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第5章 追われるルリアーナ元王女

夜の町に着いたら

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 カイが国境の町に着いたのは、夜の7時を回ったころだった。

 町は犯罪の匂いに溢れ、重苦しい嫌な空気が漂っている。愛馬のクロノスを預けるために取った宿は比較的治安の良さそうなエリアだったが、こんなところで王女だったレナが生活できているのか疑わしい。

 宿でカイはバールの場所を聞いた。歌が披露されるバールがあるかを尋ねると、2区画ほど歩いたところにある「アウル」というところだろうと教えられる。

 カイは荷物を置いて身軽な格好で出かけることにした。誰かに絡まれる可能性も考えられたが、帯剣してまで出かける必要は無いだろうと割り切る。

 戦いのプロとして第一線を生きるカイにとって、犯罪者など脅威ではない。

 2区画歩くうちに、お世辞にも育ちが良いとは言えない集団と3回ほどすれ違ったが、カイは特に何もされずに「アウル」に到着した。店内から騒々しい声と、金管楽器の演奏が漏れ聞こえていた。

(ここに……本当にいるのだろうか……?)

 カイは、客層が決して良いとは言えないバールの店内を覗くと、それまで持っていた希望の全てを失ったような気がした。ここまで順調に来られたのが不思議なのだ。空振りでも次を探すしかない。

 カイが「アウル」のドアを開くと、入口で銀貨1枚を求められた。何もしなくても金がいるのかと、カイはそのシステムに苛つきながら店内に入る。労働者の熱気で店は揺れているかのようだった。

 カイは麦酒を注文すると、店内の一番後ろのテーブルでそれを半分ほど飲み干す。周りを見回すが、やはりこんなところにレナがいるとは思えなかった。

(外れか……)

 それもそうだ、城下町で情報が取れたからといって、1年近くも見つからずにいる王女がそう簡単に見つかるはずもない。

 楽器のみの演奏で時間が過ぎるバールで麦酒を飲み干し、2杯目にジントニックを注文した。折角なら、レナが人生で初めて飲んだ酒でも飲んで帰ろう、とグラスに口を付けようとした時だった。

「お待たせしました!本日も、『エレナとアウルシスターズ』の登場だ!」

 イサームの掛け声に、2階にいた客がどっと1階に押し寄せる。男たちはエレナの名前を呼んで盛り上がっているではないか。

(……エレナだと……?)

 カイはジントニックを飲むのも忘れ、息を止めてその場で起きようとしていることに目を見張った。

 曲が始まると、店内の活気で店が揺れた。エレナの名前を呼ぶ男たちの熱狂の中、歌声と共に、その女性がステージに現れる。彼女が姿を見せた途端、店内は妙な一体感に包まれた。

『エレナ』はステージ用の肩の出たドレスに身を包み、カールに巻いた髪を揺らしながら切なげな声で悲恋を歌い始める。

 先程まで揺れていた店内が一気に静寂に包まれ、『エレナ』の声に合わせたアウルシスターズのコーラスが店内に響いた。

 カイは、自分が何を見ているのだろうかと『エレナ』から目が離せない。

 よく知った顔に、よく知った小柄な身体を持つ『エレナ』は、すっかり店のスターとして人気らしい。

(生きている…………)

 カイは、ただその姿を見ることしかできなかった。彼女が歌っている。目の前のステージの上で。やはり彼女は命を落としてはいなかった。

 喉の奥が熱かった。アルコールなどまだ殆ど入れていないというのに。

 カイは目頭を熱くして、ステージで歌う姿に釘付けになった。

 その『エレナ』はステージで3曲ほど歌い終えた時、様子の違う視線が気になってそちらに目を凝らした。離れた場所にいて顔がよく見えないが、そこにいるのはよく知った人のような気がする。

 4曲目を歌い始め、『エレナ』はそちらをじっと見つめた。お互い、1分ほど見つめ合っていた。

(あれは……もしかして……)

 1年近く前に離れた人だ。自分が一番信頼を置いていた、あの男が、店内にいる。

 『エレナ』は歌いながら涙を流した。幸い、歌っていたのは悲恋の歌だった。

 店内は彼女の姿に胸を打たれ、客は、悲しい恋に身を焦がす歌姫に恋をしていた。

(カイが……いる)

 視線を受けながら、その目が優しく自分を見つめているのが分かる。『エレナ』は涙を隠さずに小さく微笑んだ。それを見て、カイも目を細める。


 ステージが終わり、銀貨と銅貨が投げられているのを見てカイはぎょっとした。

(この店は、金を投げるのか?)

 コインは店内のスタッフに回収されていく。不思議な世界があるものだとカイはカルチャーショックを受けていた。

 あの『エレナ』にはどうやったら会えるのだろうか、カイは暫く場所を動かずに立っていた。


 ステージ裏、『エレナ』の涙を見て、アウルシスターズは何が起こったのかと驚いている。『エレナ』はこれまでも曲に感情移入して少しだけ涙してしまうことはあったが、ステージ上でこんなにハッキリ泣いたのは初めてだった。

「エレナ、どうしたの……大丈夫?」

 マーシャが『エレナ』を抱きしめて落ち着かせようとする。

「泣きたくなったら泣いても良いわよ。今日は、そんな気分だったのかしら?」

 マリヤが着替えながら『エレナ』を見てくすくすと笑った。

「よく知った人が……居たの。会いに行ってもいい?」

『エレナ』がそう言って泣いているのを見て、ミミは直感が働いたらしい。

「男ね?!」

 鼻息荒くミミが『エレナ』に尋ねると、『エレナ』は少しだけ考えたようにしてから頷いた。

「着替えてステージ脇から客席に行けばいいのよ!」

 マーシャは『エレナ』を急かす。

「ステージメイクも落としなさい!」

 マリヤも慌てて『エレナ』のメイクを落としだす。

 まさか恋人の方から探しに来るとは思わず、3人は自分のことのように慌てていた。
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