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第6章 新生活は、甘めに

下町のレナ

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 ハウザー家執事のオーディスと馬車に揺られながら、レナはハウザー領の町に向かった。
 領主の馬車で領主の町に行くということは、領主の関係者だと思われてしまうのだなとレナは馬車の窓から外を見て思う。

 自分が王女だったことは棚に上げて、レナはカイが領主だという事実が不思議だった。

「オーディスさん、カイって、普段はどんな領主様なんですか?」

 会話も特にない車内で、レナはオーディスにカイのことを尋ねることにした。

「ご主人様は、領地民から非常に愛されておりますよ。亡くなったお母様、ホーリー様と瓜二つの顔をされていますから、ご年配から小さな子どもにまで人気です」

 オーディスは堂々と主人を褒めた。レナには、あの金の亡者が領地民から愛される様子はあまり想像がつかず、案外自分はカイのことを知らないのだなと驚く。

「カイは、あまり愛想が良いとは思いませんが、他人に好かれるタイプなんですね」

 思わず本音を漏らしてしまい、オーディスの眉が少し下がったのをレナは見てしまった。

「レナ様は、ご主人様のことをどのように思われておいでなのでしょうか……」

 ごく当たり前のことをオーディスに尋ねられてしまい、レナは答えに困る。どのように、というのは、どういう意味なのだろうか。

「ええと……カイは騎士団長として世界的に有名ですし、見た目はとても素敵ですし、金の亡者なところは否めないにしても、やっぱり一緒にいると安心します」

 レナは苦し紛れだった。執事のオーディスに残念がられないように、自分の気持ちに嘘をつかないようにカイを表現するとこうなるのだろうと思いついたことを伝える。

「一緒にいると……安心するんですね?」
 オーディスの目の奥がギラリと光り、レナを捕らえる。

「ええ……そうですね」

 レナは、嘘は言っていないわと思いながらも、オーディスに食いつかれたところが部分的すぎて戸惑っている。目の前の執事がカイの女性嫌いにどれほど胃を痛めてきたかなど、レナには知る由もない。
 オーディスは、この女性を逃したらカイは一生誰とも一緒にならないだろうとレナを見定めた。

 レナは、そんなオーディスを見ながら、自分が城にいたときにバトラーをしていたハオルを懐かしく思い出した。
 オーディスは60代くらいだろうか、やはりハオルと同じように白髪で物腰の柔らかい、品の良い男性だ。留守の多い主人の代わりに、家を守っているのだろうなとオーディスをじっと眺める。

「どうかなさいましたか?」

 レナの視線に、何かあったのだろうかとオーディスが気にしていると、馬車が停止した。

「ああ、到着しましたね」

 オーディスは馬車の扉を開いて先に降りると、レナが転倒しないように手を差し伸べる。

「ありがとう」

 レナはその手を取って優雅にひらりと馬車を降りた。
 平民の格好で素朴な印象のレナが、あまりに美しい所作で馬車を降りたことにオーディスは思わず驚く。
 まるで上流貴族の令嬢のように、レナの姿勢には気品が溢れていた。

「まず、そこのグロサリーで話を聞いてみます。あそこの店主は、情報通なのですよ」

 オーディスとレナは馬車を降りた広い道にある、1軒のグロサリーを訪れる。扉を開けると、領主の執事が現れたのを見た店主が嬉しそうに声を上げた。

「オーディス様! 本日はどうなさいましたか?」

 店主はオーディスの隣に小柄で控え目な印象の女性を目に入れると、「そちらの方は?」と尋ねる。
 この辺りでは見たことのない女性だったので、余計に興味深いようだ。

「こちら、レナ様です。実は、昼間に働ける場所を探しておりまして。その……うちの主人の“良い方”ですから、変なところは紹介できかねるのです」

 オーディスが後半部分を小声でそう言うと、店主はポカンとしていた。

「領主様の……良い方?? なんで働く必要が??」

 店主の最もな質問に、「レナ様も、社会勉強をされたいそうで」とオーディスは誤魔化す。

「そうですか……今、この町で求人があるとしたら、この近くの肉屋ですかね……。女性には、手も荒れるし洒落たところでも無いし、領主様に怒られなければ、ですが」

 店主がそう言ったのを、「お肉屋さんですか。私でお役に立てるなら、是非」とレナはニコニコして答えた。
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