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映画の街 Ⅰ
しおりを挟む「――あさって着く街は、"映画の街"って呼ばれているんだ」
"鏡の街"を訪れた日。
クレイダーの一両目で、クロルが言いました。
リリアは紅茶を啜りながら、首を傾げます。
「映画って……大きい画面に映し出されたお芝居を大勢で観るっていう、あの?」
「そうそう。リリア、映画のこと知っているんだね」
「本の中に出てきたから、名前だけね。映画館っていう場所は私のいた街にもあったらしいけど、『天使さまに邪念が宿るといけないから』って観せてもらえなかったの。映画ってそんなに恐ろしいものなの?」
「そんなことはないよ。僕もたまに降りた街で数回しか観たことないけれど」
「どんなのを観たの?」
「えっと……巨大な怪獣が街に現れて、あちこち壊して回るやつとか」
「……それっておもしろいの?」
「けっこう迫力があるんだよ。怪獣を止めようとする人たちの人間ドラマもあってさ」
「人間ドラマ? って、なに?」
「んー……人と人とが真剣に向き合うことで生まれる感動……みたいな感じかな」
「ふーん。"映画の街"っていうくらいだから、そういう映画がたくさん観られるってこと?」
「うん。映画館もたくさんあるし、撮影もあちこちでやっているんだって。でも、"映画の街"って呼ばれる理由は、それだけじゃない」
「そうなの?」
「なんでもその街には『監督』と呼ばれる人がたくさんいて、普通の日常をまるで映画のワンシーンみたいに感動的に演出してくれるんだって」
「……どういうこと?」
「僕もよくわからない。とにかく、映画のように特別な日常を望む人たちが住んでいる街みたいだよ」
「へぇー。なんだか不思議だね」
「どんな街なのか僕も気になるし、リリアの服や靴も買いたいから、一緒に降りてみない?」
「うんっ!」
リリアの元気な返事に、クロルは微笑みました。
* * * *
――二日後の、午前九時過ぎ。
クレイダーは、"映画の街"の駅に到着しました。
とてもよく晴れた朝でした。
澄んだ空気の気持ち良さに、リリアは背伸びをします。
「んー。今日もいい天気!」
客室のドアから顔を出すと、先に駅へ降りていたクロルが、列車の脇でタンクの水の補給と交換の作業をしていました。
「お待たせ、リリア。それじゃあ、行こうか」
客室の縁に立つリリアに、クロルは二日前と同じく手を差し出します。
すると彼女は、ほんのり頬を染め、
「うん……ありがとう」
おずおずと、その手に自分のを重ね……ようとした、その時。
「――カーット!!」
突然、大きな声が聞こえ、二人はビクッと肩を震わせます。
「ダメダメ! 今のやり直し! もっとドラマティックに! ダイナミックにいこう!」
そう言いながら、駅の柱の陰から現れたのは……少し太った男性でした。
目には黒いサングラス、肩にはニットのカーディガン、手にはメガホンが握られています。
謎の人物の登場にクロルは唖然とし、リリアはその背中にサッと隠れます。
「なにこの人、怖い……」
クロルの後ろでリリアが呟くと、男性は「ひょーっひょっひょ!」と変わった笑い声を上げて、
「驚かせてすまない! 私の名はテリー。映画監督だ。この街へようこそ、素敵なお二人さん!」
両手を広げて、そう言いました。
その自己紹介に、クロルとリリアはハッとします。
「映画監督って、クロルが言ってた、あの?」
「そうそう。『映画を作る人』のことだよ」
こそこそと言い合う二人に、テリーと名乗る監督はスタスタと近付いて、
「それにしてもお嬢さん、見事な羽をお持ちだね。これは自前なのかい?」
「じ、じまえ?」
「この羽を見ていると創作意欲がかき立てられるなぁ。君を主役にした感動巨編を撮ってみたいものだよ。さっそくさっきのワンシーン、リテイクいいかい?」
