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第二章 近づく距離と彼女の秘密
5-8 蝶とゲームセンター
しおりを挟む──それから。
二人はプリントシールを撮影をして、結衣が去ったことを確認し……
急いで着替えを済ませ、ゲームセンターを後にした。
店を出た直後、『ぶたぬきもち』のぬいぐるみを抱いた蝶梨がクスクスと笑い出す。
「このプリクラ、何回見ても笑っちゃう。刈磨くんも『ぶたぬきもち』も、本当に可愛くて」
と、先ほど撮影したプリントシール──蝶梨だけでなく汰一と『ぶたぬきもち』の顔までメイク加工され、不自然な可愛さを放っている写真を汰一に見せる。
キラキラなデカ目と、ほんのりピンクに染まった頬。それが、汰一の緊張して引き攣った顔や、『ぶたぬきもち』のアンニュイな顔と合わさって、なんとも言えない面白さを放っていた。
楽しげに笑う蝶梨に、汰一はため息をついて、
「話には聞いていたが、プリクラってここまで顔が変わるんだな…… ぬいぐるみまで顔認証されるとは、すごい技術だ」
「私もぬいぐるみがこうなるのは初めて見たよ。『ぶたぬきもち』はこの残念そうな顔が可愛いと思っていたけど、こういうキラキラ顔もおもしろくていいかも」
「そもそもなんでそいつはこんな気怠げな表情をしているんだ? 何か設定というか、背景があるのか?」
「『ぶたぬきもち』は豚と餅の間に生まれた奇跡の子なんだけど、その美味しそうな見た目から食べようとする人間たちに常に命を狙われているの。だから、友人の亡き骸から剥いだ毛皮を被ってタヌキのフリをし世を忍んでいる……っていう設定があるよ」
なるほど。それでこんな、この世の全てに絶望したような目をしているのか……
と、一介のゆるキャラが抱えるにはなかなかに過酷な設定に、汰一は同情心を覚える。
「…… 『ぶたぬきもち』、俺も推そうかな」
「ほんと? 刈磨くんが好きになってくれたらすごく嬉しい! 今度キーホルダーのガチャガチャが出るらしいの。一緒に回しに行かない?」
瞳を輝かせ、顔をぐいっと近付けてくる蝶梨。
その嬉しそうな表情に、汰一は……
……ほんと、随分と"素"を出してくれるようになったな。
と、思わず顔を綻ばせながら、「わかった」と答えた。
それから、少し警戒するように周囲を見回す。
「しかし、まさか浪川とこんなところで遭遇するとは……すごい偶然だったな」
「うん、本当にびっくりしたね。結衣の口ぶり的に、前にもこのお店に来たことがあるみたいだったけど、有名な店舗なのかな?」
「この辺じゃ一番でかいゲーセンだからな。忠克も欲しい景品のためにわざわざここへ来たらしい」
「そうなんだ。みんなテスト前なのに結構遊んでいるんだね。私も人のこと言えないけど」
「う゛っ……確かに、よく考えると誘う時期を間違えたな。ごめん」
「ううん、そういう意味で言ったんじゃないよ。むしろ今回のテストは、刈磨くんと一緒に勉強していたお陰でしっかり復習できたから自信あるんだ。何より、私のために誘ってくれたんだもん。本当にありがとう」
そう言って、蝶梨はにこっと笑う。
その微笑みに、汰一は何度目かもわからない胸の高鳴りを感じ……
やっぱりどうしようもなく好きだと、あらためて思いながら微笑み返す。
「こちらこそ、今日は来てくれてありがとう。彩岐のためと言いながら、俺自身かなり楽しんでしまった」
「ふふ、よかった。私もとっても楽しかったよ」
「いろいろ試してみたけど、『ときめきの理由』は見つかったか? 何回かときめいていたように見えたが……」
そう、尋ねた途端。
蝶梨は「ん゛っ」と声を上げ、肩を震わせて、
「……も、もう少しで掴めそうな感じかなぁ。傾向は見えてきたと言うか……」
「傾向、か……俺としては、"命の危険を感じるくらいに追い詰められた状況"で『ときめき』が発動することが多い印象だな。そういう緊張感というか、スリルを求めているんだろうか?」
真剣に考察を述べる汰一に……
蝶梨は、ゴクッと喉を鳴らし、
「そ、その可能性はあるかも。でも、そうだとしたら変だよね。そんな危ない状況でときめくなんて……」
などと、乾いた笑い声を上げる。
が、汰一はその言葉を、
「いや? 別に変だとは思わない」
と、即座に否定する。
思わず「え?」と聞き返す蝶梨に、汰一が続ける。
「そういうの、なんとなくわかる気がする。俺もこんな体質だから、死にそうな目には何度か遭っているが、それをギリギリで回避した時ほど『生きている』って実感できるんだ。そういう瞬間を誰かと共有したら……その人は、自分にとって共に死線を乗り越えた特別な存在になるんじゃないかと思う。所謂『吊り橋効果』ってやつだな」
そして、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、
「だから、そういう刺激を恋愛的なときめきに求めたって良いと思う。人の心の在り方に正解はないんだし、彩岐がどんな理由でときめいていたとしても、俺は変だとは思わないよ」
そう、迷いなく伝えた。
言ってから、少しカッコつけすぎただろうかと急に恥ずかしくなり、汰一は目を逸らす。
しかし、蝶梨は……
その言葉に胸を打たれたように、目を見開いていた。
それから、ほんのり頬を染め、
「……ありがとう。やっぱり、刈磨くんは優しいね」
呟くように言うと、胸の前できゅっと拳を握り、
「…………あのね、刈磨くん」
思い詰めたような顔で汰一を見上げ、
「……私ね、本当は………………」
そう、何かを言いかける…………が。
「…………あれ?」
その視線が、汰一の後方──ゲームセンターの真裏にある細い路地に、何かを見つけたように止まった。
言いかけた言葉の続きが気になったが、彼女の視線につられるように汰一も後ろを振り返る。
室外機がいくつも置かれた、薄暗い路地。
その室外機の一つに、丸い物体がぽつんと置かれていた。
茶色っぽい色に、達磨のようなシルエットのそれは……
「……ぬいぐるみ?」
「……かな」
はっきりとは見えないが、色味や形からして布製品であることが窺えた。
首を傾げてから、まるでその物体に吸い寄せられるように、蝶梨は路地へと入り込む。
その後を、汰一もついて行くことにした。
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