売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

碧井夢夏

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1章

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「ご主人様は、あなたを伴侶にすると決めました。もう、一生覆りません」
「大袈裟ね」
「人間には分からないのですよ。その意味が」
「どういうこと?」

 何だろう、それじゃあまるで……。

「ユリシーズは、人間ではないの?」

 えっ、だって伯爵の爵位もあるし、人間じゃないなんてことある?

「尻尾の生えた人間がいるとお思いですか?」
「あっ……」

 そういえば尻尾が付いてた! 耳もふさふさしてたわ。

「オルブライト家は、人狼(ウェアウルフ)の家系なのです」
「人狼(ウェアウルフ)?」
「新月と満月の夜に狼の要素が強く出るのですが、それを変身と言ったりします」
「人狼(ウェアウルフ)って結婚できるの?」
「オルブライト家が存続し、ご主人様がいらっしゃるのですが?」

 そうか、子どもがいなければ家系が途絶えてしまうわね。
 ユリシーズの両親の話は聞いたことなかった。

「ご安心ください。代々、夫婦円満です」
「気にしたのはそこじゃないのだけれど、家庭が複雑でなくて安心したわ」

 私を追い出したいのかと思ったけど意外に色々教えてくれるわね。
 なーんだ。部屋を漁らなくても、この人に聞けばいいのか。

「わたくしは奥様が何となく好きになれません」
「えらく生理的に嫌ってくれるわね」
「恐らく匂いが……」
「ユリシーズはわたくしの匂いが好きって言ったわ」
「胸やけがしてきます」
「失礼な人ね」

 ユリシーズのことを聞こうと思ったのに、話しているとイライラしてくるわ。
 っていうか、なんで執事に私の匂いについてとやかく言われなきゃいけないのよ。私はこの家の主人の妻なのに。

「普通は匂いで人を判断しないのよ!」
「人狼(ウェアウルフ)は鼻が利くのです」
「……あなたも人狼(ウェアウルフ)なの?」
「わたくしは父が。ご主人様はご両親が人狼(ウェアウルフ)同士です」

 どうやら、人狼というのは何人もいるものらしい。
 お義父様とお義母様ってどんな方なのかしら? 尻尾と耳は何色なの?
 私は生きてきて人狼には一度も出くわしたことがなかったけれど、もしかすると知らないうちに出会っていたりするのかしら。

「その辺にはいませんよ?」
「え?」
「今、人狼ってその辺にいるものなのかなとか思いましたよね?」
「……よく分かったわね」
「そういう匂いがしました」
「どういう匂いよ」
「系統としてはチャイブのような……」
「スープには、チャイブが必須よね」

 執事が嫌な顔をしてこっちを見てきた。なに言ってんだみたいな顔をしないで欲しい。あなたが人の匂いをチャイブとか言うからよ。

 感じの悪い執事とハーブについての見識の違いで変な空気になっていたら、外に馬車が到着する音がした。

「ユリシーズが帰ってきたのかしら?」
「先ほどの態度で、奥様の元へ帰ってくるでしょうか?」
「じゃあ誰が来たの?」
「……さあ?」

 私たちが首を傾げて窓の方に歩いて行く。
 窓の外を見ると、馬車からはユリシーズが降りてきていた。
 屋敷に向かって歩いてきているのを見ていたら、下からこちらを見上げたユリシーズと目が合う。

「あっ……ユリシーズの部屋にいるのを見られちゃった」

 隣を見ると誰もいない。

「?」

 不思議に思っていると、執事は外でユリシーズを出迎えていた。

「え? さっきまでここにいたんじゃ……」

 部屋は2階だというのに、この短時間でどうやって家の外に出たのよ。
 いなくなっているのに気づかなかったし。
 私だけで部屋に入り込んだみたいじゃないの。まあ、実際そうなんだけど。

 ユリシーズのところに向かおう。
 部屋を出て階段を降りると、玄関に入ってきたユリシーズと目が合った。

「お帰りなさい」
「ただいま戻りました、クリスティーナ様」
「さっき、執事の方に聞いたわ」
「何をですか?」

 穏やかなユリシーズ。さて、どんな反応になるのかしら。

「あなたが人狼だってこと」

 銀色の目が見張られ、唇が震えた。
 次の瞬間には、執事の首を片手で絞めながら上に高く掲げている。

「誰が言っても良いと……!?」

 ユリシーズの手には鋭い爪が現れ、執事の首に食い込みかけている。
 これ、首を絞められて声が出せなくなっているんじゃないの?!

「待って!」

 私はユリシーズの腕に飛びついた。
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