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第6章 新生活は、甘めに
優しさを覚えたから
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カイの家に来て最初の夜、用意された部屋でレナは眠れない身体をベッドに預けていた。
ロキが『プリンセス・ルリアーナ』の茶葉を輸入したというのは、どういう経緯だったのだろうか。
香りの記憶と共に今のルリアーナがどうなっているのかが気になってしまう。
レナが暫くぼーっとベッドの上に横たわっていると、部屋の扉を叩く音がした。
「……はい」
夜なのに何かあったのだろうかとレナは扉の方に向かって歩き出す。
「俺だ」
扉の向こうからカイの声がして、レナは寝間着のまま扉を開けた。
「どうしたの? 何かあった?」
レナが驚いてカイを見たので、「いや……少し散歩でもどうかと思ったんだ」とカイは気まずそうにレナを誘う。
「……ええ、そうね」
レナも思うところがあり、カイの誘いに乗ることにした。
ブリステ公国でもカイの領地は山に囲まれた比較的標高の高い場所で、昼と夜の寒暖差が激しい。
レナは何か上着でもと部屋に戻ろうとしたが、カイが着ていたコートを脱いでレナに掛けた。
カイの高い背に合ったコートは、レナが羽織るとくるぶしまで隠れる。カイの体温が残っていて温かかった。
「……ありがとう」
レナは、やはりこんなカイは知らない。あのよく知ったカイ・ハウザーなら、自分を夜中に誘ったり、自分の上着を掛けてくれたりなど、絶対にしない。
カイはレナを連れ、ランタンを持って歩く。入口に掛かっていたローブを羽織ると、足元を気にしてレナの肩を抱いて外に出た。
月が輝き、星も良く見える空だった。明日の天気は快晴だろうか、レナはそんなことを考えながら暗い庭に出る。
ふと見ると、庭の大きな木の枝に手作りのブランコが掛かっていた。
「かわいい。これは、誰が普段乗っているの?」
レナが駆け寄ってブランコに腰掛けた。
「領地の子どもが遊んだりしているみたいだな。母親が昔使っていたものを、痛んできたら作り直してもう何代目になっているか……という代物だ」
カイはそう言ってレナの背を押す。思いの外ブランコの勢いが強く身体が高くまで上がったので、レナは「きゃ」と小さな声を上げた。
「……すまない、こんな遊びの経験などあるわけがないことに気づかなかった……」
カイは慌ててブランコの動きを止めた。目の前にいるのは、その辺でこの手の遊びに慣れて育った者ではない。
「驚いただけよ。こんなに身体が上がるものなのね」
レナはブランコに腰かけてカイに苦笑いを向ける。自分が世間知らずなことは分かっていたが、こんなことでカイに謝らせてしまうとは情けなかった。
「ねえ、誤魔化さずに教えて欲しいんだけど……私、カイに気を遣われているの?」
レナはブランコに腰かけたまま、横に立つカイの顔を見上げて言った。夜中に連れ出されたことも、カイが自分を気遣っているに違いないと確信していた。
「どうだろうな。気を遣っているかどうかと聞かれたら、遣っていないことはないかもしれないが……。あくまでも、俺がしたくてしていることだ」
カイがそう言ってレナから視線を逸らす。レナはブランコのロープを握ったまま立ち上がると、「罪悪感から?」とカイを見て言った。
カイが護衛の任務を離れた日に城を追われることになった負い目が、彼にこんな行動を起こさせているのだろうと、レナはカイをじっと見つめている。
「……違う」
カイは否定の一言だけ発すると、相変わらずレナとは視線を合わせず、どこか気まずそうだった。
「じゃあ、哀れみや、同情なの?」
レナはいよいよ悲しくなってカイに尋ねた。ここまでカイに親切にされる理由が、レナにはなかった。
