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35 ありのままの願い

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 ……見られた。
 ルイス隊長に。

 しかも、よりにもよって、こんな……

 私が、クロさんを襲っているみたいな状況を。

 耐えられない……
 なにこの、親に恥ずかしいところを見られてしまったような、いたたまれない感覚……っ!!


 しかしクロさんは、自身の顎に可愛らしく手を当てると、

「きゃーん、レンちゃんに襲われるーぅ」
「はぁ?! ち、違うんです隊長! 私は断じて襲ってなんか……!!」

 ふざけたことを抜かすクロさんの口を手で塞ぎ、私は必死に弁明する。

 もしかしなくても、クロさん……隊長が間もなくここへ来ることを見越して、わざと私にキスさせようとしたな?! こうして焦り倒す私を見て、面白がるために!!

 ……それはさておき。

 私は、急いでベッドから飛び降りると、

「隊長……もう歩き回って大丈夫なんですか?」

 ルイス隊長に駆け寄り、真剣に尋ねた。
 直前までの出来事を誤魔化すためじゃない。本当に、隊長のことが心配なのだ。

 私の問いに、隊長はニッと明るい笑みを浮かべ、

「あぁ、問題ない。むしろ前より元気になったくらいだ。やっぱりフェルの魔法はすごいな。ありがとうよ」

 なんて、変わらない声と笑顔で、爽やかに答えた。
 その言葉に……胸が、ズキンと痛む。


 ……違うのに。
 私を拾ったせいで、隊長たちは同盟国であるはずのフォルタニカに付け狙われ、戦うことになったのに。
 私の魔法は、治癒じゃなくて、本当は……
 あなたたちを、殺してしまうかもしれなかったのに。

 なのにこの人は、それを全部知った上で、「ありがとう」と笑う。


「……ごめんなさい」

 私は、胸が苦しくて。

「ごめんなさい……私……私……っ」

 抑え切れない罪悪感に突き動かされるように、謝罪を口にした。

 しかし隊長は、なにも言わず──
 静かに笑って、私の頭に、ぽんと手を置いた。
 その安心感に、また涙が溢れてくる。


 嗚呼、隊長だ。
 生きて、無事に、また会えた。


 その事実にあらためて安堵し、涙が一筋頬を伝った……

 …………のと、同時に。


「ちょっと。僕のレンに触らないでくれる?」


 パシッ、と隊長の手を振り払い、感動の再会をぶち壊したのは……
 他でもない、クロさんだった。

 しかし隊長は、肩をすくめて、

「はいはい、悪かったよ。やっと手に入れた、大好きなレンちゃんだもんな」
「うるさい」

 隊長の言葉に、クロさんはぷいっとそっぽを向く。
 ……ってことは、クロさんは隊長に、私の話を結構していたのだろうか?
 そう考えると、嬉しいような恥ずかしいような……

 ……にしても、隊長とクロさんがこんな親しい間柄だったなんて……
 彼らと別の場所・別のタイミングで出会った私には、なんだか不思議な感覚だった。


 二人のやり取りを眺めていると、隊長が私の方を向き、

「そんじゃ、あらためて。フェルはロガンスに一緒に来る、ってことでいいんだな?」

 そう、確認するように尋ねた。
 するとクロさんも、その横にずいっと並び、

「聞くまでもないよ。ね?」

 と、自信満々に聞いてくる。

 そんな二人の顔を、交互に見つめ……思う。


 ……夢だった。

 隊長や、隊のみんなが暮らす、強い国。
 敵国の民の命まで救おうとする、優しい国。
 そこで暮らせたのならどんなに幸せだろうと、ずっと夢見ていた。

 そして、その隣にクロさんがいてくれるのなら……もっともっと幸せなのは間違いなくて。

 ……でも。


「……本当に、いいんですか? だって、私……危険な能力を持っている。また暴走したり、他の国から狙われて、争いになったりしたら……」

 今度こそ、みんなを死なせてしまうかもしれない。
 そんなの、耐えられない。
 こんな怖い思いをするのは、もうたくさんだ。

 だったら、私は……
 この国に、残ったほうが……



「──ならないよ」



 ……しかし。
 そんな考えを遮ってくれるのも、やっぱりクロさんで。


「わからないの? 君の力を制御できる僕の側にいた方が、絶対的に安心でしょ? ロガンスは今回の戦争でかなり軍事的な成果を上げているから、当分は他国に攻め入られる心配もない。周りを危険に晒したくないなら、なおさらロガンスに来るべきだ」


 真剣で誠実な、クロさんの言葉。
 その論拠に、私の不安な気持ちが解されていく。

 しかしそこで、クロさんは少し間を置き、


「……っていうのは、あくまで表向きの理由。君がロガンスに来る動機は、もっとシンプルでいい」


 と、意味不明なことを言うので、私は「え……?」と聞き返す。
 すると、彼は……いつもの意地悪な笑みを浮かべ、



「レンは……これからもずっと、僕と一緒にいたくないの?」



 私の目を真っ直ぐに見据え、そんな問いを投げかけてくる。


 ……もし、そんな単純な考えで。
 自分のわがままだけで、答えることを許されるのなら。

 私は……私は…………



「…………っ、いっしょに……いたい、です……っ」



 私は、心の望むままに。
 涙を零しながら、そう訴えた。
   
 すると、目の前の二人は、ニッと笑って顔を見合わせ、


「なら、決まりだな」
「だね。……ほら」


 と、クロさんが、私に向けて両手を広げる。


「おいで、レン。これからもずーっと一緒にいてあげる。離せって言われたって、もう……離してあげないんだからね」
「…………はいっ!」


 その、大好きな人の胸に、私は……

 迷いを捨て、思いっきり、飛び込んだ。




 * * * *




 ──そして、その二日後。

 長きに渡り人々を苦しめ続けたこの戦争は、私の生まれ育ったイストラーダ王国の敗戦という形で終結した。

 戦に勝ったフォルタニカ共和国との間に結ばれる条約がどれほど不利な内容になるか、国民は固唾を飲んで見守っていたが……
 それは、当初囁かれていた内容よりも、かなり譲歩されたものとなった。
 つまり、国民の人権と安全は、守られたのだ。

 恐らく……いや、間違いなく、ロガンス帝国が働きかけてくれたのだろう。
 国同士の協議の場で、フォルタニカの過激な提案をロガンスが止めてくれたに違いなかった。


 それから、私にはもう一つ、心配なことがあった。

 それは、襲撃してきたジェイドら二人をクロさんが廃人にしてしまったこと。
 その報復として、今度はフォルタニカとロガンスが戦争になりはしないかと気が気でなかったのだが……

 しかし、その懸念は、すぐに払拭された。
 何故なら、ジェイドたちが内乱を企てる反乱分子だということが明らかになったから。
 やつらは戦争の混乱に乗じ、稀少な精霊保持者を集め、フォルタニカ軍を乗っ取ろうと画策していたのだ。

 そのため、精神を壊され廃人と化したジェイドたちをフォルタニカに突き出したことで、かえってフォルタニカに恩を売ることができた。

 もしかするとクロさんは、そこまで計算した上でジェイドたちを泳がせていたのかもしれない。
 本当に、つくづく抜け目のない人である。


 という具合に、クロさんもルイス隊長も、戦争の後処理に追われた忙しい日々を過ごし……

 諸々が落ち着いたのは、結局それから一ヶ月後のことだった。


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