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第2章 それぞれの向き合い方

関係性の限界について

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 エレナがアウルで歌った後、すっかり夜遅くの町を歩くことになった2人は終始無言だった。

 ジャンはエレナがステージに立って歌ったことが、どうしても納得できない。
 多くの男性の目に触れて微笑む彼女は、まるで見世物のようだった。

 そんなジャンの苛立ちを感じ取ったエレナは、何も言葉を発さずに黙って帰り道を歩く。
 エレナの小さなポシェットに詰まったコインが、歩くたびにジャラジャラと音を立て、それが余計にジャンを不愉快にさせた。

「ねえ、折角臨時収入も入ったことだし、何か外食でもどう?」

 エレナがジャンに声を掛ける。ジャンはお腹が空くと機嫌が悪くなるのだ。今日も夕食が遅くなってイライラしているのだろうとあまり深くは考えていなかった。

「ホントに、君って子は……」

 ジャンはそう言うとエレナに向かって大きな溜息を吐く。
 そのお金は確かにエレナが稼いだものだったが、あんな大勢の男たちの前にエレナを晒して手に入ったお金など、ジャンにはとても受け入れられなかった。

「夕食は、ちゃんと昼間に買い物してあるから、適当に家でとればいいよ。そんなことより、僕、言いたいことがあるんだけど」

 大股で歩きながら、ジャンはエレナの方を振り向きもせずに言った。

「また、説教でしょ……」

 エレナはそんなジャンの態度に、先ほどのバールでの行動がそんなに気に入らないのだなとツンとしながら反抗的な返事をする。

「そうだよ、エレナは分かってないからさ……」

 ジャンは怒りを抑えきれない自分にもイライラしていた。早く家に着いて食卓に座ってから話そうか、そうすれば嫌な言い方をしなくて済むのだろうかと頭が痛い。

「分かってないって、いつものじゃない。どうせ、私の危機感が足りないって言いたいんでしょ?」

 エレナの歩幅も普段より大股になり、コインの揺れる音が激しくなっていた。

「そうだよ、君はいつだって危機感が足りないんだよ」

 ジャンは少し声を低くして、静かに怒りをぶつけていた。エレナが言う危機感と、自分の言う危機感は全く性質が違うのだ。同じ言葉で分かったように反抗するエレナに、それは違うのだと、どうやったら伝わるのだろう。

 ジャンはようやく到着した2人の暮らす集合住宅の鍵を開けながら、イライラしていることを隠さずに勢いよく扉を開ける。

 いつもの部屋に到着した2人は、当たり前のように部屋に入った。エレナが扉を閉めると、前に居たジャンは振り返ってエレナの肩を掴み、エレナの身体を扉に軽くぶつけた。

「なにっ……」

 エレナが扉にぶつかった衝撃から抵抗しようとしたその時、エレナの唇に何かが触れる。エレナの顔の前には、ジャンの顔があった。
 エレナは必死にジャンから逃げようとジャンの髪を掴み激しく抵抗した。暫く2人の影は重なっていたが、エレナの必死の抵抗にジャンはエレナを開放した。

 次の瞬間、勢いよくエレナの平手がジャンの頬を直撃する。

「ったいなあ……」ジャンはそう言ってぶたれた頬に手を当てた。

「失望したわ……あなたって、もっと優しい人だと思っていたのに」

 エレナは平手打ちをしたことと怒りとで息が上がっていた。ジャンはその姿を見て小さく笑っている。

「何がおかしいのよ」

 エレナが悔しそうに言うと、「優しくしていたらエレナが手に入るなら、いくらだって優しくするよ。でも、君の心は全く僕を受け入れてくれない。それならいっそ、憎まれてでもエレナを強引に手に入れた方が、早いんだよね?」とジャンは力なく笑った。

「あんな、大勢の男の前に出て歌ったら、きっと何人かは本気でエレナを好きになる。エレナが僕のものならそれ以上近づくなって言えるのに、いつまでも僕は兄の知人なんだろ」

 ジャンがそう言ってエレナを引き寄せようとしたので、エレナはジャンから逃れて火事場の馬鹿力を発揮したのか、勢いよく扉を開けて飛び出した。

「ダメだ、こんな夜に!」

 ジャンは慌ててエレナを掴もうとしたが、その手は空を切る。何が起きたのか、ジャンの目の前にいたはずのエレナが、忽然と姿を消した。

「エレナ?!」

 ジャンは部屋から出たエレナを探しに行った。こんな夜中に女性が一人で出歩いていたら無事ではいられない。ジャンは頭に血がのぼってエレナを追い詰めたことを後悔しながら夜の町に出た。

 当のエレナは、呪術で姿と気配を消したまま、扉の横で膝を抱えて泣いていた。
 誰にも声が聞こえないような呪術が自分にかかっていても、声を殺した。

(会いたい、会いたい、会いたい…………)

 ジャンに触れられた唇を拭いながら、以前、カイに一度だけいたずらのように触れた感触が、すっかり思い出せなくなっていることに気付いた。

「忘れたくない、忘れたくない……あなたを……忘れたくない……」

『エレナ』は泣きながら3か月前に離れたカイの姿を思い浮かべていた。
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