亡国の王女は世界を歌う ―アメイジング・ナイト2—

碧井夢夏

文字の大きさ
90 / 229
第7章 争いの種はやがて全てを巻き込んで行く

アロイス・ブリステ公王

しおりを挟む
 ブリステの議会が行われる大きな会議室は、50名弱の騎士と領主が集まっていた。
 前方に向かって低くなる傾斜の付いた会議室は、一番低くなっている場所に人が立って話す造りになっている。

 レナはカイに連れられて後ろから3番目の列に座ったが、次々現れるブリステの領主や騎士たちの視線が痛かった。
 女性が誰もいないことから、ブリステの議会とは女性が参加する場所ではないのだと知る。

(ルリアーナは、少ないけれど女性もいたわ……)

 国の事情が違うのだからと割り切るが、ここまで女性がいない中に来てしまうと場違いなのだろうといたたまれない。
 そんなレナの様子に気付いたのか、カイがレナの手を握る。カイは弱気になるなとでも言いたそうな顔をしていた。

 その2人の様子を目に入れた周りの参加者たちは、あのカイ・ハウザーが女性連れなど一体何があったのかと驚いていたが、すぐにアロイス・ブリステが現れたためカイに問い詰める隙はなかった。


 ブリステ公国のアロイス・ブリステは齢49歳の騎士王で、つい5年前まで自ら兵を率いて前線にも立っていた。
 ブリステ人に多い栗毛を肩甲骨下まで伸ばしており、顔や身体に無数の傷跡が残る。
 アロイスは軍事に明るく、国内の騎士たちからの信頼も篤く、カイもアロイスとの関係は良好だった。

 そのアロイスが議会に顔を出すと、席に着いていた参加者が一斉に立ち上がる。
 アロイスはその様子をじろりと眺めると、カイの隣に女性参加者がいるのを見逃さなかった。

(あれは……どういうことだ?)

 議会に女性を連れて来る者など、過去に一人として存在しなかった。
 議会に女性が来ることが問題なのではなく、ブリステ公国では女性が政治に介入することはあり得ない。
 それも、カイ・ハウザーの連れだというのが興味深いではないか、とアロイスは目を細める。

 アロイスは全員を着席させると、ここ数日で起きたポテンシアの内戦の状況をひと通り説明した。

「ポテンシア第四王子の連合軍の中に、リブニケ王国が介入しているのが一番厄介な点だろう。ポテンシア国王を討つためにリブニケが動いているとすれば、その勢いで我が国に攻めて来る可能性も高い」

 騎士王の重みある低い声は、会議室によく響く。全員黙ってその話を聞き、何度か頷く者もいた。
 レナが不安に駆られていることに気付いたカイは、席の下でレナの手を握り落ち着かせようとする。

(優しい……)

 レナは、その行為に救われていた。
 この雰囲気の中で、アロイスのような迫力のある相手に自分が発言できるのか、自信を失いかけていたのだ。

「これから、ポテンシアとの国境付近に自衛策を講じる。軍隊の駐屯地については、マルセル・レヴィを中心に計画を立ててもらおう。各自の持ち場をあらかじめ決めて来た。後で確認して準備に取り掛かれ」

 アロイスがそう言うと、その場にいた全員が一糸乱れぬ動作で右手の拳を胸に当てて了承の合図を取った。
 レナはその異様とも言える軍隊らしい様子に圧倒されながら、あまりの場違い感に勇気を削がれそうになる。

「あ……あの。アロイス・ブリステ陛下!」

 レナは震えながら、その場で声を発した。
 カイは震えるレナの手をぐっと握って祈るようにレナを見つめている。

「どうした、カイ・ハウザーの連れか?」

 アロイスは迫力のある顔でジロリとレナを見た。
 他の参加者も女性の声が響いたことに驚く。レナに注目が集まっていた。

「はい、突然の発言をお許しください。私は、ルリアーナ王国の第一王女、レナ・ルリアーナです」

 レナの言葉に、その議会は騒然となった。「死んだんじゃなかったか」「何故こんなところに」「本物なのか」など、様々な野次が飛んでいる。

「ほう……確かに、貴女はレナ・ルリアーナ様のようだ」

 アロイスはレナのところまで近付いて来ると、まじまじと姿を見て納得した。

「……? 私を知っているのですか?」

 レナはアロイスとは面識が無かったはずだ、と驚いてアロイスに尋ねる。

「ああ、私は周辺国の美姫に関する情報はこの目で確かめたいタチなのだ。公務中の貴女の姿を確かめに非公式(お忍び)でルリアーナに赴いたことがある。やはり化粧気がないと少し若く見えるな」

