天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

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猫の街 Ⅴ

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「まったく……もう出ていくっていうのに、ニャんで掃除ニャんか……」


 散らかっていたおもちゃを口にくわえながら、ポックルがぶつぶつと呟きます。
 それに、クロルはベッドのシワを伸ばしながら答えます。


「出ていくからこそ、だよ。『飛ぶ鳥跡を濁さず』っていうでしょ?」
「おれは鳥じゃニャくて猫だニャ」
「まぁまぁ。やることもないんだし、いいじゃない」

 
 カーペットに付いているオレンジ色の毛を掃きながら、リリアもたしなめます。
 そこで、クロルが「そうだ」と声を上げ、こう言いました。


「せっかくだから、みんなでおしゃべりしない?」
「おしゃべり?」
「そう。例えば……リリア、"映画の街"でのこと、ポックルに話してあげてよ」
「えっ、私が?」
「うん。特に、驚いたことや楽しかった話がいいかな。それで、ポックルは部屋の外に聞こえるように、できるだけ大きな声で笑って。僕たちの話がすごく盛り上がって、名残惜しくなったから、ポックルが駅まで見送りに行くことにした、っていう印象をエリカさんに与えたいんだ」
「なるほど。さっすがクロル、いい作戦だね!」
「ふんっ。楽しくもニャいのに笑えるか」
「僕も大声で笑うのは苦手だけど……一緒にやってみるからさ。ね?」


 クロルに言われ、ポックルはしぶしぶ頷きました。


 そうして二人と一匹は、いろいろな話をしました。

 "映画の街"で出会ったテリー監督の話。
 二人が目撃したプロポーズの演出の話。
 木に引っかかった風船をなんとか掴んだ時の話。
 二人で観た映画の話。

 最初は無理やり笑っていたポックルでしたが、次第に本当に面白く感じてきて……みんなちょっとしたことでも笑うようになってしまいました。
 ポックルもリリアも、そしてクロルも、誰かとこんな風に大声で笑い合うのは初めてで、そのこと自体が面白くなってしまったのです。


 二人と一匹の笑い声が響く間に、時計の針は進み――

 時刻は、午後四時四十五分。
 お屋敷を出発する時間になりました。





 * * * *





「――最後の確認をするよ。ポックル、君は僕らを見送るという名目で、一緒に屋敷を出る。そのまま大通りを真っ直ぐに進んで、クレイダーの駅に向かう。焦らず、ゆっくりとね。午後五時を告げる鐘が鳴り出したら客室のドアを閉めるから、君は閉まり切る直前で飛び乗るんだ」
「わかったニャ」


 ポックルが頷きます。
 続けて、クロルはリリアに視線を向けます。


「リリアも、緊張せずいつも通りでいてくれればいいからね。エリカさんへの挨拶は僕がするから」
「わかった。自然なかんじでいられるよう、がんばる!」


 こぶしをぎゅっと握るリリアに、クロルは頷きます。


「よし。それじゃあ……行こうか」


 二人と一匹の作戦が今、始まりました。




 ――お屋敷の庭を抜けた、大きな門の前で。


「本当にお世話になりました」


 見送りに来てくれたエリカさんに、クロルが頭を下げます。
 エリカさんはにこっと笑って、それに答えます。


「こちらこそ、お越しいただきありがとうございました。ポックルも楽しんでいたようですし、わたくしも久しぶりに旅の方とお話ができて嬉しかったです。どうかお気を付けて。猫に会いたくなったら、またいつでもいらしてくださいね」


 あたたかなその言葉に、クロルとリリアは「はい」と答えました。
 続けて、ポックルが、


「こほんっ……それじゃ、駅まで送ってくるニャ」


 そう短く言って、スタスタと歩き出しました。
 クロルとリリアはもう一度エリカさんにおじぎをし、慌ててポックルの後を追います。


「ちょっとポックル。あまりにあっさりしすぎじゃない?」
「普段通りにしニャいでどうする? むしろ自然ニャ演技を褒めてもらいたいくらいだ」


 リリアがこそっと言いますが、ポックルは足を止めずにツンと答えました。
 クロルがお屋敷を振り返ると、エリカさんがにこやかに手を振っていました。クロルはぺこっと会釈します。


「……大丈夫そうだね」
「うん」


 囁きながら、クロルとリリアは目配せをしました。

 作戦は、想像以上にうまくいきました。
 クレイダーの駅へと続く大通りを、自然なペースで歩くことができています。

 このまま何事もなく列車に乗ることができればいいけれど……と、クロルが考えた、その時。


「あっ、ボスと昨日のニンゲンたち!」
「もう帰るのかー」
「この街は楽しかったかニャ?」


 そんな声と共に、数十匹の猫たちが集まってきました。
 みんな挨拶をしに来てくれたようです。


「おう、お前ら」


 ポックルは親しげにその猫たちに近寄ります。そして、人間にはわからない言語――猫の言葉で会話を始めました。
 クロルは腕時計の時間を気にしつつ、彼らがニャンニャン言い合っているのを眺めます。


