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第12章 騎士はその地で

あとで

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レナはカイと共に部屋に戻り、届いた祝いの手紙を確認する。

「ロキからだな。『暫く旅に出ます。どうかお幸せに。』どうせ遠方に仕入れに行くんだろう。あの青年実業家、最近また浮いた話を結構聞くぞ」
「あれだけもてるんだから、そういう話もあるでしょ」

レナが特に気にしていない様子を見て、カイは心の中で優越感に浸る。

「あ、アウルのみんなからだわ。
『女王陛下 エレナがヘレナ様で、まさか女王陛下だったなんて何が起きているのかと全員で大騒ぎをしました。あの素敵な恋人も、只者じゃなかったのね。私の勝手な希望だけど、これからも妹分の、かわいいエレナの幸せを願わせて欲しいです。
追伸、イサームは女王陛下がいた店としてアウルを再オープンさせるつもりみたいだわ。 マーシャ、ミミ、マリヤ(代筆マリヤ)』」

「いい姉だな」
「そうね……」
「そんなに泣くな。目が腫れるぞ」

ソファの隣に座るカイは、レナを抱き寄せて額に唇を当てた。

「だって……」
「またいつかあの町に行こう。ステージに立ったっていい。レナが初めて自立した思い出の場所だ」
「あなたが迎えに来てくれた場所でもあるわね」

レナは手で涙を拭う。アウルで過ごした日々が、かけがえのない宝物のようだった。

「あ、あとパレードで見かけたイリアにはね、私が持っていたルビーを送ったの。お守りの呪術がかかっているから、きっと彼女を守ってくれると思う」
「庶民には高価すぎるんじゃないのか?」
「イリアは見せびらかしたり売ったりしないと思うから、単純にお守りとして……なにか経済的に困ったことがあれば、売ってもらえたらいいかなと思ったのよ」

レナが言うと、カイはレナを解放しながらなるほどと頷く。
レナから話を聞いた限りでは、イリアの父親は経済的に頼りになるとは思えない。

「ねえ、カイはいつからこの部屋に来るの? 夫婦になったら同じ部屋になるって聞いたんだけど」
「ああ、正式には今夜かららしい」

さらりと言われてレナの心臓が大きく跳ねた。
今まで何度も添い寝をしてきた関係とは、また違う。今日からは正式な夫婦だった。

「そ、そうなの。私、聞いてなかったわ」
「周りは当然知っているものだと思ってるんじゃないか?」

レナがガチガチになったのを見て、カイは吹き出しそうになるのを堪える。

「散々煽って来たくせに、なんだその反応は」
「それとこれとは違うでしょ」
「同じだろうが……」

カイは笑いを堪えるとつい肩が震える。目は誤魔化せても口元はハッキリと笑っていた。

「もう、なんでそんなに笑ってるのよ」
「反応が面白くて、つい」

レナは唇を尖らせて不満げな顔を向ける。カイは素早くその唇に口付けを落とすと、
「新妻を堪能しただけだ」
と意地悪な顔を浮かべる。

「そういうの、やめて」

レナが本気で嫌そうなので、カイは何がそんなに気に入らなかったのだろうかとレナをうかがった。

「私は本気で緊張してるのよ。揶揄うのはやめて」

レナはそう言うとカイの胸に拳をとんと叩くように置く。

「嫌じゃなくても……」

カイの顔を見られずにいると、頭の上からカイが呟いた。

「残念ながら、揶揄っているわけじゃない。同じだなと思っただけだ」

レナは意味が分からず、カイを見上げてきょとんとしている。

「望んでいても、レナを傷付けるかもしれないと思うと、怖くなる」
「傷なんか……」

つかない、と言い切れるのだろうか。
リリスは懐妊してから寝床に臥せっていた。お産の痛みをあれだけ訴えていた。恐らくこの先、傷付くことがあるのだろう。

「大した問題じゃないわ」

レナは、傷つくかもしれないと受け入れてみた。
それがどれだけ自分にとって大きなことか、改めて考えてみる。答えは単純だ。

「きっと誰かと深く心を通わせたら、傷つくことは必然なのよ。それを受け入れても余りあるほど、大切な関係があるんだわ」

レナはカイの胸に置いた拳を開き、その上に顔を乗せる。

「大きなものを得ようとすれば、それだけ大きなものを失うって言うでしょ。きっと、傷を負うってそういうこと」

カイは無言でレナの頭に手をまわした。
腕に抱え込まれるようになると、レナはカイの顔を見ることが出来ない。
規則正しく音を立てる鼓動に耳を預け、レナはそのまま動かずにいた。

やがて、扉の向こうにカイを呼びに来る兵士の声がする。

「また、あとで」

カイはそう言って静かに部屋を出て行った。
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