上 下
109 / 229
第7章 争いの種はやがて全てを巻き込んで行く

王女様は行動派

しおりを挟む
レナはカイの部屋でカイを想って過ごしていた。暫く帰って来ていないカイは、噂ではポテンシアの戦地に向かったらしい。
一報すら寄越してこないのは、レナを連れて行かなかった後ろめたさからなのだろう。一緒に街で買ったバラも、すっかり枯れて茶色くなってしまっていた。

カイがレナを戦地に連れて行きたがらない理由は、レナにも分かる。カイにとっても、戦地という場所は過酷なのだろう。そして、少なからずカイも戦地では精神的に消耗しているのに違いない。

レナは、何となくカイ・ハウザーという男を理解し始めていた。カイは、本来持っている優しさや繊細さを、肉体の強さと冷たい口調で覆っている。

一緒に過ごすようになり、レナはその優しさと繊細さの深さを知ってしまった。優しさが自然に見られるようになったのは、きっとレナを愛してくれているからなのだろう。それが、かえってカイの普段の生活を追い詰めているのではないかとレナは心配した。

レナは、本来の優しさを抑え込んで戦地に向かう恋人が心配でたまらない。いくら身体能力が戦いに向いていても、人を殺す仕事をさせるには、カイは心根が優しすぎる。

「オーディスさん。お願いがあります」

レナは、主人が不在の家で堂々と振舞った。王女だった頃の姿をそのまま屋敷で出すだけのことで、使用人達が安心しているのが分かる。レナはカイが不在の間、女主人として屋敷を守っていた。

「はい、レナ様」

ハウザー家執事のオーディスは、主人のカイに対する時よりも緊張した様子でレナに向き合う。最初は困っていたレナも、無理も無いのだと理解をするようになった。ブリステ公国は、身分の差に対して敏感な国らしい。他国の王家の血に畏れを抱いてしまうのは仕方がなかった。

「馬車を出してもらえる? 行きたいところがあるの」
「かしこまりました。どちらに向かいましょう?」
「ライト商事の本社に」

レナの放った言葉に、オーディスは詰まった。オーディスは、ロキがレナを想っていることを知っている。そして、主人のカイからはロキが訪ねてきたら追い返すように言われていた。

「それは、ご主人様の意に反します」
「でしょうね。でも、今は私をここの主人だと思ってお願いできるかしら?」
「ライト商事には、一体何をしに向かわれるのですか?」
「交渉をするのよ、ロキに」

レナがそう言うと、オーディスはいよいよ困っている。目の前のレナという女性は、カイよりもずっと予測不可能で気が強い。

「交渉・・ですか・・。一体、どんな・・」
「カイのために、ロキに支援を頼むの。私も力になりたいから」

レナの言うことが、オーディスには理解ができない。ロキは会社経営者で財力はあるが、平民階級で政治力とは無縁のはずだ。

「それは・・ライト様でなければならないのですか? ご主人様より、レナ様とライト様を会わせぬように申し付かっておりまして・・」
「そんなの、カイの過保護なのよ。私がロキに惹かれるとでも思っているのかしらね? 私はずっとカイに一途だったのに、心外だわ」

レナは堂々と言い切ると、
「ロキは安全よ。あの人は、私を傷付けたりはしない。それだけは、確実に」
と付け加えてオーディスを安心させようとした。オーディスにも、それは分かる。ロキは女性を傷付けるようなタイプではないし、余裕のある男だ。

「ですが・・やはり、ご主人様があれ程警戒しているということは、ライト様はレナ様に特別な想いを抱いていらっしゃるのだと思います。それに・・私めがこんなことを申し上げるのもおかしな話ですが、ご主人様とライト様では、その・・女性を喜ばせることができるのは、ライト様の方だというのは分かりますので・・」

オーディスはそう言いながら落ち込んだ。カイが悪いのではない、ロキが脅威過ぎるのだと。

「心配していただけるのはありがたいけれど、私はロキの元雇用主よ。それに、あくまでもカイのために行くんだから」

あまりにレナが譲らず、ついにオーディスは折れた。オーディスはただでさえレナに恐縮しているのだ。強い意志を示されたら従うほかない。

「大丈夫よ、カイが嫌がることはしたくないのは、私も同じ。それに、本当はあの2人は親友で関係性も良いはずなんだから」

レナは笑顔で言うが、カイとロキの仲が現在微妙なのはレナに発端がある。当の本人は全く気付いていないが。

オーディスは渋々馬車を出し、レナを連れてライト商事に向かった。ロキはアポイント無しの客と会うことは殆どないらしいと聞くので、レナが訪れたところで門前払いを食らうかもしれない。
オーディスは、そうなれば良いなと漠然と祈っていた。


