31 / 43
普通の街 Ⅴ
しおりを挟むその横穴は、人ひとり通るのがやっとの大きさでした。
真っ暗闇の中、たった一つのランタンだけが頼りです。
クロルを先頭に、ポックル、リリア、キリクの順番で、三人と一匹はくっつきながらゆっくりと進んで行きます。
「キリク。この穴って、誰がなんのために造ったものなのか知ってる?」
クロルの声が、狭い通路に響きます。
キリクは首を横に振り、答えます。
「それがわからないんだ。森の中には似たような穴がいくつかあるみたいなんだけど……母ちゃんに聞いても『知らない。とにかく危ないから近寄るな』ってさ。アナグマか何かが掘ったものなのかな?」
クロルは「そう」と短く返してから、壁面に目を向けます。
土の削れ方からして、これは動物が掘ったものではなく、人が意図的に造ったもののように見えました。しかし、みんなを不安にさせないためにも、そのことは口にしないでおきました。
「それにしても……ポックル、あんな高さから落ちても怪我一つしていないなんてスゴイね。さっすが猫!」
リリアにそう言われ、ポックルは得意げに顎を上げます。
「ふふん、まぁニャ。猫に怖いものニャど無いのだ」
それを聞いたクロルが振り返り、意味ありげな視線をポックルに送りますが……
「…………言うニャよ」
と、ポックルに睨み返されたので、彼が怖がって泣いていたことは伏せておくことにしました。
暗くて深いこの穴の中から、果たして抜け出すことができるのか。
考え出すと足が止まってしまいそうなので、三人と一匹はなるべくおしゃべりをしながら進みました。
その中でリリアが、キリクにこう尋ねました。
「ねぇ。この街の暮らしって、どんなかんじ?」
「どうって、普通だよ。良く言えば平和、悪く言えば退屈かな。学校や仕事に行って、家に帰って、ご飯を食べて寝る。その繰り返しさ。その分、有翼人には住み心地が良いと思うけどね。ここでは羽があることの方が当たり前だから、それによって傷つけられたり、差別を受けることもない。他所からの移住者も時々いるよ」
キリクの答えに、リリアは「そっか」と言って、考え込むように俯きました。
その様子を、クロルが横目で見つめていると……
「……見ろ。アレ」
ポックルが前を見ながら、声を上げました。
三人もそちらに目を向けます。
「道が……二手に分かれている」
キリクが呟きます。
彼らの目の前で、道が左右に分岐しているのです。
「どっちに進めばいいの……?」
戸惑うリリアの声を聞きながら、クロルは人差し指を舐め、かざします。左の方の穴から、微かに風が吹いているのが感じられました。
と、そこでポックルがクロルの肩にぴょんと飛び乗り、
「……右の方からは、妙ニャにおいがするぞ」
クロルにしか聞こえないように、耳元で言いました。
クロルには何のにおいも感じられませんが、その情報を自分にだけ伝えてきたことの意味を、クロルは考えます。
恐らくポックルが感じたのは、何か危険なもののにおいなのでしょう。
リリアたちを連れて行くと怖がらせる可能性があるため、クロルにだけ知らせたのです。
クロルは落ち着いた声で、リリアたちに言います。
「……左から風を感じる。けど、右の道に出口がある可能性もある。僕とポックルで少し様子を見てくるから、リリアとキリクはここで待っていて」
「えっ?! ってことは僕ら、この真っ暗闇の中で待っていなくちゃいけないの?!」
「君たちが二百をかぞえる内に戻ってくるから。何かあったら、大声で呼んで」
不安そうに「でも……」と言いかけるキリクの背中を、リリアがぽんと叩き、
「わかった。二百かぞえ終わってもクロルが戻って来なかったら、大声で呼ぶね」
そう言って、明るい笑顔をクロルに向けました。
それに、クロルも微笑み返します。
「うん。念のため、道が続いていそうか見てくるだけだから。少しだけ、待っていてね」
素直に頷くリリアと、今にも泣き出しそうなキリクを残し、クロルとポックルは、右側の穴の先へと歩き始めました。
「――リリアは、よっぽどお前を信頼しているんだニャ」
リリアとキリクの数をかぞえる声が遠ざかった頃、ポックルがぼそっと言いました。
クロルは肩をすくめ、答えます。
「そうだね。申し訳ないと思っているよ、こんな嘘つきなのに」
「フン、思ってもいニャいことを」
「思っているよ。僕は本当に最低なやつだ、って」
「……それより、そろそろお前も感じニャいか?」
ポックルが、低い声でそう言います。
それだけで、クロルにはその意味がわかりました。
「うん、感じるね――古くなった薬品のにおいだ」
答えながら顔を上げると、その先の景色が少し変わりました。
もぐらの穴のような道の途中に、レンガを積み上げた壁があるのです。
まるで通せんぼするようなその壁は、長い年月が経過したのか、端が崩れていました。
「……においは、この先からするね」
「行ってみるか?」
「うん。たぶん、出口ではないと思うけれど」
クロルは崩れた壁をくぐり、先へと進みました。
すると、すぐに広い空間へ出ました。
学校の教室と同じくらいの広さでしょうか。土を削って作られた、四角い部屋です。
クロルがランタンをかざして見回すと、壁面には棚がずらりと並び、古い瓶がいくつも置かれていました。
瓶の中には透明な液体が封じられ、動物のものらしき皮や毛、牙などが浮いています。
中には割れている瓶もあります。薬品のにおいはそこから発せられているようでした。
さらに、地面にはクロルやポックルの知らない生き物の剥製がいたるところに転がっていました。
