天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

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鏡の街 Ⅱ

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 時刻は午前九時。
 列車は、"鏡の街"に到着しました。


 扉を開け、クロルは駅に降り立ちます。
 リリアは扉の陰からそっと覗き、誰もいないホームを見渡します。初めて訪れる他の街に緊張している様子です。

 そのことに気付いたクロルは、彼女にそっと手をさし出し、


「大丈夫だよ。ほら、お手をどうぞ。お客さま」


 なんて、紳士を気取って言います。
 しかし、リリアはふいっと顔を逸らし、


「『さま』なんて付けないで。階段くらい自分で降りられるんだから」


 ツンと言い返し、不機嫌そうに階段を降りました。

 その反応に、クロルは驚きます。
 そして、すぐに後悔しました。

 クロルは決してリリアを"天使さま"扱いしたわけではありません。大事なお客さまで、同い年の友だちだから、少し戯けて言ってみただけです。
 けれど、彼女にとって『さま』を付ける恭しい態度は、『普通の人じゃない』と言われているような気持ちになる、嫌なものだったのです。


「ごめん、リリア。僕、そんなつもりじゃ……」


 慌てて謝るクロルに、リリアはくるっと振り返り、


「別にいいよ。それで、その出張所っていうのはどこにあるの?」


 口を尖らせながらそう尋ねるので、クロルは気を取り直し、「こっちだよ」と歩き出しました。





 ――"鏡の街"は、飾り気のない無機質な印象の街でした。
 駅から伸びる大通りには、きっちり敷き詰められた石畳みが続き、道の両脇に並ぶ様々なお店も、つやつやした石壁の四角い建物ばかりです。

 そんな景観を、リリアは大きな目をきょろきょろさせて眺めます。


「これが"鏡の街"……私のいた街とは全然違うね」
「そうだね。リリアのいた街は、もっと色鮮やかな雰囲気だった」
「不思議……すぐ隣の街なのに、こんなにも違うだなんて」


 そこまで言って、リリアは足を止めます。
 そして、通りの向こうから歩いて来る人たちを見つめ、


「ほ、本当に……みんな同じ顔をしてる……!」


 と、信じられない様子で言いました。
 その視線につられるように、クロルも行き交う人々に目を向けます。


 茶色いショートヘアに、同色の瞳。
 背は高くもなく低くもなく、太りすぎているわけでも痩せすぎているわけでもありません。
 顔立ちや体型も中性的で、男性にも女性にも見えます。


 そんな見た目をした人が、あっちにもこっちにもいるのです。
 顔も髪型も背格好もすべて同じ。違うのは服装だけです。
 
 そして、同じ顔を向け、すれ違うリリアたちに「こんにちは」「ようこそ!」と声をかけてくれます。
 リリアは返事に困り、クロルの背に隠れました。


「ほ、本当に機械の体なの? みんな本物の人間みたい……」
「うん、間違いなく機械だよ。ほら、あそこに『充電カフェ』がある。ここの人たちは食事がいらない代わりに、電気を蓄えて動いているんだ」


 クロルが指さす先を見ると、確かにそのような看板が見えますが……
 そう説明されても、リリアの目には行き交う人々が機械には見えず、信じられない気持ちのままでした。

 通りの真ん中で立ちすくむリリアたちに、同じ顔の人々が次々に挨拶をしてくれます。
 その光景は奇妙でしたが、羽の生えた自分を歓迎してもらえていることがわかり、リリアは少しほっとしました。
 クロルは彼女の方を振り返り、笑いかけます。


「みんな、親切そうだね」
「う、うん」
「セントラルの出張所はこの先にあるんだ。行こうか」


 そう言って、二人は再び歩き出しました。



 大通りを進み、街の中心にある"セントラル出張所"へ辿り着きました。
 重厚な石造りの、三階建ての建物です。

 自動ドアから中に入り、案内板に従って「パスの更新・変更」カウンターへ向かいます。そこですれ違う人々もみな同じ顔をしていました。

 クロルはカウンターにいる、やはり同じ顔をした職員の人に声をかけます。


「すみません。パスの発行をお願いできますか?」
「こんにちは。では、発行をご希望される方のお名前をよろしいですか?」


 その声も、男性とも女性ともとれる中性的なもので、先ほど挨拶をしてくれた人々と同じ声でした。
 その質問に、クロルはすぐに「しまった」と思います。しかし、彼が返事をする前に、


