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第12章 騎士はその地で
夫婦の話
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「わああ、小さい!」
挙式のドレス姿のまま、レナは大きな声を上げる。
柵に囲まれたベッドにいた赤子は、たちまち顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
「あっ……ご、ごめんなさい」
おろおろするレナに「赤ん坊はすぐ泣くものなので気にしないでください」とシンが声をかけて泣いている子どもを抱き上げる。
暫く猫のような鳴き声でふにゃああと泣いていた赤子は、シンの胸に抱かれているうちに静かになった。
乳母と侍女を連れていたリリスは、その光景を眺めて「レナ、普段赤ちゃんなんて見ないでしょう?」と笑う。
「ポテンシアの町にいた時に、背負って歩いていた人を見たりはしたけど……近くで見るのは、初めて」
レナが申し訳なさそうに答えると「女王様に子守をまかせようなんて思わないから気にしないで」とリリスは嬉しそうに笑った。
「わざわざこちらまで足を運ぶのは、大変だったでしょう?」
レナは子連れで長旅をしたリリスを気遣う。
「どうかしら? クレールは大変だった?」
リリスは乳母に尋ねると「何がですか? 快適に旅行ができました」と赤髪の乳母は楽しそうにしている。
「ほら、私は乳母つきの侍女つきだから、大変とかそういうのは無縁なわけよ」
得意気に言い切ったリリスに、レナは嬉しそうに微笑んだ。
「産むときは大騒ぎだったけどね」
シンが赤子をあやしながら言うと、リリスはじろりとシンを睨む。
「シンが産んでくれたらよかったのに。痛くて死ぬかと思ったわ」
「産婆さんに『母親が死ぬとか言わないの!』って何度も注意されてたな」
「もう、あんな痛い思いは二度とごめんだわ」
部屋の中で完全に空気になっているカイは、一連のやり取りを遠目に見ていた。
「ねえ、リリスは……子どもがいて、幸せ?」
レナが踏み込んだことを聞くので、その場の全員の視線がリリスに集中した。
「なっ……まあ、そうね……。ほんとはね、私、シンと2人きりの夫婦でいたかったなって思ったりしたこともあったの」
「うん」
「でも、シンに子どもができたら、きっと素敵なんだろうなっていうのもあった」
「そうね、すごくわかる」
「他の人の子どもをシンが育てるのは嫌だし、私が母親になるしかないって結論が、出ちゃったのかな」
「ふふ、リリスらしくて良いと思う」
レナがリリスに笑うと、リリスはじっとシンを見ていた。シンは表情を和らげて赤子の手を握るとその手をリリスに振る。
「で? レナは? 跡継ぎ問題とか抜きにして、その辺どうなの?」
突然振られた話題に、カイが一番動揺した。
「その辺って……」
「自分の身体を痛めてまで、あんな風にすぐ泣く子どもを欲しいって、思う?」
レナが返事に詰まったので、カイがごくりと生唾を飲んだ。
「考えたことなかった……。そうね、欲しいかもしれないわね」
「それは、どうして?」
相変わらず突っ込んだことを平気で尋ねるリリスに、シンは気が気でない。
「私は両親に愛された記憶がないから、ちゃんと愛せるか、どうしたらいいかとか、その状況になってみないと分からない。でも、子どもを通して新しい目で世界を見たら……子どもの頃の自分が喜ぶような気がするの。それにね……」
レナの話す内容に、その場の全員が胸を打たれた。シンと乳母のクレールは既に目に涙を浮かべている。
「カイの子どもって考えただけでもうダメだわ。尊くて……」
レナはそこで自分の手で顔を覆って悶えた。
「よかったわね、カイ。お嫁さんが盲目で」
「……そうだな」
全員がレナに何も言えなくなったところで、シンの腕の中にいた赤子がすうすうと寝息を立てて寝ついてしまう。
「かわいい」
レナは赤子の寝顔を見てうっとりした。
まだ何もできない小さな赤子が眠っている姿に、この世の平和を見たような気がする。
「カイは、どう思ったのよ?」
リリスがジロリとカイを見ると、「子どもは嫌いじゃない」とカイは横を向く。
「へえ」
「意外です」
リリスとシンは、初めて知る事実に2人で目を丸くした。
カイは子どもを慈しむような心など到底持ち合わせていないのだろうと勝手に思い込んでいた。
「やっぱり。そんな気がしてたけど」
レナは嬉しそうにカイにしがみつく。
レナと逆側を向いたままのカイが「何でそう思った……」と小さく呟いた。
「あなたが子どもの頃の話をする時、とても優しい顔をするのを知ってるもの。それに、カイが軽はずみなことはできな……」
レナの話が暴走し始めたところで、慌ててカイが手でレナの口を塞ぐ。
「夫婦間の話をぺらぺらと外で話さないでくれ、女王陛下」
カイは隣に立つレナの口を両手で塞いでいる。シンとリリスが慌てたカイを眺めてニヤニヤしていた。
