亡国の王女は世界を歌う ―アメイジング・ナイト2—

碧井夢夏

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第2章 それぞれの向き合い方

歌姫の誕生

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 夕方になり、いつもより早い店じまいをして、エレナとジャンはイサームの店に向かった。

 暗くなるにつれ町の雰囲気は変わり始め、すっかり重苦しい空気が漂う。
 表通りはまだ安全だと言われていたが、それでも路地を一歩入れば犯罪の匂いがする危険なことがいくらでも待っている。

 ジャンは、そんな夜の町をエレナと歩くことが憂鬱だった。
 エレナは無知で世間知らずだ。それに加えて見た目は美人で、男性受けをする。犯罪の匂いがするところからはなるべく距離をとらせたかった。

 イサームの店に向かう途中、移民の集団がいくつか道にたむろしていた。
 ジャンはその移民たちの視線からエレナを庇うように歩く。
 移民たちはジャンの知らない言葉で何かを呼びかけてきた。ジャンは、好ましくない言葉を投げかけて来ているのだろうと分かり、苛立った。早くこんなことから解放されてエレナを家に帰したい。

 隣にいるエレナをふと見ると、何も動じていないようだった。
 移民が怖くないのか、夜の町が怖くないのか、ただ世間知らずなだけなのか、ジャンはそんなエレナにも不安になる。

 イサームの店に着くと、そこは2階建てのバールだった。広めの店内には既に多くの客が集まっている。
 男性労働者ばかりが集まる店内を見て、ジャンは既に帰りたくなっていた。

「何しているの? 入りましょ?」

 そんなジャンに対して、エレナは堂々としている。時折見せるエレナの度胸に、ジャンはいつもハラハラさせられるのだ。

 店の扉を開くと、店員に入場料の銅貨5枚を求められた。エレナはイサームに呼ばれて招待されたことを伝えると、店員は、「ああ、君が歌姫の?」と言って店の奥に案内された。

 ジャンはエレナの隣について歩きながら、客層をじっと観察している。全体的に刺青を入れた客が多く、ジャンはげんなりした。

 案内されてバールのパントリー脇に到着すると、イサームの姿があった。

「こんばんは、エレナ。来てくれて嬉しいよ」

 イサームがニヤっと笑って嬉しそうにエレナを見た。ジャンには全く挨拶が無く、それがまたジャンの癇に障る。

「今日は、女性のトリオが出演するから、どんな感じか見ていくと良い。実力があるベテランの演出は、楽しいと思うよ」

 イサームがエレナにそう伝えてステージの場所を教えてくれた。

 そして、パントリーに2人を案内して1杯ずつドリンクをもらう。エレナはアイスティーを、ジャンはアルコール度数の低いカクテルを受け取った。

 立ち飲みが基本の店内は、人が増えて賑やかになってきている。エレナとジャンは、女性トリオが現れるのを、今か今かと待っていた。

「さて、みなさん、お待たせしました。アウルシスターズの出番です!」

 イサームがステージでそう言うと、2階の客がぞろぞろと1階に降りて来た。
 客席に座っていた客は全員立ち上がり、店内は一気に立ち見の男性客でいっぱいになった。これから始まる演目を前に、ザワザワしはじめる。

 ステージに立ったイサームは金管楽器を持っていた。どうやら店主は演奏もこなすらしい。
 金管楽器が高らかに響くと、店内の客は声を上げる。ジャンとエレナは、その活気ある店内に圧倒された。

 客の声がワイワイと騒がしくなっていたところに、女性のコーラスが聴こえだす。その瞬間、店内は歓声に包まれた。

「待ってましたー!!」

 客の声に応えるように、ステージの裏手から3人の女性たちが歌いながら現れる。
 それは、褐色の肌をした移民で、ジャンやエレナが聴いたことのないパワフルな歌声をもつ女性シンガーたちだった。

 歌の内容は、自分を大切にしない恋人をなじる歌や、日常のうっぷんに文句を言うような歌詞だったが、歌声の力強さとリズムの良さに、エレナは客席で手を挙げながら興奮した。
 その姿を横目に、ジャンはエレナが異国の音楽に心を動かされていることが受け入れきれない。

 歌が3曲終わったところで、イサームが客席に曲のリクエストを尋ねた。

「そばにいたなら!」

 誰かが大きな声でリクエストを言うと、観客席は大盛り上がりだった。

「よし、それじゃあ、今日は特別ゲストをステージに呼ぼう! エレナ!」

 突然イサームがそう言ったのを、観客は何が何やら分かっていない。
 イサームは男性客の中に埋もれるように交じっていたエレナに、ステージから手招きした。

 ジャンは無茶振りをしたイサームに怒り心頭でエレナの腕を取り、帰ろうと合図を送るが、エレナはそのジャンに向かってニッコリ笑うと、
「いいから、見ていて」と言い残してジャンの手を振り払ってステージに向かう。

 突然の演出に店内はざわついたが、ステージに立った町娘の姿に、観客は何が起きようとしているのかと静かになった。

「歌姫エレナだ。歌声に不思議なパワーがある。今日はアウルシスターズのコーラスに合わせて、エレナに1曲お願いしよう!」

 イサームがそう言って紹介したエレナという女性は、ステージ用の化粧と派手なドレスに身を包んだアウルシスターズに比べ、地味な綿ドレス姿で化粧気もなく、ただステージに立っている。

 観客は皆、それをポカンと見ていたが、エレナがすうっと息を吸って最初のフレーズを歌い始めたとき、その場にいた多くの者の鳥肌が立った。

 予定していなかった演出に呆気に取られていたアウルシスターズも、歌が始まり、エレナに合わせてコーラスを入れる。

 エレナは小柄だったが、どこからそんな声が出ているのか不思議になるほど声量があった。
 透明で儚く、そして情熱的な歌声。

 曲が進んでいくと、客席で何人かが涙を流している。
 そして、ステージで歌っているエレナも曲に感情移入をしているのか、悲しげな顔で歌い、今にも泣きだしそうだった。

 曲が終わると後ろでコーラスを担当したアウルシスターズの3人がエレナを抱きしめる。

「あなた、どこで歌を習ったの?」
「この歌にピッタリの声をしているのね」
「最高だったわよ!」

 3人はそれぞれエレナを褒めて興奮していた。4人が立つステージに、観客から次々とコインが投げ込まれてくる。

「今日は銀貨も飛んでるわ」

 アウルシスターズの1人が嬉しそうに言ったので、エレナは少し照れながら微笑みを返す。
 その笑顔の華やかさを偶然目に入れてしまった者は、新しいスターの登場に沸いていた。
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