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第6章 新生活は、甘めに

プリンセス・ルリアーナの香り

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 レナは初めてカイの部屋を訪れた。

 仕事をするための書斎スペース、その脇に置かれた応接セット、本棚にあらゆる本が置かれていたのを見つけてレナは興味深く蔵書を眺める。カイは読書家なのだろうか? 異国の専門書らしい本も多かった。

 必要最低限の装飾がされた部屋が、カイらしいなとレナは思う。
 2年以上も憧れていた人の部屋に来たというのに、どこか現実ではないような心地だ。

 カイはレナを一人掛けのソファに座らせ、自分も向かい合って座る。

「慣れない旅で、疲れたんじゃないか?」

 カイがレナの様子を心配して尋ねた。

「今のところは、そんなに疲れを感じていないわ。今日の夜は、ぐっすり眠れそうだけど」

 レナがそう得意気に言ったのを、「昨晩も爆睡だったくせにな」とカイが意地悪な顔でぼそっと呟く。

 レナは、やはりカイに寝顔を見られていたのだと恥ずかしくて真っ赤になった。

「酷いじゃないの……昨日はお酒も入っていたし、久しぶりに泣いたから疲れたのよ。人の寝顔を見るなんて、趣味が良いとは言えないわね」

 レナが頬を染めながら怒った口調で言うと、丁度お茶を持って入って来た使用人が思いがけず聞いた言葉に嬉しそうに微笑んでいた。カイは断片的に聞かれた情報に焦る。

「ご主人様、レナ様、本日はお疲れでしょうし、早めの夕食をご用意しましょうか?」

 使用人がカイとレナを見て微笑ましそうに尋ねながら紅茶をティーカップに注ぐ。東洋産の美しいブルーの絵付けが施された繊細な磁器が、レナの心を動かした。

「うわあ……素敵。綺麗なカップね……」
「ああ、侯商会から仕入れている。この手の商品は、やはりなかなか周辺国では手に入らんな」

 レナは、カイが美術品にも造詣が深いのだと知って感心していた。

「カイって、こういう物にも詳しかったのね」
「ああ、そうだな。金換算ができるものの類には詳しい。……何だその目は……」

 レナがそういうことかと残念そうな顔をしていたが、「カイのブレないところ、安心するわ」と気を取り直してカイを褒めた。

「感じの悪い褒め方だな……」

 カイは複雑な表情でレナを見たが、そんなカイを見て本当に楽しそうに笑っていたので、ふっと表情を緩める。細かいことはどうでも良いかと思い直した。

 2人の前に紅茶と小さな砂糖菓子が運ばれると、2人はカップを持ち上げる。
 次の瞬間、レナの顔が曇ったのをカイは見逃さず、紅茶に何か混じっていたのかと焦って紅茶に口を付けて確かめようとした時だった。

「なんで…………この茶葉が…………」

 レナが信じられないと言いたそうに使用人を見て尋ねる。カイはその言葉にハッとした。
 この紅茶の香りはルリアーナ城で初めて飲んだものによく似ている。

「ああ、『プリンセス・ルリアーナ』と呼ばれている、故ルリアーナ王女のブレンド茶らしいです。最近ブリステでちょっと話題なんですよ。ライト様が仕入れたと言って」

 使用人が発したその言葉に、レナは愕然として震えていた。

「ライトって……ロキ……のこと……よね……?」

 レナは、目の前の紅茶をロキが仕入れたという事実に驚いていた。その様子を見ていたカイが悲痛な表情でレナを見つめる。

「…………そうだな」

 カイは、こんな形でロキのことを思い出させてしまったことに顔を歪める。

(早くロキに会わせてやった方が良いのかもしれない……)

 ロキの方も、レナに会いたいに違いないのだ。こんなところでレナを縛る権利は自分にはない、とカイはレナを見る。

「このお茶がまた飲めるなんてね」

 レナはそう言いながら、今にも泣きそうだった。カイはその顔を見つめながら拳を握りしめる。

(レナが本当に会いたいのは、俺ではない…………あいつなんだ)

 意識するだけで、カイの胸は苦しくなった。
 レナの悲しそうな顔を見ていると、ロキに会いに行こう、と喉まで言葉が出かけるのに、何故か声が渇いてしまったようにその一言が言えなかった。

 レナは、紅茶をゆっくり飲みながら、どこか遠くを見ているようだった。
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