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第7章 争いの種はやがて全てを巻き込んで行く
麗しの王女殿下
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議会が終わって訪れた部屋で、レナとカイはアロイスと昼食を共にすることになった。
「こうして見ると……やはり美しいな」
席に着いたアロイスの第一声がそれだったので、「親子ほど歳の離れた他国の王女に対して、最初におっしゃることがそれですか」とカイがアロイスを睨んだ。
レナがアロイスの好色の目に晒されるのは気分の良いものではない。
「過保護な男だ。そうやって自分の物だと閉じ込めようとすると、女というのは逃げるものだぞ」
アロイスはそう言ってニヤリとカイを見る。
「逃げません」
レナがアロイスに断言したので、カイは照れて口元を緩ませながら、「だ、そうですよ、陛下」と付け加えた。
アロイスは、息子のように可愛がってきたカイ・ハウザーに本気で殺意が湧く。
「……まあいい。とりあえずレナ王女の事情を最初から聞かせて欲しい」
気を取り直し、食事を始めながらアロイスはレナのこれまでの話を聞きたがった。
*
「なるほどな……。ポテンシア国王の狙いも分かるが、それで人生を狂わせて内乱を起こしたルイス王子もいるわけだ。それは、レナ王女には心痛いことだろう」
レナからひと通りの話を聞いたアロイスが、そう言ってレナを気の毒に見つめた。
内乱を止めたいと言ったレナの発言は、その辺にあったのだと理解ができる。アロイスは、そんなレナの強さと意志に惹かれ始めていた。
「ありがとうございます、陛下。先ほどの話で、ブリステ公国の事情も分かりました。でも、どうしてもポテンシアの罪もない方たちの命を諦めたくなくて……」
レナがそう言うのをじっくり眺めながら、アロイスは、「貴女は、その生き方と価値観が、特に美しいな」と舐めるような目つきで言う。
食事の所作も美しいレナに、久しく高貴な身分の美しい女性を見ていなかったアロイスの興味が注がれていた。
「陛下、私の恋人に厭らしい目を向けないでいただきたいのですが?」
カイがアロイスの悪い癖が出ていることに嫌悪感を隠さずに言う。
「お前のような女心を全く分からないような男が、こんな上等な女性と恋人か。笑わせるな。レナ王女は、一国の王をも狂わせる魅力がある」
アロイスは堂々とカイに向けて言い切った。
「お言葉ですが」
その2人に割って入ったのはレナだった。
「私の大切な人を侮辱なさるのでしたら、もう用事も済みましたので帰らせていただきます」
レナはそう言うと、膝に掛けていたナプキンをテーブルの上に置いて立ち上がった。
その様子を見て明らかに焦っていたのはカイの方で、レナの勝気な性格が悪い方に出てしまったことに頭を抱える。
「待て、確かに陛下は女癖が悪いが、人柄や国王としての資質に関しては間違いがない」
カイがレナの手首を掴んで落ち着けようとすると、「私があなたの前で性的な目を向けられることを容認しろと言うの? それが一国の王の資質かしら?」とレナは強い目でカイとアロイスを見た。
「そうか……これが普通だと思っていた私が間違っているのだな、レナ王女」
アロイスはそう言うと、レナを見て頭を下げた。
「気分を害されたのであれば、申し訳ない。私は、魅力的な女性を見ると……自分の物にしたいと意志を表すのが正解だと思って生きてきた……。なるほど、相手の気持ちなど考えたことがなかったな」
アロイスは、王としての権利をいつの間にか振りかざしていたことに気付き、自分の愚かさを素直に詫びた。
「あなたの圧倒的な権力を前にすれば、大抵の女性はひれ伏すことしかできないでしょうね……。それが女性の魂を傷付けることなのだとお気づきいただけたのなら、もうこれ以上何かを言うつもりはありません」
レナがそう言って、カイに捕まれた手から逃れてその場から去ろうとする。