「それだけは絶対にない」
カイは相変わらずレナの方を見ずに、今度は強めに否定をした。
「じゃあ、どうして……こんな、私に良くしてくれるのよ……」
レナは不可解だとでも言いたそうにカイを見ている。
「本当に、分からないのか?」
カイが呆れたように言うと、レナは少し膨れていた。
(本当に分からないんだな……)
ステージに立ち、男性労働者に人気だったレナが、全く男心というものを分かっていないことは喜ぶべきことのはずだった。
少なくともカイにとっては、そんなレナは懐かしく愛おしい存在のはずだった。
ただ、自分の真意や真心について全く理解をされていないのを知るのは、気分の良いものではない。
「レナには、笑っていて欲しい。城で泣いていた夜のような毎日を、過ごさずにいられるように」
カイはそう言うと、レナをじっと見た。これであれば伝わるのだろうかとレナの表情を窺う。
「……あなた、そんなに優しかった……?」
レナは今にも泣きそうな顔でカイを見ている。泣かせたくないと言った側から、早速泣かせてしまいそうでカイは自分の不器用さが嫌になりそうだ。
「それなりに、覚えたのかもしれないな。あれから」
カイはそう言うと、レナに向かい合う。ブランコのロープを握ったまま立つレナの両手を自分の手で包んだ。
「……いや、覚えたわけじゃない。力になりたいんだ、レナの」
カイがそう言い直すと、レナはカイの手に包まれた手を解き、目の前のカイに抱きついた。
「……ありがとう。嬉しいわ」
どこか涙声のレナの頭を、カイは何度も撫で、小さな身体を大切なものを扱うように優しく抱きしめた。
「……今夜は眠れそうか?」
カイがレナに囁く。
「どうかしら?」
レナはカイの優しさに、まだ慣れていなかった。
胸が高鳴って身体中がやかましく揺れる。カイに抱きしめられ、カイの上着に包まれ、カイの家の庭にいることが、どうしてか恥ずかしくてくすぐったい。
そういえば、昨日はカイに抱きしめられたまま眠ってしまったのだ。レナは今更ながら思い出した。
ロキが『プリンセス・ルリアーナ』の茶葉を輸入したというのは、どういう経緯だったのだろうか。
香りの記憶と共に今のルリアーナがどうなっているのかが気になってしまう。
レナが暫くぼーっとベッドの上に横たわっていると、部屋の扉を叩く音がした。
「……はい」
夜なのに何かあったのだろうかとレナは扉の方に向かって歩き出す。
「俺だ」
扉の向こうからカイの声がして、レナは寝間着のまま扉を開けた。
「どうしたの? 何かあった?」
レナが驚いてカイを見たので、「いや……少し散歩でもどうかと思ったんだ」とカイは気まずそうにレナを誘う。
「……ええ、そうね」
レナも思うところがあり、カイの誘いに乗ることにした。
ブリステ公国でもカイの領地は山に囲まれた比較的標高の高い場所で、昼と夜の寒暖差が激しい。
レナは何か上着でもと部屋に戻ろうとしたが、カイが着ていたコートを脱いでレナに掛けた。
カイの高い背に合ったコートは、レナが羽織るとくるぶしまで隠れる。カイの体温が残っていて温かかった。
「……ありがとう」
レナは、やはりこんなカイは知らない。あのよく知ったカイ・ハウザーなら、自分を夜中に誘ったり、自分の上着を掛けてくれたりなど、絶対にしない。
カイはレナを連れ、ランタンを持って歩く。入口に掛かっていたローブを羽織ると、足元を気にしてレナの肩を抱いて外に出た。
月が輝き、星も良く見える空だった。明日の天気は快晴だろうか、レナはそんなことを考えながら暗い庭に出る。
ふと見ると、庭の大きな木の枝に手作りのブランコが掛かっていた。
「かわいい。これは、誰が普段乗っているの?」
レナが駆け寄ってブランコに腰掛けた。
「領地の子どもが遊んだりしているみたいだな。母親が昔使っていたものを、痛んできたら作り直してもう何代目になっているか……という代物だ」