「……リテイク?」
今回ばかりはクロルも一緒に首を傾げます。
テリー監督は「ひょひょ!」と笑って、
「私の指示に従って、列車を降りる場面をやり直してもらいたいんだ。まず、お嬢さんは列車の屋根に登る!」
「えぇっ?!」
「それから運転手の君は、給水ホースをお嬢さんに向けて水をぶっかける!」
「はぁ?!」
「ほとばしる水しぶき! 美しくかかる虹! そこからふわりと舞い降りる白い翼の天使! 運転手の少年は両手を広げ、天使を優しく抱きとめる……くぅーっ、これは再生回数が稼げそうだ!!」
興奮気味にまくし立てるテリー監督に、クロルとリリアは唖然とします。なによりクロルは、リリアが『天使』と呼ばれたことにヒヤッとしました。
なので、話題を変えるためにも、こう尋ねました。
「その『再生回数』っていうのは、何のことですか?」
「あぁ、制作したミニ映画を誰かに観てもらえた数だよ」
「ミニ映画?」
「そう。昔は二時間くらいの長編映画が主流だったけれど、最近は数十秒から一、二分くらいの短い映像が人気なんだ。この『スマグラ』が普及したおかげで、誰でも簡単に映像を録画・再生できるようになったからね」
そう言って、サングラスをくいっと持ち上げます。
リリアだけでなくクロルも『スマグラ』というものの存在を知りませんでした。しかし、クロルが詳細を尋ねる前にリリアが身を乗り出し、
「なにそれ! 私も使ってみたい!」
「いいとも。ほら、貸してあげるよ」
テリー監督は快く頷き、かけていたサングラスをリリアに差し出します。あらわになったテリー監督の瞳は黒くてつぶらで、意外にも子犬のような愛らしさを放っていました。
リリアはわくわくしながらサングラスをかけます。彼女には少しサイズが大きいようですが、案外似合っているとクロルは思いました。
「どうやって使うの?」
「まず、右目側のレンズの横にあるボタンを押す。そうすると、見ている景色が録画できる」
テリー監督の説明を聞き、リリアは右目側のボタンを押します。
そして、クロルやクレイダーを映すように、しばらく辺りを見回しました。
「もう一度同じボタンを押すと録画停止。今度は左目側の横のボタンを押すと、いま撮った映像が再生されるよ」
リリアはその通りにしてみます。すると、サングラスの内側に先ほど録画したクロルやクレイダーの映像が流れました。リリアは興奮し、「おぉっ」と声を上げます。
「すごい! さっき見た景色がまた見られる!」
「これを使えば誰もがミニ映画を撮れる。作品を『シェアスクリーン』に公開すれば、他の人にも観てもらえるんだ」
「しぇあすくりーん?」
「映像を共有できるネットサービスのことで……あー、とにかく、そのスマグラさえあればミニ映画を撮ったり、他の人と見せ合ったりできるってわけさ」
知らない単語の連続に顔をしかめるリリアを見て、テリー監督はわかりやすい言葉を選んで説明しました。
リリアに返されたサングラスをかけ直す監督に、クロルが尋ねます。
「テリー監督は、そのミニ映画の撮影や演出をたくさんしている方なんですね?」
「あ、あぁ。そうだよ。日常に潜むロマンティックの原石を拾い集め、フィクションという名の宝石に磨き上げる――それが我々『監督』だ。映画を観るのも、映画の世界に入ってみるのも大好きな人たちが住む。ここはそんな街なんだ」
「んん? ふぃくしょんっていう宝石を作っているの?」
「うーむ、やはり実際に見てもらった方がわかりやすいかな。ならば、私がこの街を案内しよう。この予備のスマグラを貸してあげるよ。さぁ、ついてきたまえ!」
そう言って、二人にスマグラを手渡し、テリー監督は勝手に歩き出します。
それに、クロルとリリアは顔を見合わせ……
とりあえず、ついていくことにしました。
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