「お待ちください、レナ・ルリアーナ様」
アロイスはそう言って席を立ち、向かいの席のレナの横まで駆け付けた。
「お許し下さい……貴女を前に、ひとりの男としてカイ・ハウザーに醜い嫉妬を抱きました。信じていただけないと思いますが、私の中にあるのは、貴女への恋心なのです」
そう言って、カイが掴んだ手ではない方のレナの手を取り、甲に口付けた。
そのアロイスを見て、カイの堪忍袋の緒が切れる。
「どこまでも愚かなことを言ってくれる……。今日会ったばかりの俺の女に恋心とは。アロイス、久しぶりに決闘でもしたくなったか?」
カイはすっかり上下関係などなかったようにアロイスに凄む。
「そうか、カイ・ハウザー……決闘で彼女を譲る気もあるのか。本当に久しぶりだな。受けて立つぞ」
アロイスは好戦的な性格を隠さずに、今や公国一と言われるカイ・ハウザーにでも、万にひとつの可能性で勝てればレナが手に入るかもしれないのかと嬉しそうにしている。
アロイスはカイより少しだけ背丈は低いが、まだまだ身体は若く、厚みのある肉体を持つ軍人らしい王だった。2人が並ぶと迫力がある。
カイとアロイスは至近距離で睨み合っていた。
「いい加減にして……」
レナはわなわなしながら間に挟まれて2人のやり取りを見ていたが、「何を言っているの?!」と呆れながら叫んだ。
「もうすぐ50にもなるこの国の王が……何が恋だ」
「いくつになっても恋は止められないものだろう。それにしても……イイ女だ」
「黙れ」
カイは自国の王に本気で苛ついていた。
妻や妾を何人も抱えているような男が、何を今更レナに対して恋などとぬけぬけと言うのだろうかと、父親のように慕って来たアロイスに苛立つ。
対してレナは、自分を置いてけぼりにして言い合う2人に対して怒りを露わにした。とうとう無言で部屋を出る。
「あの、勝気でじゃじゃ馬なところは……そそるな……。寝所であんな態度を取られたら堪らんな……」
「本当に黙れ。その卑猥な想像を今すぐ止めろ」
カイはそう言い捨てるとレナの後を追った。
まさかアロイスにレナが気に入られるようなことが起きるとは、カイには全く予想も出来なかった。
(忘れていたな……アロイスが大の女好きだというのを……)
カイとアロイスは幾たびもの戦場を共にした戦友のような主従関係であり、固い信頼関係で結ばれた軍人同士だった。
カイはそれまで女性を側に置いたことがなかったためアロイスの被害を受けたことが無い。
そういえば、部下の妻にまで手を出したような話があったなと、顔を歪めた。
廊下に出ると、すぐに衛兵に捕まっているレナを見つける。
優秀な兵士が集まるこの城内においては、鼠一匹だろうと容易に外に出ることは叶わない。
「レナ」
後ろ手に掴まれて身動きが取れなくなっているレナにカイが声を掛けると、衛兵はカイを見てレナの手を開放し、頭を下げる。
「カイ……」
頭に血がのぼって国王との席を飛び出してしまったことに気まずそうに、レナはカイを直視できずにいる。
「行くぞ」
カイはそのレナの頭に手をポンと置いて少し撫でた後、廊下を歩きだした。
レナは何事もなかったように歩くカイに、遅れないように小走りで付いて行く。
「……さっきは、ごめんなさい。この国の王にする態度じゃなかったわね……」
レナが小さな声でカイに謝ると、「さっきはすまなかったな。この国の王と騎士が争う内容じゃなかった」とカイは余裕の表情を見せ、歩きながらレナの頭を抱えて自分に引き寄せた。
「相手が国王だろうと、レナを渡すつもりはない。案外、俺は心が狭いらしい」
「それなら、狭いままの方がいいわ」
レナはカイの身体にしがみついて祈るように言った。
国王に盾突くようなことをしてしまったカイは大丈夫なのだろうかと心配がこみ上げている。
「それにしても、レナはすぐに男を狂わせるな」
カイはこの先も同じようなことが起きる覚悟はしなければならないのだろうと、漠然と思う。
自分の力は、恐らくレナをそういったものから護るためにも使い続けることになるのだと覚悟を決めた。
