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普通の街 Ⅵ
しおりを挟む天井の扉は、街にある病院の地下室に繋がっていました。
声を聞きつけ、扉を開けてくれた看護師さんに梯子を下ろしてもらい、三人と一匹は無事に穴の底から脱出することができました。
それとほぼ同時に、ジーナ先生と、漫画を落とした張本人であるウドルフが、血相を変えてその部屋に飛び込んできました。
なんでも、ウドルフが様子を見に森へ戻ったらキリクたちの姿がなく、代わりに千切れたロープが残されていたため、穴へ落ちたのではないかと思い、慌ててジーナ先生に助けを求めたのだそうです。
「呼びかけても返事がないから、落っこちて気を失っているんじゃないかと思って……こっちの出入り口から入ってみようと駆けつけたところだったのよ。まったく、心配かけて」
胸をなで下ろすジーナ先生に、キリクたちは「ごめんなさぁい」と頭を下げました。
「私に謝るよりも……キリク、ウドルフ。あなたたちは、お互いに謝りましょう」
先生に言われ、二人はお互いをちらりと見ます。
ウドルフはきまりが悪そうにしていますが、キリクは素直に頭を下げ、
「……ごめん、ウドルフ。盗んだなんて言って」
と、先に謝りました。
ウドルフも怖い顔をやめて、ぺこっと頭を下げます。
「……悪かったよ。お前のもの勝手に取って、穴に落としたりして。お前らがいつもコソコソ作ってた秘密基地、いいなぁって思ってて……うらやましかったんだ」
正直な気持ちを話すウドルフに、キリクは明るい笑顔で答えます。
「なんだ。だったら明日からおいでよ。まだまだ改造したいんだ、秘密基地!」
「……いいのか?」
「もちろん!」
キリクとウドルフが嬉しそうに笑い合います。
その様子を、クロルとリリア、ジーナ先生も笑顔で見守りました。
「それで……結局、あの穴はなんだったの? どうしてこの病院に繋がっていたの?」
そこで、リリアが首を傾げて言います。
するとジーナ先生がすぐに答えてくれました。
「あの地下道は、戦争の時代に使われていた避難通路の名残よ。昔は穴に梯子がかかっていたんだけど、今はもう外されているの。何かあった時のために、今も穴を残しているって聞いたけれど……こんな事故が起こるなら、全部の穴に蓋を付けたほうが良さそうね」
「ふーん、そうだったんだ」
「今度、クラスのみんなにもあらためて伝えるわ。さ、お家の方も心配しているだろうし、早く帰りましょう」
ジーナ先生に促され、子どもたちとポックルは病院の玄関へと向かいました。
子どもたちはジーナ先生と、見送りに来てくれた看護師さんたちに別れを告げ、それぞれの家路につこうとします。
しかし、その時、
「――待って。念のため、聞いておくけど……」
ジーナ先生が、何か思い出したように彼らを呼び止めます。
そして、いつもの優しい笑みを浮かべて、
「……あの地下道で、何か変なものは見なかった?」
そう、問いかけました。
クロルとポックルに、緊張が走ります。
しかし、すぐにキリクが、
「変なもの? いいや、見ていないよ。どこを見ても茶色い土壁だったからね。もうこりごりさ」
あっけらかんと答えたので、ジーナ先生はうんと頷き、
「……そう。とにかく、危ないからもう二度とあそこへは降りないでね」
最後にそう忠告し、こちらに手を振りました。
「――はぁー。外の空気がこんなにおいしいだなんて、知らなかったなぁー」
病院を離れ、家へと向かう道すがら。キリクは深呼吸して言いました。
すっかり日が暮れ、どの民家にも灯りがともっています。その暖かな光を目に映しながら、キリクがこう尋ねます。
「リリア、この街に住むかどうか決めた? 怖い思いをさせちゃって悪かったけど……僕はこの街が大好きなんだ。平和で退屈だけど、たまにはこんな冒険があったりしてさ。みんなとても親切で、街全体が家族みたいなんだよ。もちろん、時々喧嘩もするけどね」
言ってキリクは、ウドルフと目を合わせて笑います。