 アロイスが当然のように放った言葉に、レナは絶句した。カイは呆れた様子で、「すまんな、あの王は好色家でもあるんだ」とレナに説明する。

 まさかレナの姿を確認するためだけにお忍びでルリアーナまで足を運んでいたとは、そういうところはつくづく呆れる王だなと、カイはアロイスに軽蔑の目を向けていた。

「おい、カイ・ハウザー。私に聞こえるように随分な言い方をするな」

 アロイスは信頼を置いているカイに、何故ルリアーナの王女を連れているのだと問いただしたい。
 議会が終わったら、カイを捕まえて根掘り葉掘り聞いてやろうと息巻いていた。

「ポテンシア王国内で反乱を起こしたルイス殿下は……私の元婚約者です。彼に接触して、内乱を止めたいのです。ブリステ公国の使者として向かわせていただけないでしょうか?」

 レナがハッキリと口にした言葉に、アロイスは顔を歪めた。

「それは出来ない」

 アロイスはそう言うと、レナを見て一息つき、軍事を知らない王女であれば仕方が無いかと丁寧に説明をすることにした。

「レナ王女、この国がポテンシアの内乱に加わらない理由はいくつかある。
 まず、ポテンシア内で争ってくれる分には、あちらの軍事力が自然に削られるため……こちらには利益しかない。
 そして、内乱を止めたところで我が国には何の利益も産まない。つまり、金をかけて出兵したところで何かを得ることができないということだ。
 戦争というのは、リスクとリターンを計算せずには起こせないものだからな。
 リブニケ王国がポテンシアに介入するというなら、そうなってしまってから総攻撃をかけるのが一番だというのが私の考えだ。一気にリブニケもポテンシアも叩く。その方が我が国のリターンが大きい」

 アロイスは淡々とそう説明すると、レナの顔をじっと見つめた。

「結局、見合いの結果はルイス王子と婚約していたのか。あのレベルで良いなら、我が子も見合いに参加させれば良かったかもしれんな」

 そのアロイスの言葉に、「陛下、ブリステ公国にとってルリアーナのような小国に婿に入るなど、と言っていたのはどちらだったか」とカイはすかさず突っ込む。

「うるさい。こんな娘が欲しかったんだ、私は」
「ああ、確かに……陛下はその点に関しては恵まれておりませんでしたね」
「黙れカイ・ハウザー。そして直ちにレナ王女から離れろ」
「随分おかしな命令を下されますね。断ります」

 レナとアロイスの言い合いを避けるためか、口を出したカイとアロイスが親子喧嘩のように言い合っている。
 レナはその様子を呆気にとられながら見ていたが、思わず吹き出してしまった。
 先程までピリッとした緊張感が漂っていた議会に、レナの小さな笑い声が響く。
 そのレナを見て、周りの者もカイも、そしてアロイスも思わず微笑んだ。

「戦争を知らないレナ王女には、あまり理解のできない考え方かもしれないが……内乱は同盟国でもなんでもない国が介入することは避けた方が良い。
 内乱の結果が出て、国王か第四王子のどちらかがポテンシアを治めることになれば……リブニケ王国の出方に注意しないとならないし、恐らく戦火は周辺国に及ぶと考えて我が国も対策を練っておかねばならない。
 兵を出すというのは莫大な費用が掛かるんだ。見返り無しで動かすのは難しい」
「……はい。ご事情は理解できました」

 レナは初めて国の立場や事情を知った。これ以上アロイスに交渉するのは無理だと悟る。

「この議会が終わったら、カイ・ハウザーと共に来い。貴女の身辺のことも気になることばかりで、もう少し話をしたい」

 その後アロイスはいくつかの議題を共有し、その日の議会を終わらせた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏
恋愛
 ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー  私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処理中です...