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第6章 新生活は、甘めに
夜の部屋に、2人きり
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レナは、いつもより鼓動が早く鳴っている自分を落ち着けようとした。
夜にカイの部屋に来るのは特別なことではなかったが、お酒を一緒に飲むのは初めてだ。
部屋で飲もうと言ったカイの表情を見て、どうしてか抱きしめたくなるような衝動に駆られたまま、今はカイの部屋のソファに腰かけている。
カイがずっと自分を待っていてくれたらしいことに、レナの心は震えていた。
(お酒の力を、借りてしまえば……)
レナは、バールで働いていた時にマーシャが言っていた言葉を思い出した。
『エレナ、お酒に酔った時に相手がどう対応してくるかで、どれだけ大切にされているかが分かるのよ?』
試すようなことはしたくなかったが、この機会を逃したらカイの気持ちを量りかねてしまうような予感がする。
「ジントニックで良いか?」
部屋に入ってレナをソファに座らせると、カイは薬用蒸留酒とトニックウォーターの瓶をレナに見せる。
レナは「ええ」と頷いて、カイがアルコール薄めのジントニックを注ぐのを見つめていた。
「ありがとう」
レナはグラスを受け取ると、カイが自分用にストレートで注いだジンのグラスに乾杯する。
いつもの1人掛けのソファではなく、2人掛けのソファで身体を軽く寄り添わせながら、ゆっくりと身体にアルコールを注いだ。
「実は……もう戻ってこないんじゃないかと、心配していた」
カイが白状するように、隣で前を見たまま言った。
「どうしてよ……。私が帰れる場所は、ここだけでしょ?」
レナは苦笑している。自分の居場所など、この屋敷以外にはないのだとレナは言い切る。
そのレナの顔をカイはじっと見つめ、ロキに何かされなかったのか聞きたいような、聞きたくないような、複雑な気持ちと闘っていた。
「恐らくロキも……レナのためになら住む場所くらい用意するだろうな」
カイはグラスに注いだジンに視線を移す。ロキがレナに住む場所を与えたらそちらに行ってしまうのだろうという不安が消えない。
「……カイは、私に出て行って欲しい?」
レナが寂しそうに小さく呟いたので、カイは焦った。
「そんなわけないだろう」
一度否定した。まだ、言葉が足りない。
「本当は、どこにも行かないで欲しい。勝手かもしれないが」
カイは初めて、レナを傍に置きたいことを口にした。
「いいの? ずっと……ここにいても……」
レナはまっすぐにカイを見つめた。まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。
「最初からずっと、そう言っていたつもりだった」
カイは自分の情けなさに嫌になりそうだったが、レナの視線から逃げずに苦笑した。
「……いつか出て行かなければいけないのだと……」
レナはグラスをソファ前のテーブルに置くと、身体ごとカイの方を向く。
(抱きしめたい……抱きしめて欲しい……)
お酒が入っているのに、レナには勇気が出なかった。こんな夜中に男性の部屋を訪れて、どうかしている、と理性が働いた。
「伝え方が、悪かったな」
カイはそう言ってレナを引き寄せた。
レナの髪からほんのり香るのは、いつもの少し甘い香りと、肉屋で沁みつくらしいスモークの香り。
そこにはロキが好んで使う香水のグリーンノートのものは無い。
レナとロキの間には、恐らく何もなかったのだろう。
安心した途端、カイはアルコールのせいか、レナを失うと思った危機感からか、タガが外れそうになる。
そっとレナの額に口付けを落とし、そのまま頬にも唇を当て、唇を奪いそうになったのを慌てて誤魔化すように、レナを強く抱きしめた。
「私……ずっと……ここにいたい……」
レナは精一杯の勇気を振り絞って、小さな声で言った。カイに包まれながら、唇で触れられた額と頬が、妙に熱く感じていた。
「あなたの側にいたいの、カイ」
レナの言葉に、カイは自分の耳を疑った。ロキのものだと思っていたレナの心は、思いの外近くにあったのだ。
想いを伝えるのに、もう遠慮は要らないのだと知る。カイは抱きしめたレナの顔を確認するように腕を緩めた。
カイを直視できないレナが、恥ずかしそうに口をつぐんでいる。
「そんな風に思っていてくれていたことに、全く気付かなかった」
「あなたって……そういうところ、あるわね」
レナは頬を軽く膨らませ、自分のことは棚に上げながらカイを責める。
「そうか。それなら……。これからもずっと一緒にいてくれないか? 自分の中にあるレナへの想いが愛だと知って、自分に何が出来るかを考えて過ごしていたんだ」
カイは、初めて自分の気持ちを伝えると、レナは声を出せずに何度も頷いている。
夜の闇に、月明かりの指す部屋はいつもよりも明るく見えた。
そうでなければ、どうして目の前のレナが恥ずかしそうに顔や耳までを赤くしていることが分かったというのか。
その口元が、嬉しそうに緩んでいることに、気付けたというのか。
カイは、レナの頬に触れて体温を確認するようにしてから、その小さな身体を抱きしめた。