「何だ、ここ……気味が悪いニャ」
ポックルが、声を震わせます。
しかし、クロルは、
「やっぱり……この場所が、そうなんだ」
と、納得したように呟きました。
ポックルは驚いて聞き返します。
「お前……ここを知っているのか?」
「……知ってるよ。この場所のことも、この街の過去も……君やリリアが生まれた経緯も、すべて」
「おれやリリアが生まれた、経緯……?」
「……ねぇ、ポックル。今から十二年前、この街がなんて呼ばれていたか、知ってる?」
クロルが、振り返らないまま尋ねます。
その背中がやけに暗く感じて、ポックルは緊張を高めます。
「……知らニャい。知るわけニャいだろ?」
「そうだよね。きっとステュアートさんも、詳しくは語らなかったはずだから」
ステュアートさんというのは、数十年前、"猫の街"に喋る猫・サンズ――ポックルのご先祖さまを連れて来た人の名です。
思いがけない言葉に、ポックルが言葉を失っていると……クロルがゆっくりと振り返ります。
そして――その瞳に、悲しみと諦めを浮かべて、
「……この街はね、元々――"研究者の街"って呼ばれていたんだ。君やリリアのルーツは、ここにある。そして、この僕も…………」
……と、言いかけたところで。
「クロルーっ! ポックルーっ!!」
穴の向こうから、リリアとキリクの呼ぶ声が聞こえてきました。どうやら二百秒をかぞえ終わったようです。
「……いけない、少し喋り過ぎちゃったね。戻ろう。出口は反対側にあるはずだ」
「クロル」
リリアたちの元へ戻ろうと歩き始めるクロルを、ポックルが後ろから呼び止めます。
「お前は、何を知っていて……どこを目指している?」
その問いに、クロルは……困ったように笑って、
「……さぁ、どこだろうね。それがわかっていたら、こんな風にはなっていないよ」
そう返すと、再び背を向け、歩き出しました。
「――ただいま。ごめんね、待たせちゃって」
リリアとキリクの元に戻ると、二人のほっとした顔がランタンに照らされました。
「もーっ、心配したよ!」
「ごめん、リリア。結局、あっちは行き止まりだったよ。けど、比較的新しい足跡があるのを見つけたんだ。きっと外へ通じる道があって、人が出入りしているに違いない。左の道を進めば、外に出られるかも」
クロルの報告に、リリアとキリクは明るい表情を浮かべました。
嘘ではない、しかし全てを語っているわけでもないその言葉に、ポックルは何も言いませんでした。
気を取り直し、三人と一匹は左側の道を歩き出しました。
進むに連れて道幅も天井も徐々に広く、高くなってゆきます。空気の流れも感じられました。
この先に、きっと出口がある。
誰もがそう信じて、歩を進めました。
そうして、十分ほど歩いた頃――
突然、道が途切れました。
三人と一匹が行き着いたのは、天井の高い円柱状の空間……つまり、落ちた時の穴の底と同じような場所だったのです。
しかし、頭上を何かで塞がれているのか、太陽の光はまったく届きません。どこかへ通じる扉や、地表へ上がれそうなロープも見当たりませんでした。
「うそ……結局、行き止まりなの?」
「クロル……どうしよう……」
リリアも不安げな声で、縋るように言います。
クロルはランタンを掲げながら、暗い天井部分をゆっくりと観察しました。
そして、その灯りを一度消しました。突然視界が真っ暗になり、キリクたちは「ひゃっ!」と声を上げます。
「何?! まさか、ランタンが壊れちゃったの?!」
キリクがいよいよパニックを起こしかけますが、クロルは「上を見て」とだけ返します。
キリクもリリアもポックルも、言われるがままに頭上を見上げると……
「……あ!」
真っ暗な天井の一部に、丸い光の筋が差しているのが見えました。
まるで、太陽と月が重なる日食のような光です。
「たぶん、ここへの出入り口だ。時間的にはもう日が暮れているから、恐らくあれは人工の光……向こうに呼びかければ誰かがいて、気付いてくれるかもしれない」
クロルのその言葉を聞くなり、キリクとリリア、それにポックルまでもが「おーい!」と大声で叫び始めました。
すると、光を遮っていた丸い蓋がギィッと開いて、
「――えぇっ?! 坊やたち、ここで何しているの?!」
白衣を着た女性が顔を出し、驚いたようにこちらを見下ろしました。
1
あなたにおすすめの小説
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
左左左右右左左 ~いらないモノ、売ります~
菱沼あゆ
児童書・童話
菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。
『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。
旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』
大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。
少年騎士
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。
今、この瞬間を走りゆく
佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】
皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!
