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エピローグ
世界の旋律
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どんよりとした雲から、一筋の光が差した。
徐々に光は範囲を広げ、曇天を青天に変えて行く。
そこに現れた小国の女王は小さな身体から周囲に響く声を上げる。後ろには地元の演奏家が弦楽器と太鼓を鳴らしていた。
女王がその地で有名な民謡を歌い始めると、地面から様々な色の光が粒のように上がっては消えていく。
観客は感嘆の声を上げると拍手をしたり身体を揺らしたり、女王の歌に合わせて一緒に歌ったりと自由にその場を楽しんだ。
「どうもありがとう」
歌い終わった女王が微笑むと、拍手に応えて空を横切るように一羽の赤い鳥が飛んでいく。
これが女王の連れている例の鳥なのだと、小さな子どもは指を差して喜んでいた。
女王の隣には、美しい護衛がいた。
黒い髪に高い背丈の男は、女王の伴侶で軍事のトップを務めている。
「今日の歌は、また神秘的な響きだったな」
「そうね、歌詞の意味も変わっているのよ。でも、やっぱり大切な人を想う歌なの」
2人が目を合わせて仲睦まじく話をしていると、観客はその様子に沸く。
このカップルは、世界で一番売れているベストセラー小説の主人公たちだった。
最近発行された『騎士物語2』は、出版されるや否や第一弾の騎士団長様の恋愛物だと広まり、瞬く間に話題が沸騰した。
それが実話だと知られると、あっという間に世界中で売れて行ったのだ。
小さな農業国の王女が国を追われ、亡国の王女となった後も町で歌を歌って人を喜ばせ、そのうち元護衛の騎士団長様が迎えに来る。
そのシーンは特に人気で、今や舞台にもなり人々を魅了していた。
物語の最後は内乱を収めた王女が女王になって、騎士団長様と世界を旅することを決めるのだ。
2人は、小説の続きを世界中に見せていた。
女王の歌が響いた地は、その後、農作物がよく獲れるようになると言われてすっかり評判になっている。
「騎士団長様!」
集まった観客が散って行く中、ひとりの小さな男の子が声を上げた。
女王の隣に立つ護衛がそちらに視線をやり、「なんだ?」と無感動な声を吐く。
「風が見たい!」
子どもの無邪気な願いに小さく笑うと、「特別だぞ」と黒髪の護衛は男の子に右手の掌を向ける。
男の子の前に向かい風が吹くと、被っていた麦わら帽子が飛ばされた。
「あっ!」
男の子が飛んで行った帽子に目線を向けると、「大丈夫よ!」と隣の女王が声を上げる。
帽子は高く舞い上がって行ったが、徐々に降りてくるのが見える。
ひらひらと男の子の前に落ちた。
「ありがとう!」
男の子は帽子を拾うと、慌てて走り去っていく。
その様子を見届けた女王と護衛は顔を見合わせて微笑んだ。
「この土地の民謡は現地の古い言葉で書かれているのだけど、風が吹くと幸せが運ばれてくるっていう歌詞が出てくるの」
「それで、子どもの口からあんな希望が出て来たのか」
2人は自然に寄り添い、護衛は女王の肩を抱く。
「あのね、男の子ってどう思う?」
「どう思う? とは?」
「出来たら、嬉しい?」
女王は遠ざかって行く子どもの後ろ姿を見ていた。
「当たり前だ」
女王の身体がふわりと護衛に包まれる。
「この先のスケジュールは一旦全部キャンセルしろ。身体第一だ」
「心配し過ぎよ」
「頼む」
女王は自分を後ろから包む護衛の切羽詰まった声に息を吐く。
「あなたって、本当に心配性なんだから」
女王はそう言って笑い、「仕方がないわね」と納得した。
後ろに控えていた護衛の部下たちが偶然聞いてしまった内容に驚いて「おめでとうございます!」と声を上げると、「まだどうなるか分からないから騒ぐんじゃないぞ」と護衛は女王を解放しながら部下に睨みをきかせた。
「カイ」
女王は思いついたように護衛を呼ぶ。
「やっと分かったかもしれない。私」
「ああ、あとでじっくり聞いてやる」
「今、言いたいのよ」
女王は護衛の両手を握った。
「私の中に今……知らなかった感覚があるの。これが愛?」
「いまさらか」
護衛は自分の手を掴む、小さな手を握り返しながら苦笑した。
空は、雲一つない青空だ。
夏の匂いを運ぶ、さわやかな風が吹いた。
<Fin.>
明日、「エピローグ:考察」と「あとがき」を更新して、物語は幕を閉じます。