ふとレナの顔を覗き見る。カイは自分にしがみついて不安そうなレナの顔にそっと唇を当てた。
「こうして見ると……やはり美しいな」
席に着いたアロイスの第一声がそれだったので、「親子ほど歳の離れた他国の王女に対して、最初におっしゃることがそれですか」とカイがアロイスを睨んだ。
レナがアロイスの好色の目に晒されるのは気分の良いものではない。
「過保護な男だ。そうやって自分の物だと閉じ込めようとすると、女というのは逃げるものだぞ」
アロイスはそう言ってニヤリとカイを見る。
「逃げません」
レナがアロイスに断言したので、カイは照れて口元を緩ませながら、「だ、そうですよ、陛下」と付け加えた。
アロイスは、息子のように可愛がってきたカイ・ハウザーに本気で殺意が湧く。
「……まあいい。とりあえずレナ王女の事情を最初から聞かせて欲しい」
気を取り直し、食事を始めながらアロイスはレナのこれまでの話を聞きたがった。
*
「なるほどな……。ポテンシア国王の狙いも分かるが、それで人生を狂わせて内乱を起こしたルイス王子もいるわけだ。それは、レナ王女には心痛いことだろう」
レナからひと通りの話を聞いたアロイスが、そう言ってレナを気の毒に見つめた。
内乱を止めたいと言ったレナの発言は、その辺にあったのだと理解ができる。アロイスは、そんなレナの強さと意志に惹かれ始めていた。
「ありがとうございます、陛下。先ほどの話で、ブリステ公国の事情も分かりました。でも、どうしてもポテンシアの罪もない方たちの命を諦めたくなくて……」
レナがそう言うのをじっくり眺めながら、アロイスは、「貴女は、その生き方と価値観が、特に美しいな」と舐めるような目つきで言う。
食事の所作も美しいレナに、久しく高貴な身分の美しい女性を見ていなかったアロイスの興味が注がれていた。
「陛下、私の恋人に厭らしい目を向けないでいただきたいのですが?」
カイがアロイスの悪い癖が出ていることに嫌悪感を隠さずに言う。
「お前のような女心を全く分からないような男が、こんな上等な女性と恋人か。笑わせるな。レナ王女は、一国の王をも狂わせる魅力がある」
アロイスは堂々とカイに向けて言い切った。
「お言葉ですが」
その2人に割って入ったのはレナだった。
「私の大切な人を侮辱なさるのでしたら、もう用事も済みましたので帰らせていただきます」
レナはそう言うと、膝に掛けていたナプキンをテーブルの上に置いて立ち上がった。
その様子を見て明らかに焦っていたのはカイの方で、レナの勝気な性格が悪い方に出てしまったことに頭を抱える。
「待て、確かに陛下は女癖が悪いが、人柄や国王としての資質に関しては間違いがない」
カイがレナの手首を掴んで落ち着けようとすると、「私があなたの前で性的な目を向けられることを容認しろと言うの? それが一国の王の資質かしら?」とレナは強い目でカイとアロイスを見た。
「そうか……これが普通だと思っていた私が間違っているのだな、レナ王女」
アロイスはそう言うと、レナを見て頭を下げた。
「気分を害されたのであれば、申し訳ない。私は、魅力的な女性を見ると……自分の物にしたいと意志を表すのが正解だと思って生きてきた……。なるほど、相手の気持ちなど考えたことがなかったな」
アロイスは、王としての権利をいつの間にか振りかざしていたことに気付き、自分の愚かさを素直に詫びた。
「あなたの圧倒的な権力を前にすれば、大抵の女性はひれ伏すことしかできないでしょうね……。それが女性の魂を傷付けることなのだとお気づきいただけたのなら、もうこれ以上何かを言うつもりはありません」
レナがそう言って、カイに捕まれた手から逃れてその場から去ろうとする。
「お待ちください、レナ・ルリアーナ様」
アロイスはそう言って席を立ち、向かいの席のレナの横まで駆け付けた。
「お許し下さい……貴女を前に、ひとりの男としてカイ・ハウザーに醜い嫉妬を抱きました。信じていただけないと思いますが、私の中にあるのは、貴女への恋心なのです」
