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第4章 ポテンシア王国に走る衝撃

ユリウスを狙った王子

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 ユリウス・ポテンシアに毒が盛られた一件で、屋敷の執事が出勤停止を命じられた。水を用意した使用人を見つけられなかった責任と、監督責任を問われた形だ。

 その場で解雇されなかったのが、ユリウスの恩情なのか気まぐれなのか分からない。
 ただ、使用人たちはいつ自分たちに容疑の目が向けられるのか分からず、常に緊張の中にいた。

 執事が不在になったことで、ユリウスの命令を受ける役目を担う代表者がいなくなった。
 そのため、ユリウスが声を掛けても誰が駆け付けるかで、現場は混乱し始めていた。
 ユリウスは、屋敷内の仕事が上手く回らなくなっているのを何となく察すると、執事に責任を取らせたことを徐々に後悔し始める。

 執事が出勤するまで、あと10日ほどこの環境を強いられるのだ。

 ユリウスは明らかにイライラしていた。こんな時はファニアを呼ぶか、衛兵に命令をして市民に向けた暴力を働かせるかのどちらかを選ぶことが多い。

 ただ、その日はファニアを呼ぶのは止めた。
 毒が盛られたことで、一番疑われているのは夜の間中をユリウスの部屋で過ごしたファニアだ。更に悪いことにファニアはユリウスを憎んでいる。

 使用人の前でファニアを問い詰めたのはユリウスだというのに、これ以上自分のせいでファニアの立場を悪くすることは避けたかった。
 他の人間には分かりにくいが、ユリウスにとってファニアは誰よりも大切な存在だからだ。

 食事が運ばれると、使用人達が代わる代わる毒見にやってくる。
 ビクビクしながらも毒見をして帰っていく使用人を見て、ユリウスは茶番だなと溜息をついた。
 実際、毒などユリウスにとっては大して怖いものではない。

 普段毒見役をしない使用人達のほうがよっぽど毒に慣れていないのに、毒に慣れたユリウスのために多くの使用人が毒見をしなければならないとは、何とも不思議な状況だ。

 そんな時、ユリウスの部屋をリディアが訪ねてきた。

「どうした……?」

 ユリウスは自分の正室が目の前にいる状況に、あまり慣れていない。

「もし、ご迷惑でなければ、本日、私がここに泊まってはなりませんか?」

 リディアが思い詰めたように言った。それは、ユリウスの身を案じているようにも見えるし、この屋敷の女主人としての責任を果たそうとしているようにも見える。

「……そなたが、負う問題ではないが」

 ユリウスはそう言ってリディアの決死の覚悟をはぐらかそうとする。

「あなたの身に危険が迫っているのであれば、それは私の問題でもあります」

 リディアの強い目を見ながら、ユリウスはリディアとこれまで大して向き合ってこなかったのだなと思い知った。
 ユリウスはファニアに夢中になるあまり、正室のリディアを見る機会がなかった。

「……そこまでの覚悟があるのなら、好きにすればいい」

 ユリウスは、リディアと言い合ったりはしなかった。自分が第二王子として確固たる地位を築けているのは母親の家系とリディアの実家のお陰だったからだ。

(これでは、暫くファニアとは過ごせないな)

 リディアの決心を見ながら、ユリウスは毒殺されかけたことで起きた微妙な変化に強いストレスを感じていた。
 好きな時にファニアを呼べないこの状況こそ、ユリウスにとっては由々しき事態と言える。

 その日の夜、ファニアは久々にストレスなく自室で眠った。
 代わりに、ユリウスの部屋にリディアが行っている。ユリウスが寝ている間に狙われるかもしれないと身体を張ろうとするリディアに、ファニアは正室というのは意識が違うのだなと感心した。

 一方リディアは、久しぶりに訪ねるユリウスの元に、正室だというのに緊張していた。
 それだけリディアはユリウスと共に過ごしたことがない。婚姻して2年ほど経つというのに、結婚した当日のほかは、数日程度しか夫を知らなかった。
 その夫が殺されそうになったというのに、暗い廊下を歩いている間、リディアは自分のことしか考えられなくなっている。

(粗相をしてしまわないように、まずは普通に……)

 リディアはそんなことを頭の中で唱えながら、ランタンを持って侍女と共にユリウスの部屋に到着する。
 深呼吸をして、ユリウスの部屋をノックした。

「殿下、リディアです」

 声を掛けたが、反応はない。仕方なく、リディアはそっと扉を開けて中を確認した。

「殿下……?」

 中を覗く。月明かりに照らされた部屋の中、窓際の椅子にユリウスが座っていた。が、一目見てリディアはその姿が既に生きた人間のそれではなくなっていることに気付く。

「殿下! ……誰か!!」

 侍女も慌てて中を確認し、目の前の凄惨な現場にすぐ目を背けた。
 リディアの声に屋敷の使用人が集まり始めるが、そこで見た光景に誰もが声を失う。

 屋敷が騒然とし始めた時、廊下を歩いてくる3人の影がまるで悪魔のように近付いてくる。

「こんばんは、皆さん。お集りのようで」

 暗闇の中で、中心にいた人物の顔がニヤリと歪む。その姿に、ファニアが声を上げた。

「あなたは……ルイス殿下?」

 ファニア以外のそこにいた者たちは、その人物が第四王子のルイスだとは気付かなかった。
 なぜなら、噂に聞くルイスはこんな悪魔のような笑みを浮かべるような人間とは違っていたからだ。

「ああ、私のことを知っている者がいたのか」

 ルイスは少し面倒くさそうに言うと、背の高い2名の護衛に声を掛けてユリウスの絶命を確かめさせていた。

「ユリウス殿下は……お亡くなりになられています」

 ルイスの護衛であるブラッドが脈を確認して言うと、リディアはルイスに掴みかかった。

「あなたが、殿下を殺したのですか?!」

 リディアの目には涙が溜まっている。ルイスは、こんな暴君でも亡くなれば悲しむものがいるのだなと驚いた。

「……だとしたら、何だ? もしや、君がユリウスの正室か?」

 ルイスは無関心に、自分の服を掴んでいるリディアを頭からつま先まで眺めて言った。
 リディアは夫の命を奪った男の視線に苛立ちながら、ルイスを掴みかかったままの姿勢で心底軽蔑した目を向けている。

 その様子を見ていられなくなったカイが、「お放しください。こちらはポテンシア王国第四王子です」とリディアの手を離してルイスの前に立ちはだかった。

「そうだぞ。残念ながら、これから夫になる私に対して、その仕打ちはなんだい?」

 ルイスの言葉に、リディアは目を見開く。

(この男が、これからは私の夫ですって……?)

 ルイスといえば、王子の中でも特に身分が低く、能力も低いと有名な王子ではないか。リディアは自分の耳を疑った。

 その一部始終を廊下から見ていたファニアは、まさかこんな日が来るとはと、期待に胸を膨らませている。
 ようやくファニアは自分を痛めつけ、苦しめてきたユリウスから解放されただけでなく、あの第四王子、ルイスのものになる日が来たのだった。
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