天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

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猫の街 Ⅰ

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「――リリアは、好きな動物っている?」


 朝七時。
 一両目のテーブルで、トーストとスクランブルエッグを食べながら、クロルは向かいに座るリリアに尋ねます。
 彼女は寝癖がついたままの頭を少し傾け、答えます。


「うーん……私、動物ってあまり見たことがないんだよね。犬とか猫くらいしか知らなくて」
「そっか。実は僕も、名前は知っているけど、実物はほとんど見たことがないんだ。昔は世界中にいろんな動物がいたらしいよね。キリンとかゾウとか……あんな大きな生き物、本当にいたのかなぁ」
「私も図鑑で見たことある! 首や鼻がながぁーいやつでしょ? 不思議だよねぇ」


 二人はパンを齧るのも忘れ、しばらくお互いが知っている動物のことを語り合いました。


「……それで、クロルがそんなことを聞いてくるってことは、次の街には動物がいるの?」
「そう。次の街は――」


 クロルは三百六十五箇所ある街の、それぞれの詳細が記されたガイドブックの、二百二十二ページ目を開き、言いました。


「――"猫の街"、だよ」





 * * * *





 クロルの話を聞き、リリアは猫がたくさんいる楽しい街を想像しました。
 そうして降り立った"猫の街"には、たしかに猫がたくさんいました。
 しかし、その猫たちは……想像とはだいぶかけ離れていたのです。


「よく来たニャ。"猫の街"へようこそ! ゆっくりしていきニャ」
「くんくん。トーストのいい匂いがするニャー」
「ねぇねぇ、その羽動かしてよ! それ見てるとニャンだかウズウズするー」


 リリアとクロルを囲む、見渡す限りの猫、猫、猫。
 数十匹の猫たちが、列車を降りた二人に、一斉に話しかけてきたのです――リリアたちと同じ、人間の言葉で。


「知らなかった……猫ってお喋りできるの?」
「ううん、この街の猫が特別なんだよ」


 目を丸くするリリアに、クロルが答えます。
 
 足元を囲む猫たちを踏まないよう気をつけながら、二人は街の中へと歩き出しました。
 歩道にも猫。路地裏にも猫。塀や建物の屋根の上にも猫……猫がいない場所を見つける方がむずかしいくらいです。
 どの猫ものんびり寝転んだり、人の言葉でおしゃべりしたりと、思い思いに過ごしています。とても穏やかで、平和な雰囲気の街でした。
 

「可愛いけど……もしかして、この街には猫しかいないの?」
「いや、そんなことはないはずだよ。ほら、あそこ」


 と、街のメイン通りに差しかかった時、クロルが顔を上げました。
 リリアがその視線の先を見ると、猫の側を歩いている人がいました。
 通りにはたくさんのお店が並んでいますが、その店員さんもやはり人間です。
 リリアはほっと胸を撫で下ろして言います。


「よかった。飼い主の人もちゃんといるんだね」
「うん。ここは"猫好きな人が集まる街"だって書かれていたからね。見た限り、猫の方が多い気もするけれど……」


 ……と、クロルが言いかけた、その時。



「――違うニャ! ここは"猫が人間を支配する街"! 人間たちはみーんニャ、おれたち猫の言いニャりだニャ!!」



 突然、そんな声が降ってきました。
 見ると、建物の屋根の上に猫が一匹、仁王立ちになってこちらを見下ろしています。

 艶やかなオレンジ色の毛並みに、左目の周りだけぐるっと黒い模様がある、立派な猫でした。
 赤い革製の首輪には、宝石をあしらった豪華なプレートが下げられています。

 その姿を見た周囲の猫が「ポックル様ニャ!」「我らがボス!」「アニキー!」などと口々に叫びます。
 オレンジ色の猫は得意げに「ふふん」と鼻を鳴らし、尻尾をしならせて、


「おれのニャはポックル。この街を取り仕切るボス猫ニャ。旅人よ、よく来た。街を代表し、我が屋敷へ招待しよう!」


 堂々としたそのセリフに、リリアはぱちくりとまばたきをして……
 そのまま、クロルにこう尋ねました。


「この猫、なんでこんなに偉そうなの?」
ニャんじゃニャい! んだニャ! ニャにをかくそう、このおれこそが、この街の領主ニャんだからニャ!!」


 しかし、その言葉にもリリアは首を傾げ、クロルに尋ねます。


「りょうしゅ、ってなに?」
「えっと……この街を治める一番偉い人、っていう意味だよ」


 遠慮がちなクロルの答えに、リリアはぽかんとし……


「え……えぇぇええっ?!」


 少し遅れて、驚きの声を上げました。





 ――領主のポックルに案内されたのは、街の中心にある大きなお屋敷でした。

 鉄でできた大きな門……の下の方に猫用の出入り口があり。
 バラが咲く広い庭を抜けると、木製のこれまた大きなドア……の下にはやはり猫用の出入り口があるのですが、とにかく立派な造りでした。

 ポックルに促され、クロルとリリアはお屋敷の中へと入ります。そしてすぐに、「わぁ……」と声を漏らしました。
 そこは、広々としたエントランスでした。床は大理石で、天井から下がる豪華なシャンデリアをキラキラと反射しています。通路には赤い絨毯が敷かれ、二階へと上がる階段があります。

 通路の左右にはスーツ姿の男性が二人いて、「おかえりなさいませ、ポックルさま」と丁寧におじぎしました。
 クロルとリリアが呆気に取られていると、ポックルは「こっちニャ」と階段を上るよう案内しました。

 二階の廊下の奥まで来ると、一際大きな扉がありました。どうやらポックルの寝室のようです。
 いつの間にか後ろについて来ていたスーツの男性たちが、その扉をゆっくりと開けます。

 部屋の中は、想像以上に広くて豪華でした。
 天蓋付きの大きなベッド。
 高い天井にまで届くキャットタワー。
 壁には猫用の足場がたくさん。
 爪研ぎ用のソファーや、おやつが自動で出てくる機械もあります。
 高い位置にある窓はとても大きく、日当たりも最高です。
 まさに猫の、猫による、猫のための部屋でした。


「そこに座るといいニャ。今、飲み物を持って来させる」


 ポックルが人間用のテーブルと椅子を顎で指すので、クロルとリリアはそこに座りました。
 この街に来てからずっと驚きっぱなしで、リリアは顎が外れそうになりながらポックルの部屋を見回します。


「すごい……ほんとうに偉い人……いや、偉い猫なんだね」
「ふふん、まぁニャ。その反応からして、ニャにも知らニャいでこの街に来たようだニャ? 羽ニンゲン」
「羽人間?!」


 リリアが今にも怒り出しそうになるので、クロルは慌てて間に入ります。


「自己紹介がまだだったね。僕はクレイダーの運転手のクロル。彼女は乗客のリリアだよ。羽人間だなんて呼ばないでね」
「クロルにリリアか。ふむ。あらためて、この街へようこそ。お前たちを歓迎するニャ」


 言いながら、ポックルはクロルたちの向かいに座りました。
 羽人間と言われたのが嫌だったのか、リリアは不機嫌そうにそっぽを向いています。なので、代わりにクロルが会話を進めることにしました。


「歓迎してくれてありがとう。君の言う通り、僕たちはこの街のことをあまり知らないまま来たんだ。ガイドブックには"猫好きな人が集まる街"としか書いていなかったけど……想像とは少し違うみたいだね」
「その通り。偉大で寛大ニャおれさまが、この街の歴史を教えてやろう」


 そう言って、ポックルはこの街の歴史について語り始めました。


 
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