「時間、大丈夫そう?」
「うん。まだ十分あるから、少しくらいなら平気だよ」


 ひそひそと尋ねるリリアに、クロルが答えます。
 エリカさんだけでなく、猫たちともお別れになるので、最後におしゃべりしたいのだろうとクロルは思いました。
 なので、時間ギリギリまで声をかけずにいようと思ったのですが……


「……ねぇ、クロル。あれ……」


 ふと、リリアが青ざめた顔で呟きます。
 その視線の先を見ると……大通りのずっと向こう、お屋敷の方から、エリカさんが駆けてくるのが見えました。
 クロルたちがいるのに気づいたのか、一直線に向かってきます。


「うそ……まさか、バレちゃった?!」


 リリアが声を上げるより早く、クロルはポックルを抱き上げました。
 そして、


「逃げるよ!」


 言って、狭い路地の方へと駆け出しました。
 リリアは驚きつつも、半歩遅れてついていきます。


「ニャッ?! ポックル様が攫われた?!」
「お前ら! あのヨソモノたちを追うニャ!」


 ポックルを誘拐したと勘違いしたのか、猫たちも一斉に追いかけてきました。


「うわわっ! なんでこんなことに!?」


 入り組んだ"猫の通り道"を駆けながら、リリアが泣き言をいいます。
 クロルは横目で後方を確認します。数十匹の猫が追いかけてきていますが、エリカさんの姿は見えません。
 このまま"猫の通り道"を使っていけば、エリカさんを撒くことはできそうですが……問題は猫たちの方です。


「お前ら、落ち着け! おれは大丈夫だから!!」


 ポックルがそう叫んでも、猫たちは聞く耳を持ちません。
 クロルはリリアに近づき、こう伝えます。


「リリア。猫たちを分散させよう。僕は左の"猫の道"ルートからクレイダーに向かう。君は右のルートから向かって」
「わかった!」


 リリアは頷き、クロルたちを先に行かせます。
 そして、猫たちの目の前をわざと走り、


「ほーらほら! この羽が気になるでしょ? 触りたかったらついておいで!」


 と、背中の羽をパタパタと動かしました。
 それを見た途端、半数以上の猫が視線を奪われて、


「うみゃぁああっ! ウズウズするーっ!」
「触らせろっ! 猫パンチをおみまいしてやるニャーっ!」


 などと口にしながら、リリアの後に続いて右の道に逸れて行きました。
 しかし、羽に惑わされなかった数匹の猫は、ポックルを抱くクロルの方を追ってきます。


「待て! ニンゲン!!」
「ボスを返すニャ!」


 クロルは振り返らずに、全力で走ります。

 駅まではあと少し。もし猫たちに追いつかれたとしても、クロルは猫たちを通せんぼし、ポックルだけを先にクレイダーへ向かわせるつもりでいました。
 そうすればきっと、右のルートに分かれたリリアが駅で待っていて、ポックルを列車の中に匿ってくれるはずだからです。

 民家と民家の隙間をすり抜けたり、壁を登るなどして"猫の通り道"を進みますが……
 クロルの背後に、いよいよ猫たちが迫ります。


「……ポックル。僕が猫たちを止めるから、君は先に行って」


 腕の中にいるポックルに、クロルは言います。
 しかしポックルは、「ふんっ」と鼻を鳴らし、


「その必要はニャい。くらえ!」


 そう叫んだかと思うと、首輪の隙間から飴玉のようなものを取り出し、前足で投げました。
 投げつけられたそれは猫たちの前で弾け、煙を上げます。その途端、猫たちは足を止め、


「うにゃぁあんっ! こ、これは……!」
「マタタビだ! た、たまらニャい~っ!」


 悶えるように言いながら、煙の前にゴロゴロと転がりました。
 その光景に、クロルは唖然とします。


「ポックル……あんなの持っていたの?」
「まぁニャ。万が一のためにニンゲンからくすねておいた。さぁ、早く進め」
 

 と、ポックルが得意げに言います。
 しかしクロルは、一度ポックルを下ろし、


「駅に着いたらエリカさんと鉢合わせるかもしれない。ちょっと狭いけど……今のうちに、こっちへ隠れていて」


 そう言って、ポックルに背を向けてしゃがみました。

 その背には、クロルが常に背負っている大きなリュックがあります。
 その留め金を、クロルは……ゆっくりと開けました。


「ふむ。それじゃあ、遠慮ニャく」


 ポックルが入り込もうとリュックの中を覗きますが――上げた前足を、ぴたりと止めました。
 を見て、躊躇したのです。


「お、お前……これ…………」


 言葉を詰まらせながら、ポックルはクロルを見上げます。
 クロルはゆっくりと振り向きながら、


「……あはは。ごめんね、驚かせて」


 そう、困ったように笑います。
 しかし、



「このこと…………リリアには、内緒だよ?」



 振り返ったその目は……
 少しも、笑ってはいませんでした。


 
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