金色の天使と崇められる俺は、正体を隠して偽神を討つ

中上二等

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神聖力の解放2

「――私は孤児の持つ《遺物》を今、収受しゅうじゅする」

 ベルクナーの瞳は金眼鏡の奥で輝いた。
 銀色の粒子が神官たちを包み込むのと、神聖力が彼らの下半身を貫いたのは、まったく同時であった。

 足は蒸発した。
 無情な破壊の鎌が、跡形もなくそれを刈りとった。
 男二人は、能動的のうどうてき起座きざし歩行するのに不可欠ふかけつの器官を、光の中へ永遠に失ったのだ。それは確かだった。彼らがその事実を凶悪な痛覚とともに知覚するのはまだ数瞬先のことだろうが。

「くくっ、《遺物》は頂いていきますよ、クソガキ!」

 しかし、相手の目論見のうち残り半分は、達成されていた。彼らの上半身が重力に引かれ崩れ落ちていく中、銀色の粒子は大きく振動し、風に吹かれるかのように揺らぐ。そう見えた直後、彼らの姿はかき消えた。

 眼前からまさに煙のごとく、ベルクナーは逃げおおせたのだ。

「チッ、あと一歩のところを……はぁ」

 銀色の靴、あれが逃走用の切り札だったのだろう。見ればその前に仕留めた神官の死体も持ち去られていた。指定した人物をいっぺんに空間移動させる魔法具か。
 天秤てんびんの方は、《遺物》奪取が目的のようだった。当然、存在しないものを奪えるはずもないから、これは良いとして……。

「う、うぅ……」

 ハインツたちは気絶している。
 肉体を治癒して早々に立ち去るのが賢明だな。

 枢機卿という組織の要人を敵に回したことだし、同じ場所に留まるのは危険だ。奴が半身を欠損けっそんしてなお死を免れるか否かに関係なく、おそらく追っ手がかかる。

 前回ぶっ放したときと違って、今回は意図して神聖力をいくばくか残していた。
 今振り返ってみれば、あのときは受肉体の空腹というよりも神聖力の枯渇で意識を手放したように思える。そもそも、生命活動を停止した状態の身体に宿った降臨直後の際、普通に意識があった。
 
 俺は意志だけの独立した存在で、肉体とは憑依して動かすためだけの人形にすぎない。

 神聖力さえ尽きなければ肉体が死のうが塵になろうが、俺はそこに宿り続けられると、そういう話なのだろう。

「しかしそれにしても……」

 視線を己の無惨な肢体へと移す。血の流出は停止し鼓動と呼吸は定常化したものの、傷口はたやすくは癒えず、いまだ臓物ぞうもつが皮の隙間から顔をのぞかせている。

 胸中に冷感が沈澱する。この肉体でなすべきことを考えれば、先行きへの憂慮を禁じえない。吹けば飛ぶような体格、本来の力に遠く及ばない神聖力、地位も金も家すらもなく、今となっては教会に追われる身。

 どうにもが悪かった。

 ベルクナーの他にも彼と同等以上の戦闘力を持つ枢機卿がいるとすれば、偽神ぎしんカアウラスのもとへたどり着く前に、こんな身体はすぐ滅んでしまうに違いない。

『ああそう、受肉するよりしろは適当に選んでおいたぞ。魂の消えた新鮮な死体だ』
 
 肉体の選定せんていという重要事項を些事さじがごとく独断した大天使ヘルゴエルの顔を思い出すと、また腹が立ってきた。

 できるものならやってしまいたいものだ。
 受肉体の乗り換えを。

 降臨時こうりんじには夕陽を、次に目覚めたときには朝焼けを描いた空模様そらもようが、折から鉛色の曇天どんてんへと様相ようそうを変化させようとしていた。地上を照らすこの世界の恒星こうせいは、ふと雲間くもまを離れ、倒壊した建物へ影を落とす。

 このとき、感じた気がした。
 超越空間にいた頃の非実体の我が身が、下界げかい俯瞰ふかんするような感覚。眼球が光をとらえ、刺激に変え脳裏にぞうをなすのとは明確に違う。
 よりしろに依拠いきょした視覚ではない、現象を超えた感受だ。

「……まさか」

 鼓動が音を大きくした。
 たった今、思わぬ可能性を見いだしたらしかった。

 揺らめく光の点。
 まぶたを閉じて、俺は意識の底へと沈んでいった――。


 

 □■□■□


 
 月の夜寒よさむに、水へ反照するさやかな星影。ガラスに波打つ液体を、澄んだ風が穏やかに撫でた。水差しと花瓶と果物を載せた小机が、ベッドのきしみにあわせて揺れる。

「ん……」

 シーツへこぼれ落ちる長い黒髪。
 一人の少女が身を起こす。

「ここは……」

 天蓋つきの古びたベッドから下りた彼女は、頼りない足取りで鏡台の前へとたどり着く。月明かりが、左右反転した等身大の輪郭を描出した。

 ふっくらとした唇から、ほうと息が漏れた。細く長い肢体。浮き世離れした白い肌を際立たせる、艷やかな髪と透き通る瞳の黒。美貌と称するに難のつけようがない整った造形。

 少女は可愛らしく周囲をきょろきょろと見渡す。

 年季の入った、くたびれた家具と内装。ベッドの天蓋には布を継ぎ足して取り繕った形跡があるし、小机の一本足には添え木が結わえてある。
 それでも室内は清潔さを欠くことはなく、華やかさのみが風化した骨董品の趣をたたえている。


「孤児よりは断然マシだな」


 部屋の静寂を冷え切った声が打ち破った。

 黒髪の少女の口の端が、わずかにつり上がっていた。
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