亡国の王女は世界を歌う ―アメイジング・ナイト2—

碧井夢夏

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第5章 追われるルリアーナ元王女

ブリステへの入国審査

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 ブリステ公国との国境にある関所は、砦が2つ構えられた作りになっていた。

 ポテンシア王国側の関所はブリステ公国側からの入国審査を行っているが、出国に関してはあまり関与していない。

 一方ブリステ公国側の関所では、入国審査の長い列ができている。情勢が不安定なポテンシア王国を離れようと、多くの人がブリステ公国への入国を希望しているためだ。

「この行列だと、午前中に手続き申請まで行けるか謎だな」

 カイが溜息をつく。レナは何度も入国を断られた関所で不安そうな顔をしていた。

(私だけが入国できなかったら、カイはどうするんだろう……私はこの先、どこに行けば……)

 レナはそう思いながら、カイの方をちらりと見る。

「大丈夫だ、大船に乗ったつもりでいろ」カイは得意気に口角を上げてレナの頭に手を置く。

(こんな態度で、いちいちときめいてしまう自分が情けない……)

 レナは胸の奥がきゅうっと音を立てたような気がして、それを必死に忘れようとする。思えば目の前の男性は2年間憧れ続けていた騎士団長で、初恋の相手ではないか。

 小説と違うのは金の亡者だったことだが、最後に別れた時にはカイへの恋心をしっかり意識していたのだ。

(ああ、自分の心臓の音がやかましい…………)

 そう思いながら、そっとカイの表情を窺った。

 やはり、何故かレナの方を見ている。それに、明らかに視線が優しい気がする。が、それはきっと気のせいだと思い直した。

(そうよ、きっと思い出の中のカイを正確に思い出せていなかっただけで、もともとああいう顔だったんだわ)

 そう思ってみると、自然と心臓の音が収まった。


「そういえば……あの店では随分人気だったみたいだな?」

 行列に並んでいる間、カイはふと思い出したように尋ねた。

「ああ、そうね。お陰様で毎回チップが多くて……それなりに稼がせてもらったわ。羨ましい?」

 レナがカイにそう返すと、「参考に聞いてやる。どの位だ?」とカイはレナの稼ぎに興味津々だ。

「1日1ステージが大体30分。出演料で銀貨4枚、加えてチップは日によってまちまちだけど、均すと銀貨8枚くらいね」

 レナがそう言うと、「本当か?! あの1ステージでうちの新人の1日分の稼ぎより大分多いんだな」とカイは驚いた後、「いや、ポテンシア銀貨だからブリステ銀貨9枚分か。それでもうちの新人より多いぞ……」と言ってやはり目を丸くしている。

「見直した? なんと、あなたの前にいるのは人気歌姫なのよ?」

 レナが得意そうにニヤリと笑みを浮かべた。カイは昨日の店内の活気を思い出してみる。間違いなく、レナは男性労働者たちに人気だった。

「気に入らないな」

 カイは小さく溜息をつく。心なしか機嫌が悪そうな表情をしているように見える。

「あのねえ、報酬面で言えば私がカイを雇った時の比じゃないわよ。いくらあなたのところの新人の稼ぎより良いからって、なんでそんなこと言われなきゃいけないのよ……」

 カイの不機嫌が伝染するように、レナも頬を膨らませた。

「労働者にとっての銀貨12枚は小銭じゃない。あの店には、それだけ本気のやつがいたってことだ」

 カイがそう言ってレナをじっと見る。

「本気のやつって何のことよ……」

 レナは訝し気な顔をしながらカイを睨む。自分が何を責められているのか全く心当たりがない。

「レナに本気で惚れていたやつが、それだけいたということだろう。あの連中の中に」

 カイは不機嫌な態度を隠さずに言い直した。そういえばこの元王女は、その辺に思い切り疎いのだ。

「…………?」

 レナが怪訝な顔をしてカイを見ている。

(くそ……本当に分かっていないのか)

 悔しそうな顔でカイはレナを見たが、理解させることは無理だと諦めることにした。

「私にファンがつくと、何が悪いの?」

 レナは心底不思議そうにカイを見た。カイこそ世界中にファンがいる騎士団長様ではないか。

「俺のはフィクションも入っている創作だが、レナの場合は違う。本気で狙ってたやつもいたんだろう」

 カイはレナの心の中まで読んだように言い捨てると、それ以上は口を開かずに行列の前の方をじっと見ていた。

(別に私に本気のファンがいようが、私に気の有った客がいようが、カイには関係ないじゃないの……)

 レナは、やはり隣にいるのは自分の良く知るカイ・ハウザーから変わったところがあるのだろう、と自分を無理矢理納得させた。

 一緒にいたのはたったの1ヶ月、それから10ヶ月も経てば人が変わってもおかしくはない。

「はい、どうぞ」

 入国審査の順番が来た。カイは自分の身分証を提示し、隣にいるレナの入国審査について係員に説明を始めた。

「パースでの任務中に救出した。ポテンシアに攻められて身寄りも身分証明も無くしているが、家族に迎えたいと思っている」

 カイがそう言ってレナのことを説明すると、係員はカイの身分証とレナを何度もジロジロと確認し、「ハウザー子爵様、家族というのは……」とレナの方をじろりと見る。

 カイは一瞬固まって無の境地に旅立ったようだったが、「…………配偶者として…………」と不本意極まりない様子で答えると、係員は納得して入国審査の書類を作成し始めた。

 レナは初めてカイの口から「配偶者」などという言葉が出たことに驚き、カイをじっと観察してしまったが、カイは相変わらず無の境地にいた。

(配偶者としてであれば、身分を証明できる者が無くても入国できるというわけなのかしら……)

 レナは不思議に思いながら入国の手続きがどんどん進んで行くのを見ていた。

「どうぞ、お通り下さい」

 次に声を掛けられたのは、ブリステへの入国許可証に判が押されたものを係員に提示された時だった。

 レナはまさかこんなに簡単に入国を許されるとは思ってもおらず、隣にいるカイにキラキラとした憧れの視線を送っている。

「ほら、行けただろう?」

 カイは気まずそうに言って入国許可証を受け取りながら、レナを連れて離れたところに括り付けていたクロノスを迎えに行く。

「本当ね」

 レナは、何となく先ほどのカイの態度から、「配偶者」という言葉については深く聞かない方がいいのだろうと思った。入国審査のための口実なのだと疑っていない。

 対するカイは、ハッキリ「配偶者」と言ったのを聞かれていたのに、レナが何も言ってこないことを不思議に思っている。

(目の前にいるのは、あの王女なのだろうか……もう少し追及されるかと思ったが……)

 カイはクロノスの手綱を引きながら、レナを連れて関所を通過する。あんなことを言ってレナが不審がる覚悟もしていたのに、カイはよく分からなくなった。

(まだ……ロキを想っているのだろうか)

 以前は普通に聞けたことを、カイにはもう尋ねる勇気がない。2人はなんとなく無言のまま、ブリステ公国へ入国した。
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