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第6章 新生活は、甘めに
再会の時
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毎朝カイが出勤してくると、団員たちの緊張は一気に高まる。
ただ団長が厳しいからというだけでなく、それぞれがカイの持つ気迫に当てられ、その圧倒的な力を一日の始まりに感じるためだ。
いつものようにカイが騎士団の本部に到着した時、誰もがその力を感じてビリビリとした緊張を味わうはずだった。
……のだが。
(えっ…………誰…………?)
いつもの気迫は完全に消え、穏やかな時間が流れている。
カイは朝から見知らぬ女性と一緒に出勤した。当たり前のように一緒にクロノスに乗っていたし、下馬してからは当たり前のように一緒に歩いている。
団員はどこからどう突っ込んで良いのか、触れてはいけないのか、全く正解が分からない。
ハウザー騎士団の中でも一番の女性嫌い〈※ハンを除く〉、で有名なカイ・ハウザーに限って、女性を同伴してくるなど前代未聞の事態で、明日はブリステに槍が降るに違いないと何名かが思った。
「ええ?! 団長が女性と出勤した?? 見間違いじゃないのか??」
副団長のシンが部下の報告を受けた第一声だ。
「見間違いなら良かったと思った回数が10回を超えたので、報告しました」
部下のまっすぐな目を見て、シンは現実というのは自分の予想の斜め上を行くのだと知る。
「副団長! あの、団長が!」
その時、シンの元にまた別の部下が駆け付ける。階段を急いで駆け上がってきたのだろうか、息が上がっていて苦しそうだ。
「今度は……何だ?」
シンがごくりと唾を飲んで次の報告を待つと、「団長が、サラさんと一緒に団長室に来いとのことです」と急いで来た部下に告げられた。
「それは……団長が例の女性と共にお待ちということかな?」
シンは覚悟を決めた。恐らくカイにも事情というものがあるのだろう。
きっと雇用主の女性が一緒にいたのだ、と頭の中でなるべく冷静になれるような想像を始める。
「サラさん……俺、結構緊張してるんですよ……。あの団長が女性同伴なんて、何があっても起きないと思っていたんですよね……」
「いや、あたしだって団長が女性を連れているなんて、よっぽどの事情が無い限りは起きないと思ってるわよ?」
シンとサラが回廊を歩き、別塔の一番高い部屋に位置する団長室に向かう。
2人は朝から団員が騒いでいた「例の女性」のことが気になって仕方がなかった。
「目撃した人の話は聞いた?」
サラがシンに尋ねたので、「詳しくは聞いてませんけど」とシンはそれどころではなかったなと思い出した。
普段であれば、どんな女性だとかどんな雰囲気だったかなどが気になったはずだが、そこまでの余裕がないくらいに焦っていたのだとシンは気付く。
「どうもね、可愛い子らしいわよ? しかも、団長がいつになく優しかったとか」
「いやいやいやいや、それは流石に、いくら俺でも騙されませんよ」
シンはまるで目撃証言を信じない。サラは、もうすぐ真実は明らかになるのだからとあまり深くは考えないことにしたのだった。
「団長、シンとサラ、到着しました」
カイの部屋の前でシンがそう言うと、「ああ、入れ」というカイの声がした。
シンはいつになく緊張をしながら、サラと顔を見合わせて頷き、扉を開く。
「団長、今日はどうし…………」
「……………………」
「シン! サラ!」
シンとサラは、自分たちの名前が呼ばれたというのに何も反応できていなかった。
目の前に居るのは、10ヶ月以上前に訃報が流れて来た小国ルリアーナの王女と同じ姿形をしている。
「やっぱり、人というのは予想外のことが起きると反応できない、が正解なんだな」
カイが団長席でシンとサラを見て言うと、席から立ち上がってレナの肩を抱き2人の前にレナを連れてきた。
