金色の天使と崇められる俺は、正体を隠して偽神を討つ

中上二等

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神聖力の解放

「だ、だれ……? なに……?」

 短い黒髪が震えている。
 薄闇に粗末な装いの少女がへたり込んでいた。

「怪我、してるの……?」

 紗幕を通したようにおぼろげな意識の泉に、小石が投じられる。

「怪我……そうか、そうだ」

 霧が晴れ、思考が回復し始める。 
 前触れなく何かに吹き飛ばされた俺は、背後にあったハインツを住まわせている家へ突っ込んだのか。それも木戸を突き破って。

 見下ろせば、肩より下の身体は人体としての面影をとどめていなかった。裂けた皮の合間から、ひしゃげた骨に血と肉が追いすがる姿がのぞく。外皮がいひに巨大なおろし金を往復させたかのような、生々しい傷。かすかな光がそれを包むと、出血速度がわずかに減衰げんすいする。

「っつ……手札は尽きてなどいないと、そういう意味かベルクナー……」
 
「あ、あの、あなたは――きゃ!?」

 突如爆風が巻き起こり、暗い室内に傾いた陽が差し込む。石をより硬質こうしつの石で砕いたような音とともに、木戸のあった壁一面から屋根にかけて上方へ大破したのだ。無惨な残骸となった建材けんざいが空から降り注いだ。

「内外両面から滅多打めったうちにしてようやく打ち破れましたよ、障壁のおりを。《天槌あまづち》がようやく起動してくれたから良かったものの、とんでもない代物ですねぇ。本当に」

 過半の部分が消失し見通しの良くなったその家跡に、俺と少女は座っている。ベルクナーら神官の前には、巨大なつちが浮かんでいた。あれが、俺を叩きのめした"何か"の正体であるらしい。
 光沢ある黒の柄と、凶悪なとげめいた突起とっきのある槌頭。
 赤紫の尾を引いて、大槌はその大質量を感じさせない身軽さでくるくると回転した。縦方向に数度振り下ろされた動きはなんとも軽妙けいみょうで、意志が宿っているとさえ錯覚させる。

「シルヴィー!! それから、ラグナエルも!」

 変声期を迎えていない高い声域せいいきの叫びがして、一人の少年が駆けてくるのが見えた。

「ハインツ!」

 横の少女が、彼の名を呼ぶ。
 床下の小穴に閉じ込めておいたはずだが、どうも入り口を塞ぐ結界は解除されたようだった。枝葉しようにさけるほどの余力が、俺に残されていないことの証左だ。

「ラ、ラグナエル!? そのひどい怪我は!」

「邪魔だ、下がってろ」

「邪魔って……、きみ、その怪我でいったい何をしようって言うんだ」

「さっさとどかないとお前もこうなるぞ」

 言葉を詰まらせて、ハインツはベルクナーと俺を交互に見やった。

「そのガキの言う通りですよ、灰色の子供。お前たちに用はありません、女を連れて失せなさい」

 言うが早いか、赤みがかった紫のもやをまとうつちが迫る。逃げるよう促した言葉とは裏腹に、そのための猶予ゆうよを与えない速攻そっこうである。躊躇ちゅうちょ容赦ようしゃは微塵も感じられない。

 ――ここで守勢に回るのは下策げさくだ。

 ベルクナーの手の内を全て暴き、温存しているカードがあるのなら、場に出させなければならない。もし彼に防御の手札がもう残されていないのであれば――。

 血溜まりに座り込んだままの姿勢の俺の頭上から、光が放たれる。エネルギーの波濤はとう荘厳そうごん大槌おおつちを紙一重でかすめ、敵二人を眼前にとらえる。

「ラグナエル……!? ま、魔法……!?」

 命中すると思われた瞬間、つち逆進ぎゃくしんして光線の前に躍り出た。遮られた砲撃が、霧散する。

 この一度の応酬によって、ベルクナーの弱点を正確に突き当てるのに成功したことを、俺は彼の苦々しい表情から悟った。

「防御を捨てて攻撃とは……窮鼠きゅうそみつきほど怖いものはありませんねぇ、まったく」

「やけくそでも、まして偶然でもないぞ。戦術上の論理を優先したまでだ。君主くんしゅの城を空にして兵士が攻めてきたら、誰だって君主くんしゅの首を取りに行く。兵士たちは慌てふためいて王を守りに引き返すというわけだ」

 意義も内容も薄っぺらい話をしながら、残余の神聖力を身体中からかき集める。時間稼ぎが主目的であり、副次的に、会話の内容に気を向かせ相手の集中を削げれば万々歳ばんばんざい――と思ってのことだったが、思いのほか相手は精神に動揺をきたしたらしかった。負傷したベルクナーの太ももと、自身の右手を魔法治癒していた神官の瞳が、面食らったように見開かれる。

「この子供、まことにただの孤児でしょうか。こやつのひねた口調と学と豪胆さ、野生で養われたとは考えにくい……」

「……ガキが、背伸びしててらっているんですよ。微笑ましく見守ってあげましょう。といっても実際、これ以上の戦闘続行は厳しいですから、そろそろ引き際でしょう」

「……っ、そんな……! 遺体の方は」

回収しますよ」
 
 逃亡を図る気か。
 やはり、再びおりへ閉じ込め今度こそ情報を搾り取るためにも、つちと奴らの半身を吹き飛ばすのが手っ取り早い。現状の成果はボロボロだ、ここまできて枢機卿などという大物を逃したくはない。

 光の陽炎が俺の身体にさかまく。

 集めるのに随分と時間がかかった。 
 寝て起きて回復したとはいえ、元々この少年に宿った力は天使本来の力の千分の一にも届かない。下界への降臨とはそういうものであるのか、受肉体との相性の問題なのか。

「ハインツ、この子の髪が……!」

「ラグナエル、きみ、なんで金髪に……?」

 肉体の頭髪が、黒から金へと変化した。大量の力を扱ったためだろうが、奇妙な副作用だった。
 だが我ながら間抜けなことに、自分の髪へ気を取られたこのわずかな隙に、ベルクナーは素早く魔法具を取り出していた。

「《禁反言の悪商》起動、《砂漠の帰還靴》起動」

 薄汚れた天秤てんびんと銀色の短靴たんかが現れ、宙を舞った。
 天秤は彼の右手へ、靴は足元へと吸い込まれる。ベルクナーは当然別の靴を履いていたが、銀靴ぎんかがつま先に触れた途端、すり抜けるように靴が履き替わった。
 砂にまみれているうえ、明らかに女物であるその靴が、男の素足を収める様はなかなかにシュールだ。ベルクナーはかかとを三度打ち鳴らすと、天秤てんびんを傾けた。

「私ベルクナーはそこの金髪の孤児に、今日一日私の所有する全ての魔法具を収受しゅうじゅする権利を与える。そして」

 相手に行動の自由を許した己の脇の甘さを悔いながら、しかしすぐさま、砲撃を放つ。
 
 閃光。

「うわっ」「きゃっ」
 
 不幸にもここへ居合わせた少年と少女が、エネルギーの発する熱風に押されて転げる。

 溜めに溜めた光の柱は今まで以上に太い。大槌を軽々と呑み込み、力の暴風はまさに聖職者へ牙を突き立てようとしていた。

「――私は孤児の持つ《遺物》を今、収受する」

 ベルクナーの瞳が金眼鏡の奥で輝いた。

 
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