「ここにいれば、人目を気にしたり、周りとの違いに悩んだりすることもない。だから……どうかな?」
リリアは、俯いたままじっと考え込みます。
クロルとポックルは何も言わずに、彼女の言葉を待ちました。
その沈黙を破るように、ふと、ウドルフが口を開きます。
「クロルは、もう決まってるのか?」
「え?」
突然、話の矛先を向けられ、クロルは思わず聞き返します。
「クレイダーの運転手ってことは、お前も移住先を目指しているんだろう? もう降りる街を決めているのか?」
ウドルフのその言葉に、今度はリリアが「え?」と声を上げます。
「クロルも……住む街を、探しているの?」
「お前、そんなことも知らないのか? クレイダーは基本的には、自動運転で動く無人列車だ。けど、遠くの街への移住を希望している客が、列車に乗るついでに運転手として働くこともできる。つまり、クレイダーの運転手は移住希望者。そんなこと常識じゃねぇか」
「ウドルフ、言い方が意地悪だよ」
キリクが注意してくれますが、リリアはそれどころではありませんでした。
リリアの中で、クレイダーの運転手は、ずっと運転手として暮らしていくものなのだと思い込んでいました。
だから、クロルにとってはあの列車が家なのだろうと。
しかし、今思えば、これまで「住む街を探しているの?」と声をかけてくれた人たちは、いずれもリリアにだけではなく、二人に向けて尋ねていました。
クロルも、自分と同じように、住む街を探している。
だったらクロルは……どうして元の街を離れ、そして、何処を目指しているのだろう?
答えを探るように、リリアはクロルを見つめますが……彼は何も言わずに下を向いていました。
* * * *
――キリクたちと別れ、クロルとリリアとポックルは、クレイダーに戻ってきました。
そして無言のまま、クロルが一両目の自分の部屋へと向かうので、
「待って!」
リリアは追いかけて、引きとめます。
「ねぇ、クロル……教えて。あなたは、どこから来たの? どうしてクレイダーに乗っているの? そして……これからどこへ向かうつもりなの?」
ずっと聞きたかった。けれど、はぐらされて教えてもらえなかったことを、彼女はついに尋ねました。
少しの沈黙の後……クロルは背を向けたまま、こう聞き返します。
「……どうだった?」
「え?」
「この街。リリアが住みたいと思える街だった?」
リリアが答えに迷っていると、クロルが続けて、
「すごく、いい街だったよね。子どもたちはみんな楽しそうで、先生や大人たちも親切だった。普通に学校に通って、普通に友だちと遊んで、時には喧嘩して。みんな同じ羽を持っているから、ここではそれが普通なんだ。キリクの言う通り、傷つくことのない素敵な街で……」
「……私のことよりも!」
俯いたままのクロルに、リリアは声を張り上げます。
そして、胸の前でぎゅっとこぶしを握り、
「……私のことよりも、クロル。あなたのことを教えてよ。私、あなたのこと……ちゃんと知りたい」
泣きそうに、顔を歪ませました。
クロルはようやく振り返り、その瞳を見つめ、
「君が『この街に住む』って言ってくれるまで待ちたかったけれど……そうだね、そろそろ潮時だ。……いいよ。君に、"本当の僕"を教えてあげる」
悲しげに笑いながら、言いました。
そして、ずっと背負っていた大きなリュックを、肩から外し……
「……ごめんね。僕は、最初から――君に、嘘をついていたんだ」
――その光景に。
リリアは、潤んだ瞳を大きく見開きました。
彼女の目に映るのは、一対の羽。
クロルの背中から生えた、リリアのものとよく似た羽です。
しかし、リリアのとは、明らかに違いました。
何故なら、その色は…………
夜の闇にも似た、深い深い、黒色だったのです。
「え…………」
目を疑うリリアに、クロルは――
自らの過去を、語り始めました。
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