「まあ、この通り生存が確認されたわけだ」
何故か身体を密着させて自然に微笑む2人を前に、シンとサラの頭は情報の処理を放棄しかけた。
「団長……生存って……やっぱりここに居るのは……」
「ルリアーナ王女殿下の……」
「いや、ただのレナだ」
(呼び捨て?! 王女殿下のこと、今……)
シンは、目の前で当たり前のようにレナの肩を抱き、当たり前のように「レナ」と呼んだカイに何が起きているのか、もはや現実を疑っている。
「そうなの。実はもう、王女じゃないから」
レナはそう言って気まずそうに笑う。
いや、そういう問題じゃない、とシンは喉元まで出かかって止めた。何故かカイの視線が普段より痛い気がする。
「苗字無しの、レナさんですか……」
サラが何気なく呟く。ブリステで苗字が無いというのは平民の中でも特に恵まれない者を指すことを示唆していた。
「いや……そうか、苗字が無いというのは問題だったな……」
カイが初めて気付いたようにレナを見て気まずそうにしている。かといって、もはやルリアーナ姓は名乗らせられない。
「ハウザー姓で良いか?」
カイが何気なくレナに尋ねたので、シンとサラは息が止まって顎を外しかけた。
「そんな、また皆さんに子爵家の関係者だと思われちゃうわ……」
レナが悩まし気に言うのを、「関係者だから良いんじゃないか?」と当たり前のように言い放つカイ・ハウザーには、もはやこの騎士団の団長という威厳は漂っていない。
「サラの養子ってことで、レナ・フォートンはどう?」
レナが無邪気に提案したのでサラは大いに焦った。
ハウザー姓を提案された後に自分の姓を名乗らせる程、サラはカイを軽んじてはいない。
「そこは、レナ・ハウザー様でいいんじゃないかしら……」
サラが素直にカイの提案を勧めたので、レナは「え……じゃあ……」と言いながらおずおずとカイの方に視線を向けて戸惑っている。
(いや、何がどうなってこうなっているのか、誰か、誰か教えてくれないかなー……)
シンはひたすら目の前で起きていることに混乱していた。
ただ団長が厳しいからというだけでなく、それぞれがカイの持つ気迫に当てられ、その圧倒的な力を一日の始まりに感じるためだ。
いつものようにカイが騎士団の本部に到着した時、誰もがその力を感じてビリビリとした緊張を味わうはずだった。
……のだが。
(えっ…………誰…………?)
いつもの気迫は完全に消え、穏やかな時間が流れている。
カイは朝から見知らぬ女性と一緒に出勤した。当たり前のように一緒にクロノスに乗っていたし、下馬してからは当たり前のように一緒に歩いている。
団員はどこからどう突っ込んで良いのか、触れてはいけないのか、全く正解が分からない。
ハウザー騎士団の中でも一番の女性嫌い〈※ハンを除く〉、で有名なカイ・ハウザーに限って、女性を同伴してくるなど前代未聞の事態で、明日はブリステに槍が降るに違いないと何名かが思った。
「ええ?! 団長が女性と出勤した?? 見間違いじゃないのか??」
副団長のシンが部下の報告を受けた第一声だ。
「見間違いなら良かったと思った回数が10回を超えたので、報告しました」
部下のまっすぐな目を見て、シンは現実というのは自分の予想の斜め上を行くのだと知る。
「副団長! あの、団長が!」
その時、シンの元にまた別の部下が駆け付ける。階段を急いで駆け上がってきたのだろうか、息が上がっていて苦しそうだ。
「今度は……何だ?」
シンがごくりと唾を飲んで次の報告を待つと、「団長が、サラさんと一緒に団長室に来いとのことです」と急いで来た部下に告げられた。
「それは……団長が例の女性と共にお待ちということかな?」
シンは覚悟を決めた。恐らくカイにも事情というものがあるのだろう。
きっと雇用主の女性が一緒にいたのだ、と頭の中でなるべく冷静になれるような想像を始める。