小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。
「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」
合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──
ひと夏の冒険ファンタジー
氷鬼司のあやかし退治
桜桃-サクランボ-
児童書・童話
日々、あやかしに追いかけられてしまう女子中学生、神崎詩織(かんざきしおり)。
氷鬼家の跡取りであり、天才と周りが認めているほどの実力がある男子中学生の氷鬼司(ひょうきつかさ)は、まだ、詩織が小さかった頃、あやかしに追いかけられていた時、顔に狐の面をつけ助けた。
これからは僕が君を守るよと、その時に約束する。
二人は一年くらいで別れることになってしまったが、二人が中学生になり再開。だが、詩織は自身を助けてくれた男の子が司とは知らない。
それでも、司はあやかしに追いかけられ続けている詩織を守る。
そんな時、カラス天狗が現れ、二人は命の危険にさらされてしまった。
狐面を付けた司を見た詩織は、過去の男の子の面影と重なる。
過去の約束は、二人をつなぎ止める素敵な約束。この約束が果たされた時、二人の想いはきっとつながる。
一人ぼっちだった詩織と、他人に興味なく冷たいと言われている司が繰り広げる、和風現代ファンタジーここに開幕!!
オバケの謎解きスタンプラリー
綾森れん
児童書・童話
第3回きずな児童書大賞 奨励賞をいただきました! ありがとうございます!
――七不思議を順番にめぐると、最後の不思議「大階段踊り場の鏡」に知らない自分の姿が映るんだって。
小学六年生の結菜(ユイナ)が通う三日月(みかづき)小学校では、そんな噂がささやかれていた。
結菜は難関中学に合格するため、塾の夏期講習に通って勉強に励んでいる。
だが一方で、自分の将来にひそかな期待と不安をいだいてもいた。
知らない自分を知りたい結菜は、家族が留守にする夏休みのある夜、幼なじみの夏希(ナツキ)とともに七不思議めぐりを決意する。
苦労して夜の学校に忍び込んだ二人だが、出会うのは個性豊かなオバケたちばかり。
いまいち不真面目な二宮金次郎のブロンズ像から、二人はスタンプラリーの台紙を渡され、ルールを説明される。
「七不思議の謎を解けばスタンプがもらえる。順番に六つスタンプを集めて大階段の鏡のところへ持って行くと、君の知らない君自身が映し出されるんだ」
結菜と夏希はオバケたちの謎を解いて、スタンプを集められるのか?
そして大階段の鏡は二人に何を教えてくれるのか?
思春期に足を踏み入れたばかりの少女が、心の奥底に秘めた想いに気付いてゆく物語です。
アリアさんの幽閉教室
柚月しずく
児童書・童話
この学校には、ある噂が広まっていた。
「黒い手紙が届いたら、それはアリアさんからの招待状」
招かれた人は、夜の学校に閉じ込められて「恐怖の時間」を過ごすことになる……と。
招待状を受け取った人は、アリアさんから絶対に逃れられないらしい。
『恋の以心伝心ゲーム』
私たちならこんなの楽勝!
夜の学校に閉じ込められた杏樹と星七くん。
アリアさんによって開催されたのは以心伝心ゲーム。
心が通じ合っていれば簡単なはずなのに、なぜかうまくいかなくて……??
『呪いの人形』
この人形、何度捨てても戻ってくる
体調が悪くなった陽菜は、原因が突然現れた人形のせいではないかと疑いはじめる。
人形の存在が恐ろしくなって捨てることにするが、ソレはまた家に現れた。
陽菜にずっと付き纏う理由とは――。
『恐怖の鬼ごっこ』
アリアさんに招待されたのは、美亜、梨々花、優斗。小さい頃から一緒にいる幼馴染の3人。
突如アリアさんに捕まってはいけない鬼ごっこがはじまるが、美亜が置いて行かれてしまう。
仲良し3人組の幼馴染に一体何があったのか。生き残るのは一体誰――?
『招かれざる人』
新聞部の七緒は、アリアさんの記事を書こうと自ら夜の学校に忍び込む。
アリアさんが見つからず意気消沈する中、代わりに現れたのは同じ新聞部の萌香だった。
強がっていたが、夜の学校に一人でいるのが怖かった七緒はホッと安心する。
しかしそこで待ち受けていたのは、予想しない出来事だった――。
ゾクッと怖くて、ハラハラドキドキ。
最後には、ゾッとするどんでん返しがあなたを待っている。
【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】
旅する書斎(☆ほしい)
児童書・童話
【第3回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました】
魔法が学べる学園の「製菓科」で、お菓子づくりに夢中な少女・いちご。周囲からは“落ちこぼれ”扱いだけど、彼女には「食べた人を幸せにする」魔法菓子の力があった。
ある日、彼女は冷たく孤高な“氷の王子”レオンの秘密を知る。彼は誰にも言えない魔力不全に悩んでいた――。
「私のお菓子で、彼を笑顔にしたい!」
不器用だけど優しい彼の心を溶かすため、特別な魔法スイーツ作りが始まる。
甘くて切ない、学園魔法ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる