはそう切り出しました。
ベッドに腰掛けながら、クロルが聞き返します。
「さっきのエリカさんの話?」
「そう。なんか、ポックルから聞いていた印象と違うというか……」
上手く言葉が見つからないリリアですが、彼女が言おうとしていることはクロルにもわかりました。
「うん。ポックルが思っているほど、エリカさんは意地悪じゃない。むしろ、ポックルのことをとても大事に思っているみたいだ」
「そうなの。だからポックル、本当にこのまま黙って街を出てしまっていいのかなって……話せば分かり合えるんじゃないかな、って思って」
リリアと同じ迷いを、クロルも抱いていました。
ポックルに領主の立場を与えているのも、発信機つきの首輪を着けているのも、猫可愛がりするのも、すべてポックルのことが好きだから。大切な"家族"だと思っているからこそなのです。
けれどポックルは、そのすべてを人間の自己満足だと捉え、窮屈に感じています。
両者の気持ちは、完全にすれ違っていました。
しかし……と、クロルはリリアに尋ねます。
「僕も、このままでいいのかなって思う。けど……例えばリリアが同じように、よそから来た人に『信者と話し合えばわかるはず』と言われて、あの街を出て行くのを考え直したと思う?」
クロルに言われ、リリアは「うーん……」と考えます。
そして、キッパリとこう答えました。
「思わない」
「あはは、だよね」
「でも、ポックルの場合は家に閉じ込められているわけでもないし、この街にいても自由に生きられるんじゃないかな?」
「……じゃあ、ポックルに聞いてみる?」
そう言われ、リリアは力強く「うん!」と頷きました。
そういうわけで、ポックルに考え直すよう聞いてみたのですが……
「――断る」
開口一番、ポックルはそう言い捨てました。
リリアは「えぇー」と不満げな声を上げ、クロルは「やっぱり」と目を伏せます。
「何を今更。大切な家族? ニャら、この首輪はニャんだ? お前らニンゲンは、ニンゲンの家族に首輪をつけるのか?」
「それは……」
「『この街を出たい』ニャんて打ち明けたら、よけい屋敷に閉じ込められる。話し合いニャんてできるはずがニャいだろう?」
言って、ポックルはそっぽを向きます。
それでもリリアは、諦めきれない様子で尋ねます。
「ポックルはエリカさんのこと、何とも思っていないの? 生まれた時からずっと一緒で、大切に育ててくれたのに……どうしてそんなに離れたがるの?」
その問いに、ポックルは……顔を背けたまま、うつむいて、
「……やっぱり、ニンゲンとはわかり合えないニャ」
「え……?」
「……とにかく、おれは今日出ていくって決めたんだ! お前らが手伝わニャいのニャら、勝手に列車へ飛び乗る! 屋根にしがみついてでもついていくからニャ!!」
「わ、わかったよ。危ないからちゃんと乗って!」
やけっぱちになるポックルを、リリアは慌ててなだめました。
やはり、ポックルの決意は固いようです。
クロルは心配な気持ちを残しながらも、予定通りに作戦を進めることにします。
「それじゃあ、昨日決めた通りに行動しようか。と言っても、出発時間までまだ五時間以上あるから……」
クロルは腕時計を確認した後、リリアとポックルの方を見て、
「せっかくだし……部屋の掃除でもしようか」
ポックルのおもちゃが散らかった部屋を見渡しながら、言いました。
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