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第9章 知ってしまったから
精神の旅 レナ・ルリアーナ
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黒い闇の中で、カイは息を呑んだ。ここには何もない。そして、自分の置かれている状況が分からない。
先程まで話をしていた父親は、自分のことを『記憶から呼び出された幻』だと言っていた。
であるならば、彼女も呼び出せるのかもしれない――。
「レナ」
全てを飲み込みそうな暗闇に向かって呼びかけた。返事がない。
「レナ・・。お願いだ。会いたい」
再度、強く願った。口に出すと胸の奥が締め付けられる。
自分から命を手放そうとしたのに、もう一度姿が見たくてたまらなかった。
暫くの間、カイは暗闇に願った。
すると、何かが割れるような音が響き、黒い世界が一気に色を付け始める。
地面が芝生に包まれ、蝶が羽ばたいていた。目の前に広がる風景、そこはよく知った自宅の庭だ。レナが夜に腰かけたブランコの下がった木までもが現れる。
カイは左右を見回して、レナの姿を探した。
「ねえ、酷いじゃない」
不意に、すぐ後ろで声がする。カイが驚いて振り返ると、そこにはいつもの透き通った青い目がこちらを凝視しており、頬はいつかのように膨らんでいた。
「きゃ・・」
カイは咄嗟にその身体を抱きしめると、声が出せなかった。
会いたかった、とか、こんなことになって申し訳ない、など言いたいことが頭の中にいくつも浮かんでいるのに、それを口にすることが叶わない。
息が詰まって、涙が出ていた。他人のいる場所で涙を流したのは、いつぶりだろうか。
「カイ・・?」
何が起きているのかと、レナは不思議そうに声を上げた。さっきまで怒っていた声色が一転、心配そうだ。
「すまない・・」
振り絞ってそれだけを呟くように発する。気を抜くと漏れそうになる嗚咽を堪えた。
「どうしてあなたは、こんな選択をしたの?」
「救いたかった・・何に変えても」
震える声で、カイは答える。
そうだ、救いたかったのだと、自分の判断を思い出した。
「こんな風に助かったって、私が喜ぶわけないじゃない」
レナは相変わらず怒っていた。
カイはレナを抱きしめたまま無言で頷く。責められても仕方がない。戦地にレナを放り出してきたようなものだ。
「それにねえ・・私たち、まだ、マトモにキスだってしてないわ」
レナの不満そうな声に、思わずカイは小さく笑った。
「そうだったな」
レナを抱きしめる腕を緩めて、その表情を窺う。涙に濡れたカイを目に入れ、レナは驚きで一瞬固まった。
「あなたが・・どうして泣いているの?」
「救おうと思ったのに、傷付けた。それに・・本当は共にいなければならないことも、共にいたかったことも、思い出したんだ」
「それが分かっているのなら・・目を覚ませば良いのよ」
レナはそう言って優しく微笑むと、涙で濡れたカイの両頬を手で包み込む。
カイはそのレナの細い手首を掴んで、自分より随分下にあるレナの顔に自分の顔を近づけた。
今迄何度もはぐらかした行為を、そっと目の前のレナに施す。
「目を覚ますには、どうしたらいい?」
息の触れ合う距離で尋ねた。
レナはカイの頬に触れたまま、
「目覚めたいと思えばいいのよ」
と嬉しそうに笑う。
(一緒に生きていきたい)
本当の願いを、ようやく思い出した。
先程まで話をしていた父親は、自分のことを『記憶から呼び出された幻』だと言っていた。
であるならば、彼女も呼び出せるのかもしれない――。
「レナ」
全てを飲み込みそうな暗闇に向かって呼びかけた。返事がない。
「レナ・・。お願いだ。会いたい」
再度、強く願った。口に出すと胸の奥が締め付けられる。
自分から命を手放そうとしたのに、もう一度姿が見たくてたまらなかった。
暫くの間、カイは暗闇に願った。
すると、何かが割れるような音が響き、黒い世界が一気に色を付け始める。
地面が芝生に包まれ、蝶が羽ばたいていた。目の前に広がる風景、そこはよく知った自宅の庭だ。レナが夜に腰かけたブランコの下がった木までもが現れる。
カイは左右を見回して、レナの姿を探した。
「ねえ、酷いじゃない」
不意に、すぐ後ろで声がする。カイが驚いて振り返ると、そこにはいつもの透き通った青い目がこちらを凝視しており、頬はいつかのように膨らんでいた。
「きゃ・・」
カイは咄嗟にその身体を抱きしめると、声が出せなかった。
会いたかった、とか、こんなことになって申し訳ない、など言いたいことが頭の中にいくつも浮かんでいるのに、それを口にすることが叶わない。
息が詰まって、涙が出ていた。他人のいる場所で涙を流したのは、いつぶりだろうか。
「カイ・・?」
何が起きているのかと、レナは不思議そうに声を上げた。さっきまで怒っていた声色が一転、心配そうだ。
「すまない・・」
振り絞ってそれだけを呟くように発する。気を抜くと漏れそうになる嗚咽を堪えた。
「どうしてあなたは、こんな選択をしたの?」
「救いたかった・・何に変えても」
震える声で、カイは答える。
そうだ、救いたかったのだと、自分の判断を思い出した。
「こんな風に助かったって、私が喜ぶわけないじゃない」
レナは相変わらず怒っていた。
カイはレナを抱きしめたまま無言で頷く。責められても仕方がない。戦地にレナを放り出してきたようなものだ。
「それにねえ・・私たち、まだ、マトモにキスだってしてないわ」
レナの不満そうな声に、思わずカイは小さく笑った。
「そうだったな」
レナを抱きしめる腕を緩めて、その表情を窺う。涙に濡れたカイを目に入れ、レナは驚きで一瞬固まった。
「あなたが・・どうして泣いているの?」
「救おうと思ったのに、傷付けた。それに・・本当は共にいなければならないことも、共にいたかったことも、思い出したんだ」
「それが分かっているのなら・・目を覚ませば良いのよ」
レナはそう言って優しく微笑むと、涙で濡れたカイの両頬を手で包み込む。
カイはそのレナの細い手首を掴んで、自分より随分下にあるレナの顔に自分の顔を近づけた。
今迄何度もはぐらかした行為を、そっと目の前のレナに施す。
「目を覚ますには、どうしたらいい?」
息の触れ合う距離で尋ねた。
レナはカイの頬に触れたまま、
「目覚めたいと思えばいいのよ」
と嬉しそうに笑う。
(一緒に生きていきたい)
本当の願いを、ようやく思い出した。
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