天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

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普通の街 Ⅳ

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 ――十分ほど経ったでしょうか。
  笑顔だったリリアとキリクの表情は、だんだんと曇ってゆき……


「……ポックル、遅くない?」


 痺れを切らしたリリアが、沈黙を破って言いました。
 クロルはため息をつき、こう答えます。


「たぶん思ったよりも深くて、戻れなくなっているんだよ」
「えぇっ?!」
「どどど、どうしよう?!」
「キリク、秘密基地にロープがあったよね。あれを借りてもいいかな? 僕が降りて、ポックルを引き上げるよ」


 クロルの落ち着いた声に、キリクは「うん!」と頷き、秘密基地からすぐに一本のロープを取ってきました。
 そのロープを、クロルは近くの樹の幹にしっかりと括り付け、余った部分を穴の中へと垂らします。


「いちおう、ロープが外れないか見ていて」


 クロルは二人にそう告げると、ロープを掴みながら穴の壁面に足をかけ、ゆっくりと降りていきました。
 その様子を、キリクが不安げな表情で見送ります。


「大丈夫かな……」
「大丈夫。クロルはすごいんだから!」


 その横で、リリアが自慢げに言いました。


 一方、穴の中を降りていくクロルは、空気の流れや音の反響から、この穴が想像以上に深いことを感じていました。
 日の光は次第に届かなくなり、視界は真っ暗です。もしかすると、三階建ての建物くらいの深さがあるかもしれません。


「ポックル……無事に着地していればいいけれど」


 と、クロルが呟いた、その時。


「その声は……クロルか?! ニャァアッ、助かったニャ!!」


 下の方から、そんな声がこだましました。その必死な声色に苦笑いしながら、クロルは穴の底へと降り立ちました。
 その瞬間、もふもふしたものが勢いよくクロルの顔面に貼り付きました。


「ウニャァアン! 怖かった! 怖かったニャァアアッ!!」
「はいはい、わかったから。一度離れてね」


 クロルは泣きじゃくるポックルの体を顔から引き剝がします。そして、背負っていたリュックを下ろすと、手探りで中から何かを取り出しました。
 地面に降ろされたポックルが不思議そうに首を傾げていると……突然、目の前に眩い光がぱっと現れました。


「電池式のランタンだよ。早速、役に立ってよかった」


 それを片手にぶら下げながら、笑みを浮かべるクロルを見上げ、ポックルが言います。


「お前……リリアについたウソをホントにしたな?」
「まぁね。ああ言っちゃったからには、ちゃんと入れておかなきゃと思って。非常用グッズ」
「……つくづく、ニャにを考えているかわからニャいヤツだ」


