亡国の王女は世界を歌う ―アメイジング・ナイト2—

碧井夢夏

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第6章 新生活は、甘めに

【番外編】エレナが去った日常

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「ねえ、明らかに客が減りすぎじゃない?」
「まあ、看板娘がいなくなったから仕方ないわね」
「私たちの人気ってこんなものだったのね……」

 毎日ステージに立つアウルシスターズは、客の少ない店内を見ながら不満を漏らす。
 つい先日までは店内に男性客が満員だったステージ演出も、一番人気を誇った『エレナ』がいなくなってからはすっかり客数も減っている。

「なんでも、エレナの恋人を見てしまった男性客が、トラウマになって『アウル』には来られなくなったとか言うのよ」
「あんな綺麗な男性見ちゃったら、敵うわけないって思うんじゃないかしら……」
「いや、あんな熱い抱擁を目の前で見せつけられて、トラウマになるなって方が難しいわ」

 エレナと恋人の姿を思い出し、3人は同時に「はあー」と息を吐く。エレナとステージに立っていた頃が恋しい。

「エレナ、幸せになったかな……」
「あんな素敵な恋人に連れられて行ったんだもの、今頃幸せに暮らしてるんじゃないかしらね?」
「エレナみたいな奥手そうな子が、あんな綺麗な恋人とね……羨ましいわ……」


 3人はため息交じりでそんな世間話をしながら生活している。
 店のオーナーであるイサームは、売上の減った店の経営に頭を抱えているためエレナの新生活を祝うどころではない。



 ――その頃

「ねえ、お兄ちゃん。この間、エレナのことを尋ねて来た男性がいてね? どうやら恋人だったみたいなの。エレナの」
「ええっ?!」

 ルリアーナの城下町で、イリアは久しぶりに家に戻ってきたジャンにカイの話をする。

「どんな男だった?」
「それがね……もう、見たこと無いくらいハンサムで、背なんかすごく高くて……」
「……へえ」
「多分、軍人さんよ」
「……え」

 ジャンは意外な職業に目を丸くする。
 ルリアーナで生まれ育ったため周りに兵士職に就く環境が無かったが、エレナの恋人はブリステ公国人だと聞いていた。
 ブリステは軍事立国で軍事の職業に就く若者も多いと聞く。

「そうか、ブリステ人って言ってたな。軍人が恋人でもおかしくないか」
「エレナに変なことしてないでしょうね? 恋人に何されても知らないわよ?」
「……怖い事言うなよ」

 ジャンは血の気が引いた。エレナと仲たがいになったきっかけには、ジャンの行動が関わっている。
 恋人にとっては、好ましくない行動をとった覚えもある。

「そっか。エレナ、ちゃんと恋人と会えたんだ……」
「なによ、見苦しい……。最初から分かってたことでしょ?」

 テーブルの席に着いて、イリアは頬杖をつきながら兄に呆れていた。

「まあそうなんだけど……。エレナの恋人は、エレナのことなんか忘れてどこかで楽しく生きてるんだろうなって思ってたんだよ。だから不憫で、力になりたかったんだ」
「ジャンって、どうしてそういうところが冷めてるの?」
「男女の関係なんて脆いって、思ってるからかな」

 ジャンはそう言うと、遠くを見るようにボーっとしていた。

「それはさ、お兄ちゃんが本気で人を好きになったことがないからなんじゃないの?」
「いや……。エレナに対しては、ちゃんと本気だったと思うよ」
「ええ? 本当に?」

 イリアは疑り深い顔をしながら、ジャンの顔をじっと見ている。

「あんな、全てを包んでくれそうな女の子、会ったこと無かったからさ」
「……ふうん」

 イリアは白けた顔を兄に向けた。この惚れっぽさは相変わらずのように思える。

「そっかあ、もう、恋人と一緒なんだあ……。軍人なんかやめとけよ……」
「お兄ちゃんには無理だってば。ありえない位カッコよかったんだから、エレナの恋人」
「お前までそんなことを……」

 思い切り落ち込んでいるジャンを見ながら、イリアは「あーあ」と言ってさっさと自分の分の紅茶を淹れに席を立つ。

「落ち込むのは自由だけど、これだけは言っておく。最初から望みなんかなかったのよ、エレナに関しては」

 冷たい口調で冷静な意見を言う妹の背中を見て、ジャンはいつかのエレナを思い出した。

「望みなんかなくってもさ、望んじゃうのが恋なんだと思うよ」
「お兄ちゃんって、そういうとこ、本当に愚かね」

「うん、そうだね……」

 ジャンは、エレナと暮らした共同生活の日々を思い出す。あの幸せだった気持ちを全て忘れて、前を向けるだろうかと漠然と思った。

「いっそのこと結婚報告くらい送ってくれたら……吹っ切れる気がするんだけど」
「ああもう、辛気臭っ!」

 イリアはそう言いながら、淹れたての紅茶をジャンの席に置いた。

「……ありがと。紅茶淹れてくれたんだ。初めてエレナがうちに来た時も、紅茶だったな」
「はいはい。分かったから。落ち込むだけ落ち込めばいいでしょ」

 そう言ってイリアは自分の部屋に行ってしまった。
 ジャンは紅茶をゆっくり飲みながら、最初に身一つで家の前に立っていたエレナを思い出す。

(初めて見た時から、多分好きだったよ……)

 失恋の痛みとは、忘れるまでに時間が掛かるのだろう。
 ジャンはエレナを失ってから、身体に冷たい風が吹き抜けているような心地がする。

「イリア、エレナの恋人、カッコよかったとか言ってたな……。そんな男が、エレナに一途なんて絶対嘘だ……」

 ジャンはそう呟くと、一人で未練を持て余していた。
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