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第11章 歴史を変える

夕暮れ時の誘惑 1

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レナとカイはポテンシアの小さな町にいた。レナは町娘のような素朴な姿に戻っている。

ルリアーナ城にいるルイスの関係者を呼び寄せるのは一日二日でできることではなく、ルリアーナが国として復活したと宣言するのも即日でできることではない。

ルイス側の準備が整う前に時間ができたレナは、国境の町に行きたいとカイを連れて向かっている途中だった。

「今日は遅いし、この町で宿を取るか」

辺りはすっかりオレンジ色の光に包まれていた。日の短い季節なら、すでに真っ暗になっている時間だ。

クロノスの手綱を引きながら、レナの身体を気遣う。
シンはマルセルのいる駐屯地に向かい、ロキは会社に戻って全社の体制を考えるらしい。国が変われば輸出入の仕組みも変わる。

リブニケ人兵士たちは、ルイスの指揮下で一旦帰国することになった。

「今日は色んな事があったわね」

久しぶりに2人きりになっている。レナは隣を歩くカイを眺めた。

(ルリアーナに戻ったら、成人している私は女王に即位するのかしら……)

何度も見たはずの横顔には、青みがかった黒髪が茜色の光を受けてなびいている。時折瞬きをする目の動きひとつをとっても、その美しさに見惚れてしまうのだ。

(もう……あなたと別れるのは嫌)

レナはカイの腕にしがみつき、身分差や叶わない想いに涙した日を回顧した。
ルイスと一緒になる覚悟をしながら、カイを忘れるしかないのだろうと漠然と自分の運命を嘆いていた別れの日を——。

「ねえ、前みたいな報酬は用意できないかもしれないけど、それでも一緒にいてくれる?」
「報酬の話をするな。ずっと側にいたいと願ったのは、金銭の発生する関係ではない」

カイはそう言いながら、ひと際目を惹く大きな宿に足を向けた。
外に立っていた従業員にクロノスを預けると、大きな扉を従業員に開かれて中に入っていく。

(あなたって、ケチなのかそうじゃないのか分からないところがあるわ)

馬を預けられるような厩舎を持つ宿は、位の高い者ばかりが泊まっている。
庶民は乗馬など滅多にせず、馬を所有するのは一部の富豪や領主などに限られているのだ。

レナはカイの腕にしがみついて、豪奢な宿のエントランスを眺めた。煌びやかなシャンデリアに、まだ日も暮れる前から蝋燭の火が灯っている。小さな町にもこんな宿があるのだと、世界の広さを知った。

「部屋を……」

カイがカウンターで声を掛けると、受付に立つ恰幅の良い中年男性がカイと隣にいるレナに目を配る。

「ひと部屋ですね」
「ああ」

当たり前のように部屋の手配をしているカイを見て、特に何も考えずにレナはぼーっとその様子をただ眺めていた。

(……ひと部屋って言った……? まあ、そうよね、今日は他に誰もいないし)

久しぶりに2人きりになり、レナはどこか落ち着かない。
将来の約束は、これからどうなっていくのだろう。カイはなかなかその話には触れない。

泊まる部屋に案内をされて、2人は部屋に入った。
ひと通りの説明をした従業員が出て行くと、カイは2人分の荷物を床に置く。

部屋に置かれていた水をデカンタから注いで、カイはソファの前のローテーブルに置いた。

2つのグラスが並んでいるということは、そこに座れということなのだろう。レナはソファに座ると、すぐに隣に来たカイをじっと見つめた。

「つい先ほど言ったことだが……」
「え?」

「つい先ほど」がどの話なのかさっぱり分からない。
カイは恐らくその「先ほど」からずっと同じことを考えていたのだろう。

「その、報酬うんぬんのくだりだ」
「……お金の話?」
「いや、そうではない」

折角2人きりになったというのに、微妙な空気になっていた。
会話が全く弾まない。

「その……やはり俺は、レナの護衛でいたい」
「ああ、それで報酬?」
「いや、一旦報酬は置いておいてくれないか」

自分から報酬のくだりだと言っておいて、報酬は置いておけなど勝手ではないだろうか。レナはむくれた。
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