天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

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映画の街 Ⅳ

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「リリア、怪我していない?」


 クレイダーの駅へと戻りながら、クロルが尋ねます。
 リリアはすぐに「うん」と頷き、答えます。


「大丈夫だよ。受け止めてくれてありがとう、クロル」
「もう。あんまり無理しないでね、すっごく心配したんだから」
「えへへ、ごめんごめん。泣いているあの子を見たら、『私がなんとかしなきゃ!』って思っちゃってさ」


 頭をかくリリアに、クロルは困ったように笑います。


「リリアは優しいね。それに、すごく勇気がある」
「え? そ、そうかな」
「そうだよ。まるで映画のヒーローみたいだった」
「ほんとう? それじゃあ、この街に住んじゃおっかな」
「リリアなら人気者になれると思うよ」
「もう、冗談に決まってるじゃない。私にこの街は合わないよ」


 そして、リリアは街並みを見渡します。
 華やかなマルシェに、活気ある人々。大通りのあちらこちらでは撮影がおこなわれており、わくわくした賑わいに満ちています。

 平凡な日常を、刺激的な非日常に変える――まるで、映画の中に生きるように。

 この街のあり方をあらためて実感しながら、リリアは言います。


「……正直に言うとね。風船を取ることに成功して、たくさんの人に注目された時……胸が高鳴ったの。全身がぞわぞわってして、熱くなって……まるで、物語の主人公になったようにキラキラした感覚だった。この街で暮らせば、この感覚に浸れるチャンスがたくさんあるのかもしれない。そう思うと、悪くないのかもって……でも、でもね」


 リリアは胸の前でこぶしを握り、自分に言い聞かせるように続けます。


「私は、珍しい出来事や、ドキッとする"非日常"よりも……"普通の日常"を大切にしたい。街を歩いて、お買い物をして、いろんな人とおしゃべりして……そういう、みんなにとっての"普通"を、私はまだぜんぜん経験できていないから」


 そして、もう一度街を見渡します。
 青い空を見上げます。
 瞼を閉じ、自由な風を感じます。


「……みんな、知らないのかな。作りものじゃなくても、世界は……こんなにも綺麗で、心が震えるのに。私も、いつか……忘れちゃうのかな」


 リリアの白い羽が、風に揺れます。
 その様を美しく思いながら、クロルは微笑みます。


「……だから、映画があるのかもね」
「え……?」
「平凡な日常を忘れて、映画の中に別の人生を見出す……そうすることでまた、平凡な日常の尊さを思い出す。映画って、そういうものなのかもしれない」
「そっか……私、まだ映画を観たことないからわからないや」
「じゃあさ、リリア――」


 何かを言いかけたまま、クロルは彼女から離れます。
 そして、通りかかったお店であるものを買うと、


「――僕と一緒に……映画を観に行きませんか?」


 それを差し出しながら、言いました。

 彼の手にあるのは、真っ白なユリの花。
 リリアが好きだと言った花です。

 驚くリリアに、クロルは笑いかけます。


「さっき、このお店で売っているのを見かけて、買おうって決めていたんだ。今年の誕生日はもらえなかったって、リリア言っていたから」
「クロル……」
「って、これじゃあさっきのプロポーズを真似しているみたいだね。そんなつもりはなかったんだけど……ちょっと恥ずかしいや」


 そう照れくさそうに言うので、リリアも顔を熱くします。
 それから、リリアはそっとユリの花を受け取り、


「……やっぱり私、この街には住めないな」
「え?」
「だって……クロルがくれたから、こんなに嬉しいんだもん。他の人が考えたんじゃない、クロルの気持ちがこもった花だから……嬉しいんだよ」


 そして、心からの思いをこめて、


「――ありがとう、クロル。映画、一緒に観にいこうね」


 そう、微笑みました。





 ――二人は映画館へ向かい、映画を観ました。

 群れの中で一羽だけ色の違う渡り鳥が、冒険に出て、本当の家族を見つけるアニメーション映画です。
 数年前の作品の再上映のようで、二人以外にお客さんはいませんでした。

 街の人にとっては、退屈で刺激のないお話なのかもしれません。
 しかしリリアは、ストーリーや演出にとても感動し、興奮に瞳を震わせ……
 買ったジュースを飲むことも忘れて、鑑賞しました。





「――すごく良い映画だったね」
「うん! 私、感動して泣いちゃった」


 感想を交わしながら、クロルとリリアはクレイダーへと戻りました。空も駅も、すっかり夕焼け色に染まっています。

 と、夕日を反射するクレイダーの前に、誰かが立っているのが見えました。
 テリー監督です。二人が来るのを待っていたのか、こちらに手を振ってきました。
 リリアが風船を取り戻した後、見物人に囲まれて忙しそうにしていたので、そのまま離れたきりだったことをクロルたちは思い出しました。


「テリー監督……どうしたんですか?」
「いやいや、先ほどは街の連中がすまなかったね。君たちの緊迫感ある救出劇に、みんな大興奮だったよ」
「別に、みんなを喜ばせたくてやったんじゃないよ。あの男の子に泣き止んでもらうため」


 ツンと突き放すようにリリアが言います。
 その態度に、テリー監督は気まずそうに笑い、


「すまんすまん。こんな話をしに来たわけじゃないんだ。貸していたスマグラを返してもらいたくてね」


 そう言われ、クロルとリリアは「あっ」と声を上げます。
 テリー監督から借りていたスマグラを、クロルはポケットの中に、リリアは頭に乗せたまま返し忘れていました。二人は慌ててスマグラを差し出します。


「ごめんなさい、テリー監督!」
「すっかり忘れてた!」
「いやいや、いいんだよ。こちらこそ、街を案内すると言ったのに、大した紹介ができなくてすまなかったね」
「いえ、監督のおかげで街のことがよくわかりました」
「うん。私には合わないってことがわかった!」
「ひょっひょ! リリアちゃんならそう言うと思ったよ!」


 遠慮のないリリアの言葉に、テリー監督は明るく笑って、


「実は……私も同じことを考えていてね」


 突然、落ち着いた声で、そんなことを言いました。
 クロルとリリアは驚き、「え?」と聞き返します。
 テリー監督は、黒いスマグラに夕日を反射させながら答えます。


「今朝、私がこの駅に来たのは……この街を離れようと思ったからなんだ」
「そんな……」
「どうして?」
「こう見えても、昔はそこそこ名の知れた映画監督だったんだ。あたたかな人間ドラマや、切ないラブストーリーを撮るのが好きで、それなりにヒットもした。けれど……最近は短くて刺激のあるミニ映画が好まれるようになって、真逆の作風である私は一気に仕事がなくなってしまった」


 クロルたちが返したスマグラを見つめ、テリー監督は笑います。


「流行りを取り入れたミニ映画にも挑戦してみたけれど、ぜんぜんダメダメでね。だから、他の街で一からやり直そうと思って。映画のことは綺麗さっぱり忘れて、新たな人生を始めるつもりさ。つまり、私にはこの街を案内する資格なんてなかったんだ……本当にごめんね」
「テリー監督……」


 クロルとリリアが見つめると、テリー監督は手を振って、


「そんな顔しないでくれ。大人になれば、上手くいかないことの方が多いものだからね。列車の出発は明日の夕方だよね? それまでに荷物をまとめてまた来るよ。それじゃあ、また明日!」


 そう言って、テリー監督は駅のホームを後にしました。
 その後ろ姿を、クロルとリリアは心配げに見送りました。


 
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