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鏡の街 Ⅰ
しおりを挟むクレイダーは時速三十キロメートルというゆったりとしたスピードで走ります。
街を抜けると、左側の窓の景色は鬱蒼と生い茂る森に変わりました。右側の窓には、湖の向こうに沈みゆく夕日が見えます。
そして、夜。
クレイダーは、街と街との境目で一度停車します。
街を隔てる分厚い壁の側面が、列車の充電ステーションになっているのです。
運転手と乗客が寝ている間に充電をし、翌朝また出発するのが決まりになっています。
今日も滞りなく作業を終え、クロルは車内の電気を消しました。空にはまあるい月が浮かんでいます。
その月がゆっくりと、地平線の向こうに去り――
オレンジ色の朝日と共に、新しい一日がやってきました。
列車は再び、走り出します。
* * * *
――揺れるカーテンの隙間から朝日が差し、少女の寝顔をいたずらにくすぐります。
眩しさを感じた瞼が開き、澄んだ色の瞳が覗きました。
「…………」
ここは、どこだっけ。
知っているのと違う匂い。違う景色。
そんなことを考えながらむくりと起き上がり、周囲をゆっくり見回します。
……そうだ。
「……私は、リリア」
昨日の出来事が夢ではなかったことを確かめるように、彼女は手を広げ、そして握ってみます。
名前がある。
それだけで何故か、昨日の朝よりもずっと、生きている実感がありました。
そのことに自然と頬が緩むのを感じていると、リリアの鼻を香ばしい匂いが掠めました。
彼女はベッドから降り、列車の連結部分を抜け、一両目の扉をそっと開けます。
すると昨日、彼女に名前をくれた少年――クロルがフライパンで卵を焼いていました。
視線に気付いたクロルは、フライパンを持ちながら笑顔を浮かべ、
「あ。おはよう、リリア。よく眠れた?」
まるで親しい友人のように声をかけてくれるので、リリアは思わず嬉しくなって、
「うん、よく寝た。なんだか生まれ変わった気分」
小さく笑いながら、そう答えました。
「――"鏡の街"?」
クロルの焼いた目玉焼きと、少し焦げたトーストをかじりながら、リリアが首を傾げます。
「うん。今日停まる街は、そう呼ばれているんだ」
「まさか、鏡がたくさんある街なの?」
「うーん、そうじゃないけど、そうとも言えるような……」
クロルは少し考えた後、あらためてリリアに聞きます。
「リリアは、この世界にどんな街があるのか、全然知らないんだよね?」
「うん」
「じゃあ、こんな話をしたら、驚かせてしまうかもしれないけど……」
「なになに? もったいぶらないで、早く教えてよ」
「……今日着く街が、"鏡の街"と呼ばれている理由。それは……」
「それは?」
「……住んでいる人が全員、まったく同じ見た目をしているからなんだ」
真剣なクロルの答えに、リリアは「あはは」と笑います。
「まっさかぁ。そんなのありえないよ」
「それが本当らしいんだ。顔も髪型も体型も、声までまったく同じ。何故なら、彼らは……機械だから」
「……きかい?」
「そう。その街の住民はみんな、脳みそを人型の機械に移して生きているんだ。だから全員、同じ見た目をしている……まるで、鏡写しみたいにね」
リリアは、ごくっと喉を鳴らします。
脳みそを機械の体に移す……彼女にとって、想像すらしたことのない生き方でした。
「なんで、そんなふうにしているの?」
「わからない。でも、その方が生きやすいって思う人がたくさんいたから、そういう街ができたんだと思う」
「そう……すぐ隣の街なのに、本当に全然違う考えの人たちが住んでいるんだね。何だか信じられないな」
「そうだよね。僕もいまだに『こんな街があるんだ』って、驚くことが多いよ」
言って、クロルは今まで見てきた中で特に印象に残った街の話をリリアに聞かせました。
リリアはそれを興味津々に聞きます。
「――すごい。本当にいろんな街があるんだね!」
「うん。だから、リリアが住みたいと思える街もきっと見つかるよ」
「そうだといいなぁ……でも、"鏡の街"はどうだろう? 機械の体なんて、想像もつかないや」
「せっかくだから、列車を降りて見てみようよ。リリアにとって初めての他の街なんだし」
「住むって決めたわけじゃないのに、よその人が街を見て回っても大丈夫なの?」
「もちろん。運転手である僕が案内すれば、移住を考えて見学している人だってわかるから、街の人たちがいろいろ教えてくれると思うよ」
「そうなんだ。"鏡の街"……ちょっとドキドキするなぁ」
緊張と期待が混じるリリアに、クロルは「そうだね」と微笑み返します。
腕時計を見ると、針は八時過ぎを指していました。
「九時には着く予定だから、それまでに降りる準備をしようか」
「こういう時の準備って、何をするのが普通なの?」
「顔を洗ったり、髪をとかしたり、服を着替えたりとかかな」
「私、服はこれしかない」
リリアは身に付けている白いワンピースの裾を持ち上げました。昨日、生まれ育ったあの街を逃げ出した時に転んだのか、所々汚れています。
「それじゃあ、一緒に服を買いに行こう。あ、リリアって『パス』は持っているの?」
「パス?」
初めて聞いた、という様子でリリアは首を傾げます。
『パス』というのは、三百六十五の街すべてを統括する"セントラル"が発行しているもので、生年月日や住所、ⅠD番号、健康状態などといった情報がすべて登録された個人カードのことです。
国ごとに異なっていたかつての通貨は廃止され、現在ではどの街へ行ってもこのカードで料金の支払いをおこないます。
本来であれば生まれてすぐに家族が申請をし、一人一枚持つものですが、やはりリリアは事情が違うようです。
クロルはリリアに不安を与えないよう、言葉を選んで説明します。
「物を買う時に必要なカードなんだ。十歳以上なら自分で手続きをして発行ができるから、セントラルの出張所にも行こうか」
「……よくわからないけど、クロルついていく」
トーストをかじるリリアに、クロルは優しく微笑みました。
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