天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

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映画の街 Ⅴ

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 ――その晩。
 テリー監督は、街を去るための準備をしました。

 いらないものを捨て、必要なものを鞄に詰め……
 最後に、スマグラを処分しようとした時。
 クロルとリリアに貸していたスマグラの録画ボタンが、ずっとオンになっていたことに気がつきました。
 きっとジャン・カルロ監督の演出を見た時にボタンを押したきり、切り忘れていたのでしょう。

 テリー監督はやれやれと息を吐きながら、録画をオフにします。
 そして、処分するものの袋に入れようとして……
 ふと、どんな映像が録画されているのか気になり、テリー監督はそのスマグラをかけ、再生ボタンを押しました。



 それは、リリアがかけていたスマグラでした。

 泣いている男の子の目線にしゃがみ込む映像。
 恐る恐る梯子を登り、震えながら高い壁の上を歩く映像。
 手を伸ばし、風船のヒモを掴むのと同時に、真っ逆さまに落ちてしまう映像。

 どれも臨場感たっぷりで、リリアの緊張と勇気が手に取るように伝わってきます。

 気づけばテリー監督は、夢中で映像を見続けていました。
 そして……クロルと歩くリリアが、こう口にしました。


『……みんな、知らないのかな。作りものじゃなくても、世界は……こんなにも綺麗で、心が震えるのに。私も、いつか……忘れちゃうのかな』


 その後、クロルが言います。


『……だから、映画があるのかもね』
『平凡な日常を忘れて、映画の中に別の人生を見出す……そうすることでまた、平凡な日常の尊さを思い出す。映画って、そういうものなのかもしれない』


 その会話を聞いた瞬間、テリー監督はハッと目を見開きます。
 頭の中で、二人の言葉を何度も何度も繰り返します。

 それから――クロルが、リリアにユリの花を贈る場面を見て。
 その光景の美しさとあたたかさに、涙を流しました。


「…………っ!」


 テリー監督は、スマグラをバッと外すと……
 捨てるつもりでいた脚本ノートを引っ張り出し、一心不乱にペンを走らせました。





 * * * *





 ――翌日。

 クレイダーが出発する五分前になっても、テリー監督は駅に現れませんでした。


「どうしたのかな、テリー監督……具合が悪くなって、倒れていたりしないよね?」


 白い羽を夕焼け色に染めながら、リリアが心配そうに言います。
 クロルもどうしたのだろうと思いながら、通りの向こうをじっと見つめます。すると、


「――おーい!!」


 そんな声と共に、テリー監督が駆けてきました。
 リリアは「来た!」と顔を上げ、手を振ります。


「ごめんごめん、こんな時間になっちゃったね!」
「もう、来ないかと思って心配したよ!」
「って、テリー監督……荷物は?」


 二人の前で止まり、息を整えるテリー監督を見て、クロルが問います。街を離れるはずなのに、鞄の一つも持っていないからです。
 テリー監督は二人を見つめ、こう答えます。


「私はこの街に残ることにした! だから、列車には乗らない!」
「えぇっ? なんで?!」
「やっぱり、映画が好きだからだよ!!」


 吹っ切れたような監督の声に、リリアとクロルはぽかんとします。
 そんな二人に、監督は申し訳なさそうに笑い、


「この街でもう一度、やり直してみたいんだ。確かに今は、刺激的でわかりやすい作品が流行っているかもしれないけれど……私が描きたいのは、『当たり前の日常にひそむ、あたたかくて優しい気持ち』。それは、時に作りものよりもずっと感動的で、思いがけない奇跡を生むんだ。そのことを思い出したよ……君たちのおかげで」


 そして、テリー監督は二人に近づき、


「今のこの街で、そういう作品を作れるのは私しかいない。少ないかもしれないけれど、気に入ってくれる人がきっといるはずだ。だから……もう少し、この街で頑張ってみるよ」


 そう言って、帽子を外し、頭を下げます。


「ありがとう。君たちに出会えて、本当によかった。どうかお元気で。自分らしく生きられる街が見つかるといいね」


 再び顔を上げたテリー監督は、清々しい表情をしていました。
 クロルとリリアは微笑み返し、うんと頷きました。

 その時、午後五時を告げる鐘が鳴り初めました。
 そろそろ出発の時間です。

 クロルとリリアは列車に乗り、テリー監督に別れを告げます。


「じゃあね、テリー監督! 私も、会えてよかった!」
「監督もお元気で。素敵な映画が完成することを祈っています」


 そう言って、互いに手を振って……クロルは、列車の扉を閉めました。
 時刻は午後五時ぴったり。列車は、ゆっくりと動き出します。


「ありがとう! 気をつけて!!」


 テリー監督は大きく手を振り、列車を見送りました。
 そして……二人が乗った列車が完全に見えなくなった後、


「……さぁて。続きを書くとするか」


 一冊のノートを取り出し、眺めます。
 それは、昨晩から夢中で書き綴っている新作映画の脚本です。
 そこに書かれた仮題は――『天使な君に花束を』。

 リリアとクロルをモデルにしたこの映画は、のちにこの街で大ヒットするのですが……
 そのことを知らないまま、列車は次の街へと向かうのでした。


 
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