中の人なんてないさっ!

河津田 眞紀

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第一章 開かれた扉

5.いきなり大ピンチ!

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 今、わたしの目の前に広がる景色は……

 正面には、巨大なモニター画面。
 その下に、飛行機の操縦席のような座席がいくつもあり、スイッチやレバーなどを操作できるようになっている。
 天井や壁面にはドーム状の窓があって、外に綺麗な星空が見えている。

 つまり……映画でよく見る宇宙船の内部のような場所だった。

 その広い宇宙船内に、女の人が二十人くらい立っていた。
 みんな黒いパンツスーツを身に纏っていて、背が高くて……頭から、ヤギやシカのような角を生やしている。

 さらに、その女性たちに囲まれるように、わたしの前に立っている人物が一人。
 でもその人は、『人物』と表現していいのかわからない見た目をしていた。

 身長は二メートルくらい。
 腕も脚も筋肉質で、スポーツ選手のように引き締まっている。
 そのたくましい体から、ふわふわとしたコバルトブルーの毛が生えていた。

 なにより人と違うのは、顔だ。
 鋭い目つきに、突き出た鼻。
 尖った牙。
 そして、ピンと立った耳。
 まるで……狼みたい。

 要するにその人は、狼と人間が混ざったような見た目をしているのだ。

 そして、その狼人間は、腕の中に一羽のうさぎを抱えていた。
 長い耳が左右に垂れた、白黒模様の可愛いうさぎだ。

 そんな人たちが、突然現れたわたしに目を向け、

「………………」

 驚いたように、固まっていた。

「……え、えっと……」

 わたしのおでこに、汗がにじむ。

 宇宙船のような場所に、不思議な見た目をした人たち。
 ……間違いない。
 これは……映画かなにかの撮影だ。

 よくわからないけれど、あの『赤い扉』を開けたせいで、別のスタジオに紛れ込んでしまったらしい。

「す……すみませんでした! すぐに出て行きます!」

 慌てて頭を下げ、『赤い扉』の方へ引き返そうとする。
 と、

「ねぇ、ちょっと」

 誰かに、呼び止められた。
 足を止め、振り返ってみると……
 青い狼人間に抱っこされたうさぎさんが、前足をちょんちょんと動かし、

「きみきみ、こっちに来てよ」

 と、わたしに手招きをしていた。
 わたしはびっくりして体をのけ反らせる。

「しゃ、しゃべった?!」
「そりゃあしゃべるよ。それより、もうちょっと近くに来てくれない?」

 なんて、小さな男の子のような声で話しかけてくるので……
 わたしは、角の生えた女性たちや狼人間のピリピリした雰囲気に怯えながら、うさぎさんの方へゆっくり近づいた。

 近くで見ると、本当に可愛らしいうさぎさんだった。
 本物にしか見えないけれど、こんな風にしゃべるということは、きっとロボットかなにかなのだろう。

 それに、このうさぎさんを抱っこしている狼人間も、ものすごくリアルだ。
 着ぐるみか特殊メイクだと思うけど……まばたきする瞼や、ふわふわとした毛の生え方は、本物の生き物みたいだ。

「えっと……近くって、これくらいでしょうか?」

 間違えて入ってきたわたしが、どうして呼ばれているのだろう?
 疑問に思いながら、うさぎさんに近づくと……

 突然、狼人間がわたしの腕を掴んだ。
 そのまま、ぐいっと体を引き寄せられる。

 びっくりして「きゃっ」と悲鳴を上げると、それを掻き消すような声で、

「わーっはっは! これで人質ゲットだ! ほらほら、撃てるモンなら撃ってみろ!」

 と、うさぎさんが宙に浮かびながら、女性たちに言った。

 ひ、人質? わたしが?!
 一体、どういうこと?
 もしかして、この撮影の出演者だと勘違いされている?