「リリアです」


 リリアがはっきりと答えたので、職員さんはそれをコンピューターに打ち込みます。


「リリアさん、ですね。では次に、生年月日とご住所をお願いします」
「住所? 今はまだありません。生年月日ならわかります」
「もしかして、新しく住む街をお探しですか? でしたら、前に住んでいらしたところの住所でも結構ですよ」
「それもわかりません」


 リリアの返答に、職員さんが唖然とします。
 いけないと思ったクロルは、背伸びをして職員さんに近付き、


「この子、隣の街から来たんですけど……彼女自身が"信仰の対象"として扱われてきたんです。だから、名前も住所も教えられていないみたいで……」


 と、耳打ちをしました。
 職員さんは、それで全てを察したようで、


「わかりました。では、生年月日だけで結構ですので、教えていただけますか?」


 そう尋ね、リリアはそれに答えました。
 職員さんはしばらくコンピューターに何かを打ち込むと、薄くて透明な板をリリアに差し出し、


「次に、こちらに手のひらを掲げていただけますか?」


 と言うので、リリアはおとなしくそれに応じます。
 すると、透明な板が青く光りました。不思議そうに見つめるリリアに職員さんはにこりと笑い、「少々お待ちください」と告げ、カウンターの奥へ姿を消しました。


「……大丈夫かな?」
「うん、たぶんね」


 心配そうに言うリリアを、クロルはカウンターの正面にあるソファに招きます。
 二人がそこへ腰掛けて待っていると、程なくして職員さんが戻ってきました。


「お待たせいたしました。確認が取れましたので、パスを再発行させていただきます」
「再発行……ってことは、一度発行されたことがあったんですか?」
「履歴を確認したところ、お生まれになった時に一度発行されています。その時、お名前もご登録いただいているのですが……お伝えしましょうか?」


 クロルは理解します。
 それはきっと、リリアを産んだ人――お母さんがつけた名前です。
 けれど、すぐに"天使さま"として扱われたため、使われることのなかった、リリアの本当の名前です。

 そのことを、クロルはリリアに説明しようと思いました。
 きっとリリアも、それを知りたがると思ったからです。
 しかし、クロルが話す前に、リリアはこう答えました。


「――いいえ。必要ありません」


 クロルは耳を疑い、リリアを見ます。
 彼女の目には、迷いがありませんでした。

 もう、あの街には戻らない。
 "天使さま"には戻らない。
 だけど、お母さんがくれた名前を聞いたら、決意が揺らいでしまいそうだから……このまま聞かずに、『リリア』として生きる。
 そんな強い意志が感じられました。

 リリアの返答に、職員さんが頷きます。


「かしこまりました。では、この申請書を二番カウンターまでお持ちください。その後、新しいパスをお渡しいたします」


 クロルは「ありがとうございます」と申請書を受け取り、会釈をしてから隣のカウンターへ移動します。リリアも軽く頭を下げ、それについていきました。

 二番カウンターで書類を提出して、しばらく待っていると、一番奥の三番カウンターから声をかけられ、リリアのパスが渡されました。

 銀色の、薄い金属のようなカードでした。クロルから「はい」と手渡され、リリアが受け取ると、その瞬間にカードが虹色に輝きました。


「わぁ……光ってる」
「持ち主の静脈に反応しているんだよ。リリアにしか使えないようになっているんだ。この色になっている時だけ使えるよ」
「すごーい!」
「さあ、これで買い物ができるよ。さっき職員さんに聞いたら結構な金額が入っているみたいだから、いろんなものが買えるはずだよ」
「そうなんだ……知らなかった」
「きっとが、何かあった時のために、お金を用意してくれていたんだね」


 クロルの言葉にリリアは、少し視線を落として沈黙します。
 彼女が何を思っているのか、クロルにはなんとなくわかりました。


「……よし。じゃあ早速、買い物に行こう。何から買いたい?」


 クロルは明るい声で言います。
 それに、リリアもぱっと顔を上げて、


「服! それから、鞄も! クロルが背負ってるリュックを見て、いいなって思ったの。これからは自分の物は自分で持って歩けるからね!」
「いいね。それじゃあ、行こうか」


 二人は笑顔を浮かべながら、足早に出張所を出ました。


 
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