売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

碧井夢夏

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2章

私の家

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 ユリシーズと私は馬車に乗っている。
 公爵様のところに行くのはやめて、帝都から帰路についた。
 行きと違うのは……ユリシーズに手を握られながら、肩に寄りかかられた頭の重みを感じているところ。

 髪の毛が頬に当たってくすぐったい。ユリシーズは、ディエスもノクスもくっつきたいタイプらしい。

 人狼だから?
 犬は思う存分構ってあげた方が喜ぶわね。

「アイリーン」
「なあに?」
「膝の上に乗りたいです」
「膝……どうぞ」

 私の肩に預けていた頭が、勢いよく膝の上に倒れ込んできた。
 お腹側に鼻を向けてクンクンと私の匂いを……。

「嗅いで良いとは言っていないのですが」
「アイリーンがいい匂いで誘うからいけないんです」
「言いがかりはよして」

 ディエスは控えめかと思いきや、強引なところもあるらしい。
 傷ついた目で下から見上げてくるから、まるで悪いのは私みたいでどうも断りづらい。

「もう……好きにすればいいでしょう」
「はい。好きにします」

 ディエスとノクスは全然違うと思っていたけれど、こういうところは似ている。
 相手が犬であればともかく、人間の見た目をされていると恥ずかしいどころの騒ぎではない。

「そろそろ止めてくださると嬉しいのですが」
「嫌です」
「え」

 断ってきた?? ディエスが??
 相変わらず私の膝に乗っている顔も、なんだかむすっとしている……。

「反抗期ですか?」
「私は幸せの真っ只中なのに、どうして止めなければならないのでしょうか??」
「私が恥ずかしいからです」
「恥ずかしい??」
「人は嗅ぎ合ったりしないのです。犬はよく匂いを嗅ぎ合っていますけれど」
「犬……」

 複雑な顔を浮かべている。犬扱いしたから嫌だったのかしら。
 ノクスは狼に誇りを持っていたようだったけれど、ディエスはどうなのか分からない。

「この際、犬でもいいです」
「開き直ったわね」
「犬だと思って納得していただけるのなら犬扱いしてください」
「そんなに嗅ぐことに執着しないで」
「無理です」

 頑固だった……。
 膝の上に寝転んで来られた上に、駄々をこねられている……夫に。

「アイリーンを嗅いでいないと気が狂いそうです!」
「……すでに気が狂っているようにしか思えないのですが」
「こんな私では、アイリーンの夫は務まらないでしょうか?」

 しゅんとしながら上目遣いをしてくる。
 悔しいけれど、かわいい。すごくかわいい。

「もう、本当に犬みたいだわ」
「アイリーンは犬が好きなのですね?」
「調子に乗らないで。犬好きなのはユリシーズとは関係ないでしょ」
「私を犬だと思って触れてください」
「えっ……」

 じゃあ、とユリシーズの頭を撫でる。
 ノクスの時はふわふわの耳と尻尾があって分かりやすかったけれど、ディエスは耳が倒れることも尻尾が振れることもない。

「これは犬の撫で方ですか?」
「はい……」
「しっくりきます」

 ユリシーズが犬にしか見えなくなってきた。困ったことに、私は犬にめっぽう甘い。
 膝の上に横向きに乗るユリシーズの頭を撫で、ついでに肩から背中まで撫でていくと、うっとりとした顔を向けられて思わず目を逸らしてしまった。

 人狼だから仕方ないかと納得してユリシーズの身体を撫でているけれど、犬みたいだと思うのに時々男性を意識してしまって自分の感情がぐちゃぐちゃになる。

「貴女に触れられるのが嬉しいです」

 だから、そういうことは言わないでほしい。
 なにか言い返そうと思ったのに、どんな言葉も出てこなかった。
 良かったわねと言えば、ユリシーズは「良かったです」と言ってくることが分かっていたから。



 家に着くと、入口で執事が待っていた。

「お帰りなさいませ」

 後ろにメイド長も控えていて、その後ろに立つ使用人は数人。

「ただいま戻った」

 ユリシーズは、主人らしく凜々しく馬車から降りていく。
 さっきまで私の膝の上でグースカ寝てたくせに、まるでずっと起きていたみたいに普通。寝起きがいいらしい。

「妻に、我が家で働いている人狼の話をした」
「かしこまりました。奥様は人外にも理解がありそうでしたね」

 ぬけぬけと言ってくれる執事をじろりと睨む。人外の話をしてきたのはあなたからだったのでは?

「あら、執事に奥様だと思っていただいているようで嬉しいです」
「奥様のことはこちらにいらした時からずっと奥様だと思っておりますが」

 私と執事の間で静かな火花が散り始めると、ユリシーズに「クリスティーナ様、早く参りましょう」と促されて家に入る。
 さっきまでアイリーンと呼ばれていたせいか、クリスティーナ姫の名前がすんなりと自分のものに思えなくなっていた。

「メイド長と料理長が夫婦関係なのですが、料理長が人狼でメイド長は人間です」

 家に入りながら人狼の従業員について教えてくれるユリシーズ。

「そうなのですね。是非メイド長に人狼の妻としての心得を聞きたいです」
「貴女にそんなものは要りません」
「どうしてそんなに非協力的なのよ」

 私が人狼との夫婦関係に悩んでいるのに、邪魔されたくない。
 昼にディエスと過ごせば夜になるとノクスに嫉妬されるし、ノクスの行動についてディエスに不機嫌になられるし、今後も含めて心配なのだから。

 これは、ユリシーズの目を盗んでこっそり聞いた方がいいのかも……。
 メイド長や料理長に接触する計画を立てよう。
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