天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

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鏡の街 Ⅲ

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 そうして、クロルとリリアは様々な店を回りました。
 服屋に靴屋、鞄が売っている雑貨屋。

 しかし、この街に住む人々はみな同じ機械の体を持っているため、服や靴のサイズはひとつしかなく、リリアの体には大きすぎました。なので、服と靴は諦めて、鞄だけを購入しました。

 欲しいものは揃いませんでしたが、リリアは初めての買い物を心から楽しみました。
 アクセサリー店や花屋にも入り、その度に目を輝かせ……
 時計の針は、すっかりお昼過ぎを回りました。



 お腹が空いた二人は、お昼ご飯が食べられる店を探しました。
 しかし、初めにクロルが言った通り、この街の人々は食事を必要としないため、普通のご飯屋さんがありません。
 充電カフェを何軒か巡ると、外から来たお客さんのために日持ちするクッキーと水を用意しているお店にようやく行き当たりました。
 二人はほっと胸を撫で下ろし、通りに面したテラス席に座りました。

 
「――たくさん歩いたね」
「うん。すごく楽しかった!」


 テーブルには水の入ったグラスと、お皿に乗ったクッキーが六枚。リリアが一枚口にしますが、ものすごく硬く、齧るのも一苦労でした。


「なにこれ、石みたい!」
「非常用だから、日持ちする代わりにすごく硬いんだよ」
「ひじょうよう? ってなに?」
「えっと……それはね」


 首を傾げるリリアに、クロルは丁寧に説明しました。

 降り注ぐ日差しは暖かく、目を閉じると気持ちの良い風が頬を撫でます。
 カフェの店員さんも、道行く人々も、みんな同じ顔をしていますが、穏やかで幸せそうでした。

 初めての自由。初めての街。
 その空気を感じながら、リリアは笑顔を浮かべます。

 
「服と靴は買えなかったけど、鞄が買えてよかった。自分で選んで買うって、最高に自由な気分!」
「そうだね。その鞄、とっても素敵だよ。リリアによく似合ってる」
 

 クロルは彼女の鞄――合皮でできた茶色いショルダーバッグを見つめて言います。花の刺繍がほどこされた、可愛らしいデザインです。


「ありがと。でも……パスに入っているお金も、いつかは無くなっちゃうよね。そうなる前に羽を取る方法を見つけて、住む街を決めて、クロルみたいに働かなきゃ」
「労働は十歳から認められているから、働くこともできるけど……住む場所が決まれば、その街の制度で補助がもらえるかもしれないよ」
「ほじょ?」
「えっと、補助っていうのは……」


 クロルが再びリリアに説明をしようとした、その時です。


「こんにちは。"鏡の街"へようこそ」


 そんな声が、横からしました。
 クロルとリリアが顔を上げると、同じ顔をした二人の人が立っていました。
 リリアは驚いたように「わっ」と声を漏らしますが、クロルは落ち着いてそれに答えます。


「こんにちは。歓迎してくれてありがとうございます」
「外の人に会うのは久しぶりなんだ。一緒に座って、少しおしゃべりをしてもいいかい?」
「もちろん」


 クロルが頷くと、同じ顔をした二人は空いている椅子に座り、一緒にテーブルを囲みました。
 こうして並んで見ても、やはりまったく同じ容姿です。機械のためか表情の変化はあまりありませんが、喋り方や雰囲気はとても穏やかなので、リリアは少しだけ緊張を解きました。


「僕はマルコ。こちらは婚約者のリズだよ。はじめまして」
「はじめまして。僕はクレイダーの運転手のクロルで、こちらはお客さんのリリアです」
「ということは、新しく住む街を探しているのかな? まだ若いのに大変だね」


 最初に声をかけてきた人――マルコさんが言います。
 すると、隣に座るリズさんがすぐに声を上げます。


「マルコ。人を見た目で判断しちゃダメよ。失礼じゃない」
「おっと、そうだった。ごめんね、悪気はなかったんだ」


 なんて、頭を掻きながら謝るので、リリアはすぐに首を横に振りました。
 そして、リズさんがこう尋ねます。


「住む場所を探しているのなら、この街はどう? 私もマルコも他の街から移ってきたの。ここは自信を持っておすすめできる、素晴らしい街よ」


 それを聞き、クロルとリリアは驚いたように顔を見合わせます。


「お二人は、どうしてこの街に移り住んだのですか?」
「決まってるじゃない。自分の容姿が嫌いだったからよ。ここに来る人はみんなそうなの」


 はっきりと言い切るリズさん。
 その横で、マルコさんが頷きます。


「僕は生まれつき、顔に大きなアザがあったんだ。そのせいで小さい頃からいじめられてね。見た目の違いで仲間外れにされる辛さを嫌というほど味わってきたよ」


 それを聞き、リリアはハッと息を飲みます。
 見た目のせいで、他の人と違う扱いを受ける――羽があるせいで"天使さま"として扱われてきた自分と同じだと思ったのです。

 さらに、リズさんが続けます。


「私は逆に、元の顔が美人すぎて苦労したの。他人に妬まれたり、どうでも良い人から好意を寄せられたり……努力して勝ち取ったことでも『どうせ美人だからひいきされたんだ』なんて不当な評価を受けたりね。もうウンザリしていたわ。でも――」


