亡国の王女は世界を歌う ―アメイジング・ナイト2—

碧井夢夏

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第2章 それぞれの向き合い方

美しい行商の娘

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 ポテンシア王国からブリステ公国に向かう国境近くの町に、その行商は2ヶ月ほど滞在していた。

 行商のアウグス一家。その中で、父親は気難しそうな顔と態度を度々見せることがあった。
 一緒に行商に付いていたのは、その息子のジャン・アウグス、そして、何故かその父子についてきたという、エレナ・サントーロ。

 一行が最初その町に到着した時は、エレナは控え目で発言をしなかった。
 それが、父親が一度ルリアーナに戻ると言って荷馬車と共に旅立って行った途端、エレナは明るく快活な娘として町の人気者になる。


 ジャンとエレナは町の小さな集合住宅で共同生活をしながら、朝から夕方まで広場のマーケットで品物を売っていた。

「エレナ―。今日もあの歌を歌ってよ」

 毎日、どこからともなく子どもたちや町の住人がエレナに寄ってきては、歌をねだる。

 エレナが仕方ないわねと笑いながら、ルリアーナの民謡や童謡、覚えたばかりのポテンシアの民謡を歌い出し、隣にいるジャンが売り物のギターで伴奏を始めるところまでがいつもの流れだ。

 エレナの美しくてどこか懐かしい声に町の者たちは耳を傾け、歌が終わるとジャンのギターケースの中には銅貨がいっぱい放り込まれる。

 最初は、広場でひとり泣いていた子どものためにエレナがそっとルリアーナの鎮魂歌を歌ったのがきっかけだった。

 子どもは戦災孤児で、時々堪らなく惨めになって泣いていたという。
 エレナがルリアーナの鎮魂歌を歌うと、子どもはたちまち笑顔になり、たまたま広場に来ていた人までもが足を止めてその歌声に癒された。

 ジャンは故郷の懐かしいメロディに合わせてギターを奏で、エレナの美しい声を引き立たせる。
 そうして、この行商の2人は商品を売ることよりも、歌を歌う行為の方が有名になっていた。


 エレナとジャンが共同生活を始めて3ヶ月目に入ったころ、ジャンは共に暮らす部屋でエレナに気になっていたことを尋ねた。

「エレナ。ブリステに当面入国できないことが分かったけど、この先どうするつもり?」

 ポテンシア王国がパースとルリアーナを手に入れて3ヶ月、ポテンシア内の情勢不安で周辺国は入国審査を強化していた。

 ポテンシア王国からブリステ公国に入国するためには、査証が要る。
 そして、査証を発行するためには身元の証明や入国先の居住先、雇用先などが必要だった。
 それらを持ち合わせていないエレナは、査証をとることも、ブリステ公国に入国することも叶わない。

「……分からない。ブリステに行かなきゃというのは、ずっとあるから。国境付近のこの町でずっと働くとか……考えないといけないわね」

 エレナが浮かない顔でそう言うと、ジャンは思いつめたように「もう、ブリステの恋人のことは、いいんじゃない?」とエレナに言った。

 エレナは目を見開いてジャンを見ている。
 エレナは、ブリステ公国で訪ねる予定のハウザー騎士団のことを、わざと「恋人」と言っていた。

「だってさ……いつ入国できるか分からないんだよ? 現に、もう3ヶ月もポテンシアにいる。エレナの恋人を悪く言うつもりは無いけど、お互い若くてこれからって時に、会えない恋人を待ったりはしないんじゃないかな……」

 ジャンはそう言うと、エレナをじっと見つめていた。

 エレナはそのジャンの視線から逃げるように背を向けると「でも、きっと助けてくれるもの……」と相変わらずの返事だった。
 ジャンはそのエレナの返事に奥歯を噛み締める。

「そんな、不安定な約束にしがみつくなよ」

 ジャンが苛立っているのが分かって、エレナは誤魔化すように台所に立った。
 鍋にミルクを入れてマッチに火をつけ、薪でミルクを温め始める。

「ホットミルクでも、飲まない?」

 準備に台所を動き回るエレナを、ジャンは後ろから抱きしめた。

「この時代、外国人の恋人なんてやめた方が良いよ。僕は……」

 エレナはそのジャンの手を振り払おうとしてカップを地面に落とす。鈍い音がして、陶器の破片が無残に散らばった。

「……新しいのを出さないといけないわね」

 そう言うとエレナはジャンの手を振り払い「あなたの気持ちには、応えられない」と力強い眼差しでジャンを見た後、カップの破片を拾っていた。

「でも、君をひとりにはできない。どこで生きていくのにも頼れる先がない君には誰かが必要だよ」

 ジャンはそう言ってエレナをじっと見る。

 ジャンの言葉に間違いはなく、身分を証明するものも頼る親戚も持たないエレナは、部屋を借りることすらできないのだ。
 勿論、そんな事情なのでブリステへの入国を申請しても、エレナが審査に通ることはまず考えられなかった。

「そんな同情、必要としていないわ」
 
 エレナはカップの破片を持ってジャンの方を見ずに続けた。

「第一、あなたの父親は、私のことが嫌いじゃないの」

 その言葉に、ジャンは何も言い返すことができない。旅が始まってから離れるまでエレナに厳しかった父親の様子は、明らかにエレナの全てが気に入らないといった様子だった。

「私は世間知らずで何もできない上に、あなたの家を裕福にする力もないもの。嫌われるのは仕方ない。だけど、嫌われている人の家に入るほど、私も強くないのよ」

 エレナがそう言って陶器の破片をゴミ箱に入れると、改めて2人分のカップにホットミルクを注いだ。

「……そこに僕のことは、何も出てこないね」

 ジャンは寂しそうに言った。離れた恋人のところにエレナの心は留まったままなのだと、またその事実を思い知っただけのことだった。

「あなたには、とても感謝しているけれど、特別な感情を持ったことはないわ」

 エレナはそう言ってホットミルクをゆっくり飲み始めた。いつも優しい笑顔で微笑むエレナが冷たい声でジャンを突き放し、淡い期待すら抱かせない。

「そっか……」

 ジャンは、毎日エレナの歌声に合わせてギターを弾いてきた。エレナが時折元気がない時は、町を一緒に歩いて面白いものを探した。

 町の中でエレナが浮かないように、エレナの素性を探らせないように自分の恩人の妹なのだとフォローして回った。
 だから、少しは自分のことを向いてくれているのではないかと、どこかで期待していたのだ。

「最初に言ったはずよ。私には、本当に大切な人がいる」

 エレナの恋人をそこまで信じる気持ちはどこから来るのだろうか。ジャンには理解が出来ない。

「本当に大切な人でもさ、会えないし連絡も取れないんじゃ、いないのと同じだろ……」

 ジャンは悔しそうにそう言いながら、エレナのいれたホットミルクを飲んだ。
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