 その言葉に返事をしないまま、クロルはリュックを背負い直すと、ランタンを掲げて穴の底を見回しました。

 直径三メートル程の、それほど広くない空間です。土と石が入り混じった地面は黒く湿っています。
 そこに、一冊の本が落ちているのを見つけました。キリクの漫画です。


「あった。それじゃあ……」


 戻ろうか。そう言いかけて、クロルは言葉を止めます。
 漫画を拾い、顔を上げた先……壁の一部に、人が通れるような横穴が空いているのを見つけたのです。


「ん、どうしたニャ?」
「……これ」


 尋ねるポックルに、クロルはランタンを掲げ、横穴を示します。


「……どこに繋がっているんだろう」


 クロルが呟くと同時に、その横穴の向こうから、微かに風が吹いてきました。どこか別の出口へと繋がっているのかもしれません。
 しかしポックルは、首を横に振って、


「どうでもいいニャ。早く地表へ戻るニャ!」


 真っ暗な穴の底にいたことがよっぽど怖かったのか、急かすように言いました。
 クロルは「わかったよ」と笑い、ポックルを抱きかかえ、ロープに手をかけようとして……

 ふと、そのロープが左右にゆらゆら揺れていることに気づきました。
 それは、風で揺れているというよりは、明らかに人によって揺らされているような動きで……


「……まさか」


 クロルが上を見ると、案の定、リリアとキリクがロープを伝って、穴の底を目指し降りてきているではありませんか。


「あっ、いたいた! おーいクロルー! ポックルー!!」


 こちらを見下ろしながら、リリアが明るい声で呼びかけます。その少し上では、キリクが必死な表情でロープを掴んでいました。
 しかしクロルは、慌てて二人を見上げ、


「そのロープ、二人分の体重は支えられないかも! リリア! 受け止めるから飛び降りて!」


 と、大きな声でいいました。
 その言葉に示し合わせたかのように、ロープがギシッと千切れそうになり……リリアとキリクの顔が一気に青ざめます。


「ど、どうしよう……! リリア、飛び降りるなんてできるの……?」


 額から汗を垂らしながら、キリクが尋ねます。
 確かに、穴の底まではまだ五メートルはあります。飛び降りるには勇気のいる高さでした。
 しかし、リリアは微笑んで答えます。


「平気! だって……クロルが受け止めてくれるから!」


 そして――迷うことなく、ロープから手を離しました。


 "映画の街"で壁から落ちた時のことを、リリアは思い出します。
 しかし、あの時とは違い、左右に広がった彼女の羽が穴の底から風を受け……リリアの体を、ふわりと浮かしました。
 キリクもポックルも、そしてクロルも、驚いたようにその姿を見つめます。

 ランタンの光に照らされた白い羽と、金色の髪。
 それが、音もなくきらきらと輝いています。
 その姿が、とても綺麗で……クロルは、思わず見惚れてしまいました。


 そのままゆっくりと、クロルはリリアを抱きとめました。
 リリアはすぐに顔を上げて、クロルに言います。


「わ、私……今、飛べた?」
「ははっ……うん、少しだけ飛んでいたよ。すごく、綺麗だった」


 クロルが正直に言うと、リリアはぽっと頬を染めました。
 しかし、温かな気持ちに浸っている暇はありません。クロルはギシギシというロープの音にはっとなり、叫びます。


「キリク! ロープが切れる前に急いで上に戻って!」


 キリクは「うん!」と返事をして、ロープを登り始めます。

 しかし……
 キリクが掴んでいる手の、少し上の辺りで……


 ――ブツッ。


 ロープが、切れてしまいました。


「……え。わ、うわぁぁああああっ!!」


 キリクは、千切れたロープを握りしめたまま、悲鳴と涙をこぼしながら、穴の底へ真っ逆さまに落下しました。
 クロルとリリアが受け止めようと慌てますが、間に合わず……あえなくキリクは、地面にお尻を叩きつけました。


「いったぁい!」
「キリク! 大丈夫?」


 リリアたちはキリクに駆け寄り、心配そうに様子を伺います。どうやら彼も背中の羽で落下が緩やかになったらしく、大きな怪我には至りませんでした。

 しかし、ロープは穴の底からでは届かない位置で千切れてしまいました。これでは地表へ戻る術がありません。


「……二人とも、どうして降りてきちゃったの?」


 クロルが困ったように尋ねると、リリアとキリクはしゅんと反省します。


「ごめん。私は、穴の底がどうなっているか気になって……」
「僕は……僕の漫画だから、やっぱり自分で取りに行かなきゃと思って……ごめん……」


 俯くキリクに、クロルは微笑みながら先ほど拾った漫画を差し出します。キリクは顔を上げ、「ありがとう」と言いました。


「よし、どうやって地表へ戻るか考えよう。見て。あそこに横穴を見つけたんだ。空気の流れがあるから、どこかへ繋がっているかもしれない。行ってみよう」
「クロル……勝手に降りてきたこと、怒ってないの?」


 リリアが、伺うように問いかけます。
 それにクロルは、優しく笑います。


「当たり前だよ。怒ったって仕方がないからね。それに、元はと言えばポックルが後先考えずに飛び込んだのが原因だし」
「ニャッ?! おれのせいだって言いたいのか?!」


 毛を逆立てるポックルに、クロルは「冗談だよ」と笑い、


「とにかく、ここにいたって何も変わらない。この穴の先へ進もう」


 ランタンを掲げながら、そう言いました。


 
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