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天使の街 Ⅰ
しおりを挟む――さぁ、あと五分で次の街へ出発だ。
クレイダー九十九号車の運転手・クロルは、腕時計を見ながら、りんごの入った紙袋を抱え、列車へと急ぎました。
一つの街に滞在できるのは、到着した翌日の午後五時まで。出発時刻は絶対厳守です。
「りんごなんて久しぶりだなぁ。三つも買っちゃった。おまけにもう一つ、今日はお祭りだからってお店のおばさんが付けてくれた。こんなにたくさん、一人でどう食べよう?」
クロルは十二歳の少年です。真っ黒な髪に深い青色の瞳。小柄な体に合わない大きなリュックと、ポケットの付いた緑色のつなぎ。頭には運転手の印である白いキャスケット帽を被っています。
「この街の人たちはみんな、とても親切だったなぁ。別れ際に必ず、『あなたにも幸運が訪れますように』って言ってくれた。なんて素晴らしい言葉なんだろう」
出会った人々の顔を思い出しながら、クロルはいい気分で列車まで戻って来ました。
クレイダーは二両編成の列車です。
一両目には運転席と、運転手の住まい。二両目には客室。その間の連結部分にはバスルームがあります。
客室には二段ベッドが二組あるので、同時に四名までお客さんを乗せることができます。
「さて、今日も乗客はなしかな」
客室のドアの縁に立ちながら、クロルは腕時計を見ます。
この世界では、誰もが自分の生き方に合った街に住んでいます。
ほとんどの人が今いる街に満足しているので、別の街へ移動する人――つまり、クレイダーのお客さんはめったに来ないのです。
と、時計の針がちょうど残り一分を指した、その時。
――ゴーン……ゴーン……
午後五時を告げる鐘が鳴り始めました。
それとほぼ同時に、駅に面した通りの向こうから、何かが聞こえてきました。
「ドドドドド」という、地鳴りのような音です。
クロルが帽子のつばを持ち上げながら音のする方を眺めると……大勢の人が列車を目がけて走ってくるではありませんか。
「ひょっとして……あれみんな、乗車希望者?」
初めての出来事に目を丸くするクロルですが、よく見ると、大勢の人の先頭を走る人物がいます。
少女でした。クロルと同い年くらいの金髪の女の子です。その少女が、
「乗せてーー!!」
と、よく通る声で言いました。
さらに、その後ろに続く人たちがこんなことを叫びます。
「待ってください、天使さまぁ!」
「どこへ行かれるのですか!」
「私たちを見捨てないでぇ!」
どうやら、先頭にいる少女をみんなで追いかけているようです。
その必死な表情に、クロルは恐ろしさを感じ、時計と少女を交互に見つめながら鼓動を速めます。
発車時刻の午後五時まで、残り十秒――
と、その時、
「どいて!」
先頭を走る少女にそう言われ、クロルは咄嗟に客室の奥に引っ込みます。
五、四、三、二、一……
その瞬間、少女は高く跳躍しました。
真っ白な羽根が一枚、ひらりと落ちます。
――ぷしゅーっ。
間一髪、少女が客室に着地してから、クロルは定刻通り列車の扉を閉めました。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
飛び乗ってきた少女が荒い息を繰り返すのを、ぽかんと眺めてから、
「……はっ。発車させなきゃ」
クロルは我に返り、列車の先頭――運転席に走ります。
発車に必要なスイッチをすべて上げ、運転レバーを手前に引こうとしますが……
その時、窓の外に群がる大勢の人々が目に映りました。
その中には、先ほどりんごをおまけしてくれた親切な八百屋のおばさんもいます。
その目は今、りんごより赤く血走っていて……
「返せ! 天使さまを返せ!!」
そう叫んでいます。
クロルはぞわりと鳥肌を立て、慌ててクレイダーを発車させました。
「――ふぅ……なんとか時間通りに出発できた」
列車を自動運転に切り替えたクロルは、大きく息を吐きました。
動き出した列車は、たたんたたん、と規則的なリズムを刻んでいます。
それから、クロルは再びはっとなって、
「そうだ、お客さんお客さん」
慌てて二両目の客室に戻ります。
客室のドアをそっと開けると、先ほど飛び乗ってきた少女がベッドに腰掛け、窓の外を静かに眺めていました。
金色に輝く巻き髪と、ビー玉のように澄んだ水色の眼を持つ、とても美しい少女です。身にまとった白いワンピースには、少し土埃が付いていました。
クロルはその姿を眺めてから、姿勢を正し、
「……ご乗車ありがとうございます。クレイダー九十九号車、運転手のクロルです」
控えめな声で言いました。
すると、それにやや被せるように、
「ごじょうしゃ? それ、どういう意味?」
少女がはっきりとした声で聞き返すので、クロルは驚き、体をこわばらせます。
「ご乗車、っていうのは……つまり、乗ってくれてありがとう、って意味だよ」
「ふーん。私が乗りたくて乗ったのに、変なの」
少女が足をぷらんぷらんさせながら言うので、クロルは思わず口を閉ざしました。
「……あの……名前を聞いてもいい?」
ずっと黙っているわけにもいかず、クロルは勇気を出して聞きます。
すると、少女はきょとんとした顔をして、
「名前? そんなもの、私にはない。けど、みんなからは――」
ばさっ――
と、軽やかな音を立て、
「――天使、って呼ばれていたよ」
その背中に、それはそれは美しい、真っ白な羽を広げて見せたのでした。
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