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23 その番犬、猛獣につき
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しおりを挟むシルフィーの答えに、クレアは思わず目を見開く。
「領主の、弟……?」
「はい。数年前に前領主が亡くなって、長男が後を継いだそうですが……ジーファはその弟。つまり、先代領主の次男です」
各領地を治める領主は、基本的に世襲制だ。
王族と同じように、親から子へと代々引き継いでゆく。
『ジーファ』は、現領主の弟……
それならば、イリオンの海を占拠するような要求も、多額の金を積むことも可能。何せ、自らの一族が治める領地なのだから。
「と言うことは、シルフィーさんはジーファという男に会ったことがあるのですか?」
「いえ、実際お見合いは私も向こうも拒否して破談になったので……社交パーティーでチラッと見かけたことがあるくらいです。その時は特に、何の印象もなかったですね」
「その一族に関する噂など、何か聞いたことはありませんか? 兄弟仲が悪い、とか……」
「うーん……悪い噂はあまり記憶にないですね。私が耳にしたのは、長男が領主になってすぐに男の赤ちゃんが生まれて、これで跡取りには困らないって喜んでいたことと……あ、強いて言えば」
シルフィーは、人差し指をピッと立て、
「亡くなった前領主……つまり、ジーファのお父さんにも弟がいて、その人は海難事故が原因で早くに亡くなったそうです」
「海難事故……?」
「はい。私が知っている情報はこれくらいです。すみません、あまりお役に立てなくて」
「とんでもない。ジーファが何者なのかがわかっただけでも非常に大きな収穫です。私はこの地方の貴族事情には明るくないので……やはりシルフィーさんがいてくれてよかった」
「えへへ。こんな形で役に立てるなら、お見合い話も無駄ではなかったですね。にしても……領地を治めるべき一族の者が、山賊を使って民を貶めているだなんて。本当、呆れちゃいますね」
そう言って、シルフィーは肩を竦める。
明確な動機まではわからないが……領主の弟という立場を利用し、何か大きな事を企んでいるに違いない。その辺りは、後でしっかり調査すればいい。
とにかく、今は……
……と、クレアはエリスが残した『魔導大全』に目を落とす。
千切れた紐を結び、普段エリスがしていたように肩から掛けているのだが……
雨に濡れたページをいくつかめくると、そこにはクレアとの食事の記録が、楽しげに書き連ねてあった。
自分との思い出を一つ一つ、こうして残してくれていたことを知り……クレアの胸に喜びと、それ以上の怒りが押し寄せてくる。
ジーファの動機がどうであれ、エリスを傷付け誘拐したことを、許すわけにはいかない。
もしもエリスの身に何かあったら、その時は……領主の血族であろうとも、容赦はしない。
「……クレアさんも、そんな顔をすることがあるんですね」
そうシルフィーに言われ、クレアはハッとなる。
「……私、どんな顔していました?」
「すっごく恐い顔です」
「……すみません。エリスの身にもしものことがあったらと考えると、冷静ではいられなくて」
「当たり前ですよ。私だってこう見えて、腹わた煮えくり返っていますから。だって……」
ぎゅっ、と……
シルフィーは、自分の拳を握りしめ、
「……エリスさん、クレアさんのために、一生懸命モノイワズを釣り上げたんですよ? 『喜んでくれるかな』って、あなたに食べてもらうのをあんなに楽しみにしていたのに……」
悔しげな声で紡がれたその言葉に……クレアの心臓が、一際強く脈を打つ。
「エリスが、私のために……?」
「そうですよ! 身一つで海に飛び込んで、ようやく釣ったんです! なのに、こんなことになるなんて……私、本当に許せません!」
それを聞き、クレアは、昨晩エリスと過ごした夜のことを思い出す。
(……そうか。俺がまだモノイワズをまだ食べていないと言ったから、エリスは……俺に食べさせるために……)
クレアは、エリスへの愛しさで胸がいっぱいになるのと同時に……
彼女を誘拐した連中への殺意が、臓腑の中で煮えたぎるのを感じ、
「…………」
馬車の外に見えてきたカライヤ山を鋭く見上げ……
剣の柄を、強く握りしめた。
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