「えっ? ハウザー家の馬車で、レナと名乗る女性が来た?」

社長室で大声を上げたロキは、自分で口に出した言葉ですら信じられなかった。そして、嬉しさのあまり仕事を全部放って出迎えに走った。社員はその様子に呆気にとられ、ロキが自ら客を出迎えに行くこともあるのだと驚いた。

「まさか、あんたが直接来てくれるなんて、夢でも見ているのかな」
ロキはレナの姿を目に入れると、駆け寄って頭を下げた。
「どんな用事か分からないけど、何でも聞くよ?」

そう言ってロキはレナを社長室まで自ら案内する。社員たちは突然訪れた美人・・ロキの好みにしては幼い印象を受けるが・・に対して並々ならぬ視線を送った。


「で? 単身で来たってことは、カイ・ハウザー絡みで何か頼りたいことでも?」
ロキは、カイらしき騎士が戦地に向かったという噂を既に耳に入れていた。

「話が早いわね」

ロキの家としても機能している社長室で、小さな応接セットに向かい合って2人は座っている。カミラが部屋を訪れて紅茶を2人に出し、レナの顔をじっと見てから退出していった。

(あれが、噂の美人秘書さんかしら・・確かに綺麗な人)
レナはカミラに見惚れ、
「ロキ、あの人、とても美人ね?」
と無邪気に褒めた。ロキはその様子を見て、少しも嫉妬をされないというのは虚しいものだなと寂しさを覚える。ロキは、これまで付き合って来た女性にカミラの存在を好ましく思われたことは無い。

「ああ、確かに、カミラはうちで一番有名な社員かもしれない。ファンが多いから」

ロキが何気なく言ってレナを見る。いつの間にか、好みのタイプが変わったのだろうかとロキは自分が不思議だった。前はあんな美人はなかなかいないと思っていたカミラに、今や何の関心も寄せられない程度には目の前の女性に夢中らしい。

「で・・本題は?」

ロキは、つい先日レナがカイと仲睦まじそうにしていたのを見ていた。なるべく自分に都合の良いことは考えないよう努める。

「私がポテンシアに入るにはどうすれば良いのか知恵を貸してほしくて。もっと言うなら、力を貸して欲しいんだけど」
レナの希望が予想通りで、ロキはやっぱりその件か、と納得した。

「それが、どれだけ大変なことか分かって言ってる?」
「大変じゃないなんてこと、ないでしょうね」

レナが当たり前のように言うが、ロキは複雑な顔をした。カイのところに連れて行くのも癪な上に、場所が戦場というのは気が進まないどころの話ではない。

「うーん・・簡単な話じゃないよ? 常に向こうの国の情報や戦況は仕入れなきゃならないし、護衛を付けないと危険だし、足を・・移動手段をどうするかってのも問題だ」
ロキがそう言って腕を組むと、レナは、
「だから、あなたに相談しようと思ったのよ?」
とにこやかに言う。その顔を見てロキは動揺し、今この瞬間にレナを独り占めしているのは自分なのだと我に返る。

「すぐには無理だよ。その間、あんたはずっとここに居てくれるわけ?」
「そうね・・ご迷惑でなければ・・」
「・・迷惑なわけないよね・・」

ロキは喜びに震えていたが、気付かれないように平静を装った。レナの滞在先には近所で経営するホテルの特別室を押さえておこうと、考えることが先走る。

「じゃあ、ハウザー家の執事を帰らせてくれる? あんた単身でここにいてくれるなら、協力する」
「・・そう」

レナは、オーディスが嫌がるだろうなと思いながら、ロキの要求を飲むことにする。ロキ以上に頼れる先はないのだろうと、自分の置かれている状況を理解していた。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

生きづらい君に叫ぶ1分半

青春 / 完結 24h.ポイント:8,236pt お気に入り:69

俺、悪役騎士団長に転生する。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,799pt お気に入り:2,519

転生令嬢の甘い?異世界スローライフ ~神の遣いのもふもふを添えて~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,088pt お気に入り:1,556

暴君に相応しい三番目の妃

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,102pt お気に入り:2,530

処理中です...