「す、すみません! わたし、紛れ込んじゃっただけで、この撮影には無関係で……!」

 慌てて説明しようとするけれど、狼人間がわたしの腕を掴んだまま、

「……おとなしくしていろ。そうすれば、悪いようにはしない」

 と、耳元で低く囁くので……
 わたしはドキッとして、言葉を止めた。

 どうしよう……絶対に勘違いされている。
 カメラはどこ?
 監督さんやスタッフさんは?
 わたしは無関係なんだって、早く説明しなくちゃ。

 そう思って周りを見回すけれど、カメラも照明も、撮影スタッフさんも、まるで見当たらなくて……
 ますます混乱していると、どこからかこんな声が聞こえてきた。


「人質ぃ? なにかの間違いじゃない?」


 強気な雰囲気だけど、まだ幼い声だった。

 それが聞こえた直後、角を生やした女性たちが一斉に右と左に分かれ、かしこまったように道を開けた。
 その道の向こうから、小さな人影が近づいて来る。

「まったく、誰なの? こんなヤツらに捕まるような弱い女は! キズミちゃんの部下には強い女しかいないはずよ?」

 そう言いながら現れたのは……七歳くらいの、とても可愛い女の子だった。

 猫のような瞳に、長いまつ毛。
 つやつやの長髪をツインテールに結わえている。
 でも……

 その髪も、大きな瞳も、バラみたいに真っ赤な色をしていた。
 しかも、髪の結び目のあたりからぐるりと巻いた羊のような角が二本生えている。
 さらに服装も、ドクロ型のボタンやトゲトゲの飾りがたくさんついた黒いドレスを着ていて……
 お姫様というよりは、悪役の女王様みたいな見た目をしていた。

 そんなアニメキャラクターのような女の子が、狼人間に捕まったわたしの顔をジロジロと見上げて……

「……誰、この人。キズミちゃんの仲間じゃない」

 そう言った。
 すると、うさぎさんが「えっ?」と驚く。

「うそ! コイツ、お前の仲間じゃないの?」
「うん。よく見なさいよ、角が生えていないでしょ?」
「えぇー……じゃあ、人質にはならないってこと?」
「そうよ」
「それって、つまり……」
「そう……あなたたちはもう、おしまいってこと」

 赤髪の女の子がそう言った瞬間。
 周りにいた女性たちが銃のようなものを取り出し、一斉に構えた。

 いくつもの銃口が、わたしたちに向けられる。
 おもちゃの鉄砲のようにカラフルな銃だけれど……まさか、本物だったりしないよね?

 狼人間に捕まったまま、わたしがドキドキと体をこわばらせていると、赤髪の女の子がニンマリ笑って、

「撃てーっ!」

 叫んだ。

 直後、女性たちの銃からビームが放たれた!
 宇宙映画で見るような、レーザー銃だ。

 わたしはぎょっとして目をつむる。
 しかし、そのビームが当たる直前――わたしの体が一回転した。
 狼人間がわたしを抱え、転がりながらビームを避けたのだ。

 一秒前にわたしがいた場所に、レーザー光線の雨が降り注ぐ。
 すると、頑丈そうな床が一瞬にして真っ黒コゲになってしまった。

 うそ……これ、本物のレーザー銃なの?!

「なにやってんの! どんどん撃って!」

 赤髪の女の子が、指をさしながら叫ぶ。
 頭の中が混乱しっぱなしだけれど、どうやらこの女の子が女性たちのボスで、狼人間やうさぎさんと争っているらしい。

 次々に放たれるビームを、うさぎさんは壁や天井を蹴ってかわし、狼人間はわたしを抱えたまま跳んだり転がったりしながら避ける。
 それでも、少しずつ壁際に追い込まれていることはたしかだった。

「おい。君はどこから現れた?」

 操縦席のシートの裏に隠れながら、狼人間がわたしに問う。

「部外者の君がこの船内に現れたということは、時空間じくうかん移転いてん装置そうちを使用して来たのだろう? それを使って、俺と若を安全な場所へ転送しろ」
「じ、じくうかん……そうち?」

 聞いたことのない言葉に戸惑うけれど、要はどうやってここに来たのかを聞かれているのだろう。
 わたしは、自分が通って来た『赤い扉』を指さし、

「あれです! あの扉から来ました!」

 レーザーの音に負けないよう、はっきりと答えた。
 狼人間は頷くと、再びわたしの体を抱えて、

「若、一気に突破します」
「オーケー!」

 うさぎさんと言い合うと、操縦席の陰から飛び出し、ものすごい速さで駆けた。

 そうして、レーザー光線の隙間を縫うように走り、あっという間に『赤い扉』の前にたどり着くと、

「あっ、待ちなさい!」

 赤髪の女の子が止めるのも聞かずに、赤い扉を開け……

 光の向こうへ、飛び込んだ。
 
 
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