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第四章 終わらない歌
8.言えなかった言葉
しおりを挟む「――……さん……紗音さん!!」
誰かに体を揺さぶられ、わたしは目を覚ます。
がばっと体を起こし、すぐ横を見ると……
泣きそうに顔を歪ませた、坂田さんがいた。
「あ……坂田さん……」
「よかった……いくら呼んでも目を覚まさないので、どうしようかと……」
「……ここは?」
何度かまばたきをしてから、わたしは辺りを見回す。
薄暗い場所。
だけど、目を凝らした先に、見覚えのあるものが立てかけられていた。
あの『赤い扉』だ。
つまり、ここは……
「シティーロ放送局の、第二スタジオの中です。私たち、地球へ戻ってきたんです」
答え合わせをするように坂田さんが言うので、わたしは混乱しながら聞き返す。
「戻ってきた、って……どうやって?」
「それが、わからないんです。紗音さんが『ささくれ』の着ぐるみの横で倒れているのを見つけて……気がついたら、この場所へ帰ってきていました」
それを聞いて、なんとなく理解した。
きっと、ワットンが……『彼』が、わたしたちを地球へワープさせてくれたのだろう。
うつむくわたしに、坂田さんが戸惑いながら尋ねる。
「紗音さん……あの『ささくれ』の着ぐるみは、空っぽでしたよね? 嶋永さんは……? どうして紗音さんは、気を失っていたのですか?」
そう問われ、わたしは言葉に迷う。
でも、ちゃんと伝えなければと思い……
「……実は……」
……と、先ほど起こったことを、すべて説明した。
シマさんが、十五年前に亡くなっていたこと。
シマさんの友達である精神生命体――意識だけで存在する宇宙人の『彼』がシマさんの体に乗り移り、ワットンを演じていたこと。
ワットンの番組が終わり、シマさんとの約束を果たした『彼』は、宇宙に帰ろうとしたこと。
けど、そこでキズミちゃんとハミルクのケンカを目撃し、『ささくれ』の着ぐるみを借りて止めようとしたこと。
その時に、この『赤い扉』を宇宙へのゲートにしたこと。
マルデックの中で、『彼』はわたしに思いを残し……宇宙へ帰って行ったこと。
「――そうでしたか。まさか私たちの知る嶋永さんが、そのような存在だったとは……」
どれもこれも現実離れした話だけれど、坂田さんは信じてくれた。
そして、小さくため息をつきながら、
「……では、番組のキャスティングは、また一から考え直しですね」
そう言って、『赤い扉』に目を向けた。
開け放たれたままのその扉は、もう宇宙空間へは繋がっていなかった。
暗いスタジオに、わたしと坂田さんの二人だけ。
あの賑やかな異星人たちは、もう……いない。
こんなに静かなのは久しぶりな気がして、わたしは静寂を破るように声を出す。
「すみません。坂田さんにはずっと迷惑をかけっぱなしですね。せっかくいろいろ手を回してもらったのに……また振り出しに戻ってしまいました」
はは、と乾いた笑いを浮かべながら、後ろ頭を掻くわたし。
すると坂田さんは、首を横に振って……こんなことを口にした。
「……紗音さんに一つだけ、言っていなかったことがあります。それは……私が、あなたの大ファンであるということです」
「え……?」
思いがけない言葉に、わたしは聞き返す。
坂田さんは、にこっと笑って、
「オーディションで歌う姿を見た時から、私はあなたのファンになってしまったのです。だから、マネージャーを務めるのも自ら志願しました。あなたがあなたらしく、のびのびと歌えるようにする――そのためならなんでもすると、心に誓いました」
初めて知った、坂田さんの思い。
そんな風に思われていただなんて夢にも思わなくて、嬉しくて、切なくて、涙がじわりと目に溜まる。
わたしの潤んだ目を見つめ、坂田さんが続ける。
「それなのに私は、紗音さんの願いを叶えられないまま、地球に帰ってきてしまいました。だから……謝るのは私の方なんです」
「わたしの、願い……?」
聞き返すわたしに、坂田さんは微笑むと、
「紗音さん、本当は――キズミさんやハミルクさんやレイハルトさんと一緒に、番組をやりたかったのですよね? だから、嶋永さんだけでなく彼らも地球に戻るよう説得したかったのですが……それが叶いませんでした。本当に、ごめんなさい」
……それを聞いた瞬間。
「あ……」
わたしの目から、ついに涙がこぼれた。
まばたきもしていないのに、ぽろぽろと、次から次に溢れて止まらない。
……そうだ。
気づかないようにしていたけれど、本当は……
キズミちゃんと、ハミルクと、レイハルトさんと、もっと一緒にいたかった。
一緒に、番組を作りたかった。
短い間だったけれど、みんなで過ごした日々は、あまりに楽しくて、賑やかで……
いつの間にか、みんなのことが、大好きになっていたから。
「う……わたし……っ」
みんなが自分たちの星に帰れたことは嬉しい。
けど、せめて最後くらいは『さよなら』って……
『ありがとう』って、ちゃんと伝えたかった。
みんなのおかげでわたしは、本当の意味で『歌のおねえさん』になることができたから……
『ありがとう』って、『大好きだよ』って。
ちゃんと目を見て……伝えたかった。
「うっ……わぁあんっ」
わたしは、小さな子供みたいに声を上げて泣いた。
いろんな思いが、胸に溢れていた。
シマさんと、ワットンを演じた『彼』への思い。
ファンだと言ってくれた坂田さんへの思い。
そして、キズミちゃんとハミルクとレイハルトさんへの思い。
そのすべてが、切なくてあたたかな涙になって……
わたしの目から、ぽろぽろと溢れ続けた――
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