ここにあるのは、自分だけの幸せなのだと噛み締める。カイは、一人で生きて来た人生の不足を、ようやく見つけた気がした。
夜にカイの部屋に来るのは特別なことではなかったが、お酒を一緒に飲むのは初めてだ。
部屋で飲もうと言ったカイの表情を見て、どうしてか抱きしめたくなるような衝動に駆られたまま、今はカイの部屋のソファに腰かけている。
カイがずっと自分を待っていてくれたらしいことに、レナの心は震えていた。
(お酒の力を、借りてしまえば……)
レナは、バールで働いていた時にマーシャが言っていた言葉を思い出した。
『エレナ、お酒に酔った時に相手がどう対応してくるかで、どれだけ大切にされているかが分かるのよ?』
試すようなことはしたくなかったが、この機会を逃したらカイの気持ちを量りかねてしまうような予感がする。
「ジントニックで良いか?」
部屋に入ってレナをソファに座らせると、カイは薬用蒸留酒とトニックウォーターの瓶をレナに見せる。
レナは「ええ」と頷いて、カイがアルコール薄めのジントニックを注ぐのを見つめていた。
「ありがとう」
レナはグラスを受け取ると、カイが自分用にストレートで注いだジンのグラスに乾杯する。
いつもの1人掛けのソファではなく、2人掛けのソファで身体を軽く寄り添わせながら、ゆっくりと身体にアルコールを注いだ。
「実は……もう戻ってこないんじゃないかと、心配していた」
カイが白状するように、隣で前を見たまま言った。
「どうしてよ……。私が帰れる場所は、ここだけでしょ?」
レナは苦笑している。自分の居場所など、この屋敷以外にはないのだとレナは言い切る。
そのレナの顔をカイはじっと見つめ、ロキに何かされなかったのか聞きたいような、聞きたくないような、複雑な気持ちと闘っていた。
「恐らくロキも……レナのためになら住む場所くらい用意するだろうな」
カイはグラスに注いだジンに視線を移す。ロキがレナに住む場所を与えたらそちらに行ってしまうのだろうという不安が消えない。
「……カイは、私に出て行って欲しい?」
レナが寂しそうに小さく呟いたので、カイは焦った。
「そんなわけないだろう」
一度否定した。まだ、言葉が足りない。
「本当は、どこにも行かないで欲しい。勝手かもしれないが」
カイは初めて、レナを傍に置きたいことを口にした。
「いいの? ずっと……ここにいても……」
レナはまっすぐにカイを見つめた。まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。
「最初からずっと、そう言っていたつもりだった」
カイは自分の情けなさに嫌になりそうだったが、レナの視線から逃げずに苦笑した。
「……いつか出て行かなければいけないのだと……」
レナはグラスをソファ前のテーブルに置くと、身体ごとカイの方を向く。
(抱きしめたい……抱きしめて欲しい……)
お酒が入っているのに、レナには勇気が出なかった。こんな夜中に男性の部屋を訪れて、どうかしている、と理性が働いた。
「伝え方が、悪かったな」
カイはそう言ってレナを引き寄せた。
レナの髪からほんのり香るのは、いつもの少し甘い香りと、肉屋で沁みつくらしいスモークの香り。
そこにはロキが好んで使う香水のグリーンノートのものは無い。
レナとロキの間には、恐らく何もなかったのだろう。
安心した途端、カイはアルコールのせいか、レナを失うと思った危機感からか、タガが外れそうになる。
そっとレナの額に口付けを落とし、そのまま頬にも唇を当て、唇を奪いそうになったのを慌てて誤魔化すように、レナを強く抱きしめた。
「私……ずっと……ここにいたい……」
レナは精一杯の勇気を振り絞って、小さな声で言った。カイに包まれながら、唇で触れられた額と頬が、妙に熱く感じていた。
「あなたの側にいたいの、カイ」
レナの言葉に、カイは自分の耳を疑った。ロキのものだと思っていたレナの心は、思いの外近くにあったのだ。
想いを伝えるのに、もう遠慮は要らないのだと知る。カイは抱きしめたレナの顔を確認するように腕を緩めた。
カイを直視できないレナが、恥ずかしそうに口をつぐんでいる。
「そんな風に思っていてくれていたことに、全く気付かなかった」
「あなたって……そういうところ、あるわね」
レナは頬を軽く膨らませ、自分のことは棚に上げながらカイを責める。
「そうか。それなら……。これからもずっと一緒にいてくれないか? 自分の中にあるレナへの想いが愛だと知って、自分に何が出来るかを考えて過ごしていたんだ」
カイは、初めて自分の気持ちを伝えると、レナは声を出せずに何度も頷いている。
夜の闇に、月明かりの指す部屋はいつもよりも明るく見えた。
そうでなければ、どうして目の前のレナが恥ずかしそうに顔や耳までを赤くしていることが分かったというのか。
その口元が、嬉しそうに緩んでいることに、気付けたというのか。
カイは、レナの頬に触れて体温を確認するようにしてから、その小さな身体を抱きしめた。
ここにあるのは、自分だけの幸せなのだと噛み締める。カイは、一人で生きて来た人生の不足を、ようやく見つけた気がした。
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