「サラさん……俺、結構緊張してるんですよ……。あの団長が女性同伴なんて、何があっても起きないと思っていたんですよね……」
「いや、あたしだって団長が女性を連れているなんて、よっぽどの事情が無い限りは起きないと思ってるわよ?」
シンとサラが回廊を歩き、別塔の一番高い部屋に位置する団長室に向かう。
2人は朝から団員が騒いでいた「例の女性」のことが気になって仕方がなかった。
「目撃した人の話は聞いた?」
サラがシンに尋ねたので、「詳しくは聞いてませんけど」とシンはそれどころではなかったなと思い出した。
普段であれば、どんな女性だとかどんな雰囲気だったかなどが気になったはずだが、そこまでの余裕がないくらいに焦っていたのだとシンは気付く。
「どうもね、可愛い子らしいわよ? しかも、団長がいつになく優しかったとか」
「いやいやいやいや、それは流石に、いくら俺でも騙されませんよ」
シンはまるで目撃証言を信じない。サラは、もうすぐ真実は明らかになるのだからとあまり深くは考えないことにしたのだった。
「団長、シンとサラ、到着しました」
カイの部屋の前でシンがそう言うと、「ああ、入れ」というカイの声がした。
シンはいつになく緊張をしながら、サラと顔を見合わせて頷き、扉を開く。
「団長、今日はどうし…………」
「……………………」
「シン! サラ!」
シンとサラは、自分たちの名前が呼ばれたというのに何も反応できていなかった。
目の前に居るのは、10ヶ月以上前に訃報が流れて来た小国ルリアーナの王女と同じ姿形をしている。
「やっぱり、人というのは予想外のことが起きると反応できない、が正解なんだな」
カイが団長席でシンとサラを見て言うと、席から立ち上がってレナの肩を抱き2人の前にレナを連れてきた。
「まあ、この通り生存が確認されたわけだ」
何故か身体を密着させて自然に微笑む2人を前に、シンとサラの頭は情報の処理を放棄しかけた。
「団長……生存って……やっぱりここに居るのは……」
「ルリアーナ王女殿下の……」
「いや、ただのレナだ」
(呼び捨て?! 王女殿下のこと、今……)
シンは、目の前で当たり前のようにレナの肩を抱き、当たり前のように「レナ」と呼んだカイに何が起きているのか、もはや現実を疑っている。
「そうなの。実はもう、王女じゃないから」
レナはそう言って気まずそうに笑う。
いや、そういう問題じゃない、とシンは喉元まで出かかって止めた。何故かカイの視線が普段より痛い気がする。
「苗字無しの、レナさんですか……」
サラが何気なく呟く。ブリステで苗字が無いというのは平民の中でも特に恵まれない者を指すことを示唆していた。
「いや……そうか、苗字が無いというのは問題だったな……」
カイが初めて気付いたようにレナを見て気まずそうにしている。かといって、もはやルリアーナ姓は名乗らせられない。
「ハウザー姓で良いか?」
カイが何気なくレナに尋ねたので、シンとサラは息が止まって顎を外しかけた。
「そんな、また皆さんに子爵家の関係者だと思われちゃうわ……」
レナが悩まし気に言うのを、「関係者だから良いんじゃないか?」と当たり前のように言い放つカイ・ハウザーには、もはやこの騎士団の団長という威厳は漂っていない。
「サラの養子ってことで、レナ・フォートンはどう?」
レナが無邪気に提案したのでサラは大いに焦った。
ハウザー姓を提案された後に自分の姓を名乗らせる程、サラはカイを軽んじてはいない。
「そこは、レナ・ハウザー様でいいんじゃないかしら……」
サラが素直にカイの提案を勧めたので、レナは「え……じゃあ……」と言いながらおずおずとカイの方に視線を向けて戸惑っている。
(いや、何がどうなってこうなっているのか、誰か、誰か教えてくれないかなー……)
シンはひたすら目の前で起きていることに混乱していた。
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