天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

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映画の街 Ⅱ

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 テリー監督に連れられ、街の中に足を踏み入れると、クロルとリリアはその光景に目を見張りました。


 風車が回るあたたかな雰囲気の街並みもあれば、"鏡の街"に似た無機質なビルが立ち並ぶ場所もあり……
 かと思えば、大昔にいたという『サムライ』や『ニンジャ』が出て来そうな木製の家屋が軒を連ねる通りもあり……

 この街全体が巨大な映画のセットのように、多種多様な文化が入り混じった造りをしていたのです。
 まるでいろんな世界を旅しているような感覚になり、二人はワクワクしながら街を駆け回りました。


 すれ違う人を見ると、みんな眼鏡をかけています。そして、レンズの横にあるボタンを押して風景を撮ったり、たがいにお芝居をしながら撮影を楽しんでいました。
 この街に住む人にとって、映画作品がとても身近なものであることを、クロルとリリアは理解しました。



 テリー監督の案内で最後に訪れたのは、マルシェと呼ばれる路上商店街です。
 出店がずらりと立ち並んでいて、食べ物や飲み物、綺麗なお花、素敵な衣類まで売っています。

 そこで、リリアは服と靴を買うことにしました。
 その間、テリー監督は自分が過去にどんな映画を作り、どのようなこだわりを持っているのかを熱く語りました。

 本当は情熱的なラブロマンス映画を撮りたいこと。しかし、愛を描くにはミニ映画の長さでは足りないこと。自分の作風は最近の流行りにあまり合っていないこと……などを力説しましたが、クロルとリリアには少しむずかしすぎたため、すべてを理解することはできませんでした。





「――素敵な服と靴が買えてよかったね、リリア」
「うんっ! 早く着てみたいなぁ」


 買い物袋を抱え、リリアは大満足で言います。
 リリアが買ったのは、花の刺繍入りの白いワンピースとぴかぴかの編み上げブーツです。お店にはたくさんの商品がありましたが、リリアはすぐにこの二つを選びました。

 にこにこと笑うリリアに、クロルは手を差し出して、


「まだいろいろとお店を見たいでしょ? その袋、僕が持つよ」
「えっ? い、いいよ」
「特別扱いしているわけじゃないから安心して。これは紳士としての振る舞いだから」
「しんし?」


 ……という二人の会話を聞き、テリー監督は目を輝かせます。


「うーん、ロマンスの原石だねぇ! 今のシーン、リテイクしてみないかい?」
「り、リテイク?」
「そう! もっと胸ときめく演出にするんだよ! まず、袋を抱えるリリアちゃんが石畳みにつまずく!」
「えっ?!」
「そこへクロルくんが手を差し出し、彼女の体をキャッチ!」
「へっ?!」
「『大丈夫かい? 素敵なお嬢さん』『あ、ありがとう』『なんて美しい瞳なんだ……まるで星を集めた宝石箱のようだ。どうか君の手荷物を預かる名誉を僕に授けておくれ』」
「や、やめてください!」


 自分がそのセリフを言っているのを想像し、クロルはたまらず声を上げます。
 顔を赤くする彼に、テリー監督は「ひょひょ!」と笑い、


「すまんすまん! 若い男女を見るとロマンチックが止まらなくてな!」
「よくわからないですが、リリアが危険な目に遭うような演出はやめてください! 列車から飛び降りるとか、石畳みで転ぶとか……!」
「いやぁ、最近はそういうヒヤッとする演出を入れないと観てもらえないんだよ。そんな危険なこと、私もさせたくないんだが……」

 
 ……と、テリー監督が言いかけた、その時。


「やっと見つけた……!」


 そんな大きな声が聞こえ、マルシェにいた人々が一斉にそちらを見ました。

 クロルたちも思わず振り返ると、声の主と思われる背の高い男性が人混みを掻き分け、一人の女性の腕をまさに掴んだところでした。後ろから手を引かれたその女性は、驚いた様子で振り向きます。


「フェルナンド……! 何故ここにいるの……?」
「言っただろう? 世界中のどの街にいたって、君を見つける。運命が俺たちを見離さない限り」


 男性は真剣な眼差しで女性に言います。

 クロルたちの周りで、人々が一斉にスマグラの録画ボタンをオンにしました。そして、わくわくしながら二人のやり取りを見つめます。
 クロルとリリアもテリー監督から借りたスマグラをつけ、録画してみることにしました。

 男性の言葉に、しかし女性はキッと睨み返し……


 ――パンッ!