そう言って、カイが掴んだ手ではない方のレナの手を取り、甲に口付けた。
そのアロイスを見て、カイの堪忍袋の緒が切れる。
「どこまでも愚かなことを言ってくれる……。今日会ったばかりの俺の女に恋心とは。アロイス、久しぶりに決闘でもしたくなったか?」
カイはすっかり上下関係などなかったようにアロイスに凄む。
「そうか、カイ・ハウザー……決闘で彼女を譲る気もあるのか。本当に久しぶりだな。受けて立つぞ」
アロイスは好戦的な性格を隠さずに、今や公国一と言われるカイ・ハウザーにでも、万にひとつの可能性で勝てればレナが手に入るかもしれないのかと嬉しそうにしている。
アロイスはカイより少しだけ背丈は低いが、まだまだ身体は若く、厚みのある肉体を持つ軍人らしい王だった。2人が並ぶと迫力がある。
カイとアロイスは至近距離で睨み合っていた。
「いい加減にして……」
レナはわなわなしながら間に挟まれて2人のやり取りを見ていたが、「何を言っているの?!」と呆れながら叫んだ。
「もうすぐ50にもなるこの国の王が……何が恋だ」
「いくつになっても恋は止められないものだろう。それにしても……イイ女だ」
「黙れ」
カイは自国の王に本気で苛ついていた。
妻や妾を何人も抱えているような男が、何を今更レナに対して恋などとぬけぬけと言うのだろうかと、父親のように慕って来たアロイスに苛立つ。
対してレナは、自分を置いてけぼりにして言い合う2人に対して怒りを露わにした。とうとう無言で部屋を出る。
「あの、勝気でじゃじゃ馬なところは……そそるな……。寝所であんな態度を取られたら堪らんな……」
「本当に黙れ。その卑猥な想像を今すぐ止めろ」
カイはそう言い捨てるとレナの後を追った。
まさかアロイスにレナが気に入られるようなことが起きるとは、カイには全く予想も出来なかった。
(忘れていたな……アロイスが大の女好きだというのを……)
カイとアロイスは幾たびもの戦場を共にした戦友のような主従関係であり、固い信頼関係で結ばれた軍人同士だった。
カイはそれまで女性を側に置いたことがなかったためアロイスの被害を受けたことが無い。
そういえば、部下の妻にまで手を出したような話があったなと、顔を歪めた。
廊下に出ると、すぐに衛兵に捕まっているレナを見つける。
優秀な兵士が集まるこの城内においては、鼠一匹だろうと容易に外に出ることは叶わない。
「レナ」
後ろ手に掴まれて身動きが取れなくなっているレナにカイが声を掛けると、衛兵はカイを見てレナの手を開放し、頭を下げる。
「カイ……」
頭に血がのぼって国王との席を飛び出してしまったことに気まずそうに、レナはカイを直視できずにいる。
「行くぞ」
カイはそのレナの頭に手をポンと置いて少し撫でた後、廊下を歩きだした。
レナは何事もなかったように歩くカイに、遅れないように小走りで付いて行く。
「……さっきは、ごめんなさい。この国の王にする態度じゃなかったわね……」
レナが小さな声でカイに謝ると、「さっきはすまなかったな。この国の王と騎士が争う内容じゃなかった」とカイは余裕の表情を見せ、歩きながらレナの頭を抱えて自分に引き寄せた。
「相手が国王だろうと、レナを渡すつもりはない。案外、俺は心が狭いらしい」
「それなら、狭いままの方がいいわ」
レナはカイの身体にしがみついて祈るように言った。
国王に盾突くようなことをしてしまったカイは大丈夫なのだろうかと心配がこみ上げている。
「それにしても、レナはすぐに男を狂わせるな」
カイはこの先も同じようなことが起きる覚悟はしなければならないのだろうと、漠然と思う。
自分の力は、恐らくレナをそういったものから護るためにも使い続けることになるのだと覚悟を決めた。
ふとレナの顔を覗き見る。カイは自分にしがみついて不安そうなレナの顔にそっと唇を当てた。
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