レナは何がいけないのかよく分かっていなかったが、「夫婦間の話」と言われたので、すっかり気分をよくして口を塞がれたままヘラヘラと笑った。
挙式のドレス姿のまま、レナは大きな声を上げる。
柵に囲まれたベッドにいた赤子は、たちまち顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
「あっ……ご、ごめんなさい」
おろおろするレナに「赤ん坊はすぐ泣くものなので気にしないでください」とシンが声をかけて泣いている子どもを抱き上げる。
暫く猫のような鳴き声でふにゃああと泣いていた赤子は、シンの胸に抱かれているうちに静かになった。
乳母と侍女を連れていたリリスは、その光景を眺めて「レナ、普段赤ちゃんなんて見ないでしょう?」と笑う。
「ポテンシアの町にいた時に、背負って歩いていた人を見たりはしたけど……近くで見るのは、初めて」
レナが申し訳なさそうに答えると「女王様に子守をまかせようなんて思わないから気にしないで」とリリスは嬉しそうに笑った。
「わざわざこちらまで足を運ぶのは、大変だったでしょう?」
レナは子連れで長旅をしたリリスを気遣う。
「どうかしら? クレールは大変だった?」
リリスは乳母に尋ねると「何がですか? 快適に旅行ができました」と赤髪の乳母は楽しそうにしている。
「ほら、私は乳母つきの侍女つきだから、大変とかそういうのは無縁なわけよ」
得意気に言い切ったリリスに、レナは嬉しそうに微笑んだ。
「産むときは大騒ぎだったけどね」
シンが赤子をあやしながら言うと、リリスはじろりとシンを睨む。
「シンが産んでくれたらよかったのに。痛くて死ぬかと思ったわ」
「産婆さんに『母親が死ぬとか言わないの!』って何度も注意されてたな」
「もう、あんな痛い思いは二度とごめんだわ」
部屋の中で完全に空気になっているカイは、一連のやり取りを遠目に見ていた。
「ねえ、リリスは……子どもがいて、幸せ?」
レナが踏み込んだことを聞くので、その場の全員の視線がリリスに集中した。
「なっ……まあ、そうね……。ほんとはね、私、シンと2人きりの夫婦でいたかったなって思ったりしたこともあったの」
「うん」
「でも、シンに子どもができたら、きっと素敵なんだろうなっていうのもあった」
「そうね、すごくわかる」
「他の人の子どもをシンが育てるのは嫌だし、私が母親になるしかないって結論が、出ちゃったのかな」
「ふふ、リリスらしくて良いと思う」
レナがリリスに笑うと、リリスはじっとシンを見ていた。シンは表情を和らげて赤子の手を握るとその手をリリスに振る。
「で? レナは? 跡継ぎ問題とか抜きにして、その辺どうなの?」
突然振られた話題に、カイが一番動揺した。
「その辺って……」
「自分の身体を痛めてまで、あんな風にすぐ泣く子どもを欲しいって、思う?」
レナが返事に詰まったので、カイがごくりと生唾を飲んだ。
「考えたことなかった……。そうね、欲しいかもしれないわね」
「それは、どうして?」
相変わらず突っ込んだことを平気で尋ねるリリスに、シンは気が気でない。
「私は両親に愛された記憶がないから、ちゃんと愛せるか、どうしたらいいかとか、その状況になってみないと分からない。でも、子どもを通して新しい目で世界を見たら……子どもの頃の自分が喜ぶような気がするの。それにね……」
レナの話す内容に、その場の全員が胸を打たれた。シンと乳母のクレールは既に目に涙を浮かべている。
「カイの子どもって考えただけでもうダメだわ。尊くて……」
レナはそこで自分の手で顔を覆って悶えた。
「よかったわね、カイ。お嫁さんが盲目で」
「……そうだな」
全員がレナに何も言えなくなったところで、シンの腕の中にいた赤子がすうすうと寝息を立てて寝ついてしまう。
「かわいい」
レナは赤子の寝顔を見てうっとりした。
まだ何もできない小さな赤子が眠っている姿に、この世の平和を見たような気がする。
「カイは、どう思ったのよ?」
リリスがジロリとカイを見ると、「子どもは嫌いじゃない」とカイは横を向く。
「へえ」
「意外です」
リリスとシンは、初めて知る事実に2人で目を丸くした。
カイは子どもを慈しむような心など到底持ち合わせていないのだろうと勝手に思い込んでいた。
「やっぱり。そんな気がしてたけど」
レナは嬉しそうにカイにしがみつく。
レナと逆側を向いたままのカイが「何でそう思った……」と小さく呟いた。
「あなたが子どもの頃の話をする時、とても優しい顔をするのを知ってるもの。それに、カイが軽はずみなことはできな……」
レナの話が暴走し始めたところで、慌ててカイが手でレナの口を塞ぐ。
「夫婦間の話をぺらぺらと外で話さないでくれ、女王陛下」
カイは隣に立つレナの口を両手で塞いでいる。シンとリリスが慌てたカイを眺めてニヤニヤしていた。
レナは何がいけないのかよく分かっていなかったが、「夫婦間の話」と言われたので、すっかり気分をよくして口を塞がれたままヘラヘラと笑った。
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