カイはそう言ってレナの背を押す。思いの外ブランコの勢いが強く身体が高くまで上がったので、レナは「きゃ」と小さな声を上げた。
「……すまない、こんな遊びの経験などあるわけがないことに気づかなかった……」
カイは慌ててブランコの動きを止めた。目の前にいるのは、その辺でこの手の遊びに慣れて育った者ではない。
「驚いただけよ。こんなに身体が上がるものなのね」
レナはブランコに腰かけてカイに苦笑いを向ける。自分が世間知らずなことは分かっていたが、こんなことでカイに謝らせてしまうとは情けなかった。
「ねえ、誤魔化さずに教えて欲しいんだけど……私、カイに気を遣われているの?」
レナはブランコに腰かけたまま、横に立つカイの顔を見上げて言った。夜中に連れ出されたことも、カイが自分を気遣っているに違いないと確信していた。
「どうだろうな。気を遣っているかどうかと聞かれたら、遣っていないことはないかもしれないが……。あくまでも、俺がしたくてしていることだ」
カイがそう言ってレナから視線を逸らす。レナはブランコのロープを握ったまま立ち上がると、「罪悪感から?」とカイを見て言った。
カイが護衛の任務を離れた日に城を追われることになった負い目が、彼にこんな行動を起こさせているのだろうと、レナはカイをじっと見つめている。
「……違う」
カイは否定の一言だけ発すると、相変わらずレナとは視線を合わせず、どこか気まずそうだった。
「じゃあ、哀れみや、同情なの?」
レナはいよいよ悲しくなってカイに尋ねた。ここまでカイに親切にされる理由が、レナにはなかった。
「それだけは絶対にない」
カイは相変わらずレナの方を見ずに、今度は強めに否定をした。
「じゃあ、どうして……こんな、私に良くしてくれるのよ……」
レナは不可解だとでも言いたそうにカイを見ている。
「本当に、分からないのか?」
カイが呆れたように言うと、レナは少し膨れていた。
(本当に分からないんだな……)
ステージに立ち、男性労働者に人気だったレナが、全く男心というものを分かっていないことは喜ぶべきことのはずだった。
少なくともカイにとっては、そんなレナは懐かしく愛おしい存在のはずだった。
ただ、自分の真意や真心について全く理解をされていないのを知るのは、気分の良いものではない。
「レナには、笑っていて欲しい。城で泣いていた夜のような毎日を、過ごさずにいられるように」
カイはそう言うと、レナをじっと見た。これであれば伝わるのだろうかとレナの表情を窺う。
「……あなた、そんなに優しかった……?」
レナは今にも泣きそうな顔でカイを見ている。泣かせたくないと言った側から、早速泣かせてしまいそうでカイは自分の不器用さが嫌になりそうだ。
「それなりに、覚えたのかもしれないな。あれから」
カイはそう言うと、レナに向かい合う。ブランコのロープを握ったまま立つレナの両手を自分の手で包んだ。
「……いや、覚えたわけじゃない。力になりたいんだ、レナの」
カイがそう言い直すと、レナはカイの手に包まれた手を解き、目の前のカイに抱きついた。
「……ありがとう。嬉しいわ」
どこか涙声のレナの頭を、カイは何度も撫で、小さな身体を大切なものを扱うように優しく抱きしめた。
「……今夜は眠れそうか?」
カイがレナに囁く。
「どうかしら?」
レナはカイの優しさに、まだ慣れていなかった。
胸が高鳴って身体中がやかましく揺れる。カイに抱きしめられ、カイの上着に包まれ、カイの家の庭にいることが、どうしてか恥ずかしくてくすぐったい。
そういえば、昨日はカイに抱きしめられたまま眠ってしまったのだ。レナは今更ながら思い出した。
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