 男性の頬に、強烈なビンタを食らわせました。
 クロルとリリアは絶句しますが、周りの人々は「おぉっ」と盛り上がっています。


「散々私を放っておいたくせに……今さら運命ですって?! ふざけないで!」
「違う! 放っていたわけじゃない! 俺たちはあいつに騙されていたんだ。すれ違いを生み、仲を引き裂くために」
「でも……私は、あの頃の私とは違う。あなたが愛してくれた私は、もう……どこにもいない」


 女性は悲しげに言うと……ポケットから、ナイフを取り出しました。
 ギラリと光る銀色の刃に、観衆から悲鳴が上がります。しかし、誰もその場から逃げようとはしません。ナイフをスマグラに映し、夢中で撮影しています。


「私の前から消えて、フェルナンド……!」
「レナ……君が変わっていたって構わない。俺は何度だって、今の君に恋をする」
「来ないで! それ以上近づいたら……あなたを殺して、私も死ぬ!!」
「……わかった。君がナイフを突きつけるなら、俺は……」


 男性は近くにあった花屋の店員に声をかけ、「この薔薇を全部くれ」とパスを出します。
 五十本くらいでしょうか。大きな花束を店員から受け取ると、男性はそのまま女性の前に跪き、


「――俺は、ナイフではなくこれを君に差し出すよ。レナ。君を愛している。どうか、俺と……結婚してくれ」


 花束を掲げながら、そう言いました。
 女性は目を見開き、手からナイフを取りこぼすと……


「っ……馬鹿っ……!」


 涙を流しながら、花束ごと男性に抱き着きました。

 瞬間、それを見届けていた観衆から「わぁぁああ!」と歓声が上がり、どこからか花びらが舞い降りてきました。

 その一部始終に、リリアとクロルはぽかんと口を開けますが、テリー監督は表情を変えずにそれを見ていました。


「――カーット! はいはいみなさま。ありがとう、ありがとう」


 そう言いながら現れたのは、サラサラの金髪を持つハンサムな男性です。
 その男性を見るなり、観衆たちの声がどよめきに変わります。


「ジャン・カルロ監督よ!」
「あの累計再生回数一位の?」
「いいなぁー、私も撮影お願いしたーい!」


 そんな声があちこちから上がるので、リリアが「有名人?」とクロルに聞きますが、彼も「さぁ……」と首を傾げます。代わりにテリー監督が、


「シェアスクリーンで一番人気のミニ映画監督さ。恋愛にコメディ、ミステリーにホラーまで、様々なジャンルのミニ映画を毎日更新している」
「へぇー。じゃあ、テリー監督の仲間ってこと?」
「いや……彼の方は、私のことなんか知らないさ」


 リリアの問いかけにテリー監督が呟くように答えていると、観衆からこんな声が上がります。


「ジャン・カルロ監督! 今回のミニ映画のテーマは?!」


 その質問に、ジャン・カルロ監督は前髪をかき分けながら答えます。


「ふっ。今回はこちらのカップルからの依頼さ。テーマは『バイオレンスなハッピーエンド』。一度彼から彼女にプロポーズをして、その様子をシェアスクリーンにアップしたらしいんだけど、再生回数が全然伸びなかったんだって。だからやり直したいってことで、ビンタにナイフ、花束に花びらの演出でド派手にやらせてもらったよ」


 自信満々に語られるその説明に、観衆は拍手を送ります。
 それを浴びながら、ジャン・カルロ監督は手を広げ、

 
「この後、僕のチャンネルで今のミニ映画を公開するけど、みんなも自分で撮影した今の映像をシェアして話題を広めてね。素敵なお二人さん、末長くお幸せに」

 
 プロポーズをした男女に歓声が飛び交う中、テリー監督は「あはは」と渇いた声で笑い、

「リリアちゃんたち、すごくラッキーだね。あの監督は本当に人気で多忙だから、街中で演出をすることなんか滅多にないんだよ?」

 そう言いますが……しかしリリアは首を捻り、


「えっと……つまりあの女性ひとは、恋人がしてくれた本物のプロポーズよりも、別の人が作った演技のプロポーズの方が嬉しいってこと?」


 ……と、問いかけるので、


「…………え?」


 その言葉に、テリー監督だけでなく、周囲の人々まで声を上げます。
 まずい。とクロルは思いましたが、止めるよりも先にリリアが続けて、


「よくわかんないんだけど……自分がどう感じたかより、再生回数ってやつの方が大事ってこと? それが多ければ多いほど、幸せになれるの?」


 と、純粋な瞳で、そう問いかけます。

 ジャン・カルロ監督は顔をピクピクと引きつらせ、盛り上がっていた観衆たちも「なにあの子……」「カルロ監督に難癖つけるつもり?」と騒めきます。

 ピリピリとした雰囲気に、テリー監督は顔を真っ青にし……リリアの手をバッと掴んで、


「ひょ……ひょーっ!!」


 奇声を上げながら、逃げ出しました。


「リ、リリア!」


 クロルは手を伸ばし、引き止めますが……
 二人の姿は人ごみに紛れ、あっという間に見えなくなってしまいました。


 
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