 と、リズさんはマルコさんを見つめて、


「この街では、容姿のせいで悩むことはない。だって、みんな同じ見た目で生きられるんだから。綺麗だとか醜いだとか、男らしいだとか女らしいだとか、そういうしがらみから解放された場所――それが、この"鏡の街"なの」


 誇らしげに、そう言いました。
 それを聞き、クロルは理解します。この街の人々が同じ見た目で生きる理由……きっとマルコさんやリズさんのような悩みを抱え、この街に来た人ばかりなのでしょう。

 リズさんは、リリアの瞳を覗き込むように言います。


「もしあなたが自分の容姿に悩みを抱えているのなら……この街で、悩みのいらない体を手に入れてみない? きっと今より生きやすくなるわよ」
「悩みのいらない、体……」


 リリアは、その意味を考えるように呟きます。
 それを見つめ、クロルはリリアの気持ちを想像しました。

 羽を持って生まれたせいで、"天使さま"として扱われてきたリリア。
 その生活が嫌で、彼女は街を飛び出し、羽をなくす方法を探しています。

 リズさんが言うこの街の暮らしは、そんなリリアの望みに合っているのではないかと、クロルは思います。
 ここで周りと同じ見た目を手に入れれば、誰もリリアを"天使さま"とは呼びません。

 けれど……
 リリアの表情は、戸惑いと疑問に満ちていました。

 リリアは遠慮がちな目で、リズさんに尋ねます。


「ねぇ……ひとつ、聞いてもいい?」
「もちろん、なんでも聞いて?」
「二人は、婚約者なんだよね? この街ではみんな同じ顔をしているのに……どうして、お互いのことを良いと思ったの?」


 それは、もっともな疑問でした。
 みんな同じ見た目なら、一体どこを見て「この人が好きだ」と思うのか。どこに違いを見出したのか。リリアにはわからなかったのです。

 するとリズさんは、両手を広げ、堂々と答えました。


「私はね――マルコのに惹かれたの!」
「センス?」
「そう。同じ体を持つ私たちは、服や持ち物で個性を出すの。見て、マルコのファッションを。上品だけど大胆さもある、唯一無二のコーディネートでしょう? それがもうかっこよくて!」


 などと興奮気味に言いますが、リリアとクロルにはファッションのことがよくわかりません。
 代わりに、マルコさんが不満そうな声で答えます。


「それって、僕を見た目で判断してるってことかい? 僕が平凡でダサい格好をしていたら、君は僕を好きにならなかったってこと?」
「そ、そうじゃないわよ。素敵な服を選べる感性に惹かれたってこと。そういうマルコは、私のどこが好きなの?」
「決まっているだろう? 性格だよ。僕は見た目なんかで判断しない。君の内面に惹かれたんだ。でなきゃ、この街で生きる意味がないからね」
「マルコ……」


 そう言って、二人は手を取り、見つめ合います。
 その様子を、クロルとリリアがなんとも言えない顔で眺めていると……


「――マルコ? それは一体、誰なの?!」


 突然、そんな声が響きました。
 驚いて顔を上げると、マルコさんたちの後ろにもう一人、同じ顔の人が立っていました。表情からはわかりませんが、怒りに満ちた雰囲気です。

 マルコさんはきょとんとした様子で聞き返します。


「えっと……君は?」
「リズよ! あなたの婚約者の!」
「えぇっ?!」


 マルコさんは声を上げ、ガタッと立ち上がります。
 クロルたちも驚いていました。だって、リズさんは既にここにいて、マルコさんと手を取り合っているのですから。


「ど、どういうことだい? リズが二人……?!」
「私がリズよ! 体のメンテナンスが長引いて、二週間不在にしていたの! その間にあなたは……私のニセモノと浮気していたの?!」
「に、ニセモノ?!」


 マルコさんが見つめると、手を取り合っていた方のリズさんが「ふん」と笑って、


「マルコと付き合いたかったから、リズのふりをして近付いたの。服装や喋り方を真似すれば気付かれないでしょう?」
「な、なんだって?!」
「ふふっ、リズの性格が好きだなんてウソね。だって、ニセモノだって見抜けなかったじゃない?」
「そんな……!」


 ガクッと崩れ落ちるマルコさん。その顔は、機械で作られたもののはずなのに、どこか青ざめて見えます。

 そんなマルコさんを挟み、二人のリズさんが激しい言い合いを始めたので……
 クロルは、残りのクッキーをポケットにしまい、


「……今のうちに逃げよう」


 リリアの手を引き、こっそりその場を離れました。


 
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