1年以上の連載が完結します。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
徐々に光は範囲を広げ、曇天を青天に変えて行く。
そこに現れた小国の女王は小さな身体から周囲に響く声を上げる。後ろには地元の演奏家が弦楽器と太鼓を鳴らしていた。
女王がその地で有名な民謡を歌い始めると、地面から様々な色の光が粒のように上がっては消えていく。
観客は感嘆の声を上げると拍手をしたり身体を揺らしたり、女王の歌に合わせて一緒に歌ったりと自由にその場を楽しんだ。
「どうもありがとう」
歌い終わった女王が微笑むと、拍手に応えて空を横切るように一羽の赤い鳥が飛んでいく。
これが女王の連れている例の鳥なのだと、小さな子どもは指を差して喜んでいた。
女王の隣には、美しい護衛がいた。
黒い髪に高い背丈の男は、女王の伴侶で軍事のトップを務めている。
「今日の歌は、また神秘的な響きだったな」
「そうね、歌詞の意味も変わっているのよ。でも、やっぱり大切な人を想う歌なの」
2人が目を合わせて仲睦まじく話をしていると、観客はその様子に沸く。
このカップルは、世界で一番売れているベストセラー小説の主人公たちだった。
最近発行された『騎士物語2』は、出版されるや否や第一弾の騎士団長様の恋愛物だと広まり、瞬く間に話題が沸騰した。
それが実話だと知られると、あっという間に世界中で売れて行ったのだ。
小さな農業国の王女が国を追われ、亡国の王女となった後も町で歌を歌って人を喜ばせ、そのうち元護衛の騎士団長様が迎えに来る。
そのシーンは特に人気で、今や舞台にもなり人々を魅了していた。
物語の最後は内乱を収めた王女が女王になって、騎士団長様と世界を旅することを決めるのだ。
2人は、小説の続きを世界中に見せていた。
女王の歌が響いた地は、その後、農作物がよく獲れるようになると言われてすっかり評判になっている。
「騎士団長様!」
集まった観客が散って行く中、ひとりの小さな男の子が声を上げた。
女王の隣に立つ護衛がそちらに視線をやり、「なんだ?」と無感動な声を吐く。
「風が見たい!」
子どもの無邪気な願いに小さく笑うと、「特別だぞ」と黒髪の護衛は男の子に右手の掌を向ける。
男の子の前に向かい風が吹くと、被っていた麦わら帽子が飛ばされた。
「あっ!」
男の子が飛んで行った帽子に目線を向けると、「大丈夫よ!」と隣の女王が声を上げる。
帽子は高く舞い上がって行ったが、徐々に降りてくるのが見える。
ひらひらと男の子の前に落ちた。
「ありがとう!」
男の子は帽子を拾うと、慌てて走り去っていく。
その様子を見届けた女王と護衛は顔を見合わせて微笑んだ。
「この土地の民謡は現地の古い言葉で書かれているのだけど、風が吹くと幸せが運ばれてくるっていう歌詞が出てくるの」
「それで、子どもの口からあんな希望が出て来たのか」
2人は自然に寄り添い、護衛は女王の肩を抱く。
「あのね、男の子ってどう思う?」
「どう思う? とは?」
「出来たら、嬉しい?」
女王は遠ざかって行く子どもの後ろ姿を見ていた。
「当たり前だ」
女王の身体がふわりと護衛に包まれる。
「この先のスケジュールは一旦全部キャンセルしろ。身体第一だ」
「心配し過ぎよ」
「頼む」
女王は自分を後ろから包む護衛の切羽詰まった声に息を吐く。
「あなたって、本当に心配性なんだから」
女王はそう言って笑い、「仕方がないわね」と納得した。
後ろに控えていた護衛の部下たちが偶然聞いてしまった内容に驚いて「おめでとうございます!」と声を上げると、「まだどうなるか分からないから騒ぐんじゃないぞ」と護衛は女王を解放しながら部下に睨みをきかせた。
「カイ」
女王は思いついたように護衛を呼ぶ。
「やっと分かったかもしれない。私」
「ああ、あとでじっくり聞いてやる」
「今、言いたいのよ」
女王は護衛の両手を握った。
「私の中に今……知らなかった感覚があるの。これが愛?」
「いまさらか」
護衛は自分の手を掴む、小さな手を握り返しながら苦笑した。
空は、雲一つない青空だ。
夏の匂いを運ぶ、さわやかな風が吹いた。
<Fin.>
明日、「エピローグ:考察」と「あとがき」を更新して、物語は幕を閉じます。
1年以上の連載が完結します。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
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