42 / 134
2章
狩りのある日常 2
しおりを挟む
食堂で食事をしながら、今朝のユリシーズを思い出して尋ねた。
「猪が見つかるまでは、狩りに行くのですか?」
「そうですね。今日は朝食を取った後も行ってみます。昼には帰ってきますから」
「やっぱり私が行くのは難しいのでしょうか?」
「猪は人を襲う生き物ですから、家にいて下さい。私なら猪に突進されてもなんとかなりますが、貴女には危険すぎます」
「そう……」
迷惑になっても仕方ないか、とスープを飲む。その姿を見て、ユリシーズが興味深そうにこっちを見ていた。
「何か?」
「もしかして、私と離れたくないと思って下さってますか?」
「えっ?」
「うぬぼれでしたらすみません、やけに落ち込んでいるので……」
えっ?! 私、いま落ち込んでいたの?
確かに、狩りに一緒に行くのは難しいのかと思ったけれど、それは狩りに興味が……いえ、別に狩りに興味があるわけじゃ無いかも……。
「そうだったら、どうなのですか?」
「嬉しいです」
「……」
まあ、嬉しいくらいだったら別にそのまま喜んでもらっていいのかしら。
夫が嬉しい方がいいわよね、多分。
こっちを見ているユリシーズをなるべく見ないようにして食事に戻る。
パンを指でちぎる度に、腕のあらゆるところがズキズキと痛いわ。
「そういえば、ノクスは猪を生きたまま捕らえろと言っていたような気がするのですが」
「だから大変なのです。猟銃は護身用で、基本的には罠を仕掛けて生け捕るつもりですが、いざとなったら体当たりですね」
「猪と体当たりするのですか!? 命がいくつあっても足りないわ」
「一人で立ち向かうわけではありません。人狼は身体で向かっていく狩りが好きなので、わくわくしています」
「……そういう好戦的なところもあるのね」
「そうですね、おいおい知っていって下さい」
おいおい知っていく、かあ……。なんだか怖い気もするのだけれど。
スープ用スプーンを置いてエッグスタンドに立てられた茹で卵を見つめる。
腕が痛くて、殻をナイフで剥くのは無理そうね。
「卵の殻、私で良ければ剥きましょうか?」
私たちの席は、向かいとはいえそれなりに離れている。
私が戸惑っている間に、給仕に入っている使用人が私の茹で卵をスタンドごと持ち上げてユリシーズの席に持って行った。
「すみません」
「いいえ。このくらい気にせずに甘えて下さい」
ユリシーズは鼻歌でも歌いそうな調子で自分のナイフを持ち、私の卵にぐるりと一周切り込みを入れてからナイフの背で殻を叩く。そうやって割れ目を作って綺麗に卵の上部の殻を剥いたら、また使用人が私のところへ卵を運んでくれた。
「ありがとうございます」
「貴女のお役に立てて幸いです」
今日の私の腕のコンディションでは、卵の殻を割るのは相当きつかったと思う。
微妙な力加減ができるような状態ではない。
「ここのお屋敷の卵はすごく美味しいですね」
「そうですか。狼が鶏を飼育しているなんておかしいですよね」
「いえ、別に……」
よく考えてみたら、そうか、狼が鶏を飼ってるのね……。
「飼っているうちに鶏に噛みつきたくなったりしないのですか?」
「使用人は主人の私の顔が浮かぶはずです」
「ああ、そうよね」
「衝動を抑えられなかったら馬も飼えませんよ」
「みんな偉いわね」
単に感想を言っただけなのに、ユリシーズが不本意そうな顔をした。
だって、猫なんかは他の動物を襲ったりするじゃない。
犬は……確かに言って聞かせれば言うことを聞く子が多いけれど。
「偉いとはどういう……」
「昨日の夜の様子からして狩猟本能を持て余していたから、我慢ができて偉いわねって」
スプーンで半熟の卵をすくいながら言うと、ユリシーズは「なるほど」とうなずいた後に「いや、私は理性的だと自負しておりますが?」と付け加えた。
その不満げな顔を見て、思わず小さく笑ってしまう。
「もしかして、貴女はそうは思っていないのですか?」
「いいえ。ユリシーズは、これまでそんなことを自分から言ったりしなかったから」
ばつが悪そうにしているユリシーズの様子に、私はすっかり気分をよくしている。
相変わらず腕は痛かったけれど、名誉の痛みだと思うことにするわ。
ユリシーズが狩りに行ってしまったので、部屋を物色することにした。
例の『黒魔術』の本もじっくり読んでみたいけれど、他にも何か面白い物はないかしら?
うーん、とタイトルを眺めていると、『人狼』という私に読めと言っているような本が並んでいた。
本棚から取り出すときに、腕の痛みが来たけれど。
深紅にゴールドの縁取りをされた布張りの装丁。とても綺麗。
そっとページをめくると、『人狼伝説とその研究』というタイトルが中扉についていた。
本を手に取って初めて気付く。
当たり前のように受け入れてきたけれど、人狼がこれまで誰かに見つからなかったはずがない。
こうやって伝説になって、研究されたりもしてきたのね。
じっくり読もうと思い、ユリシーズのデスクに座る。
すると、ドアを軽くノックする音がした。
「はい。どなた?」
声をかけると、「おばさんです~」と声がする。
ユリシーズの叔母さん、ペトラの母親ね。
「猪が見つかるまでは、狩りに行くのですか?」
「そうですね。今日は朝食を取った後も行ってみます。昼には帰ってきますから」
「やっぱり私が行くのは難しいのでしょうか?」
「猪は人を襲う生き物ですから、家にいて下さい。私なら猪に突進されてもなんとかなりますが、貴女には危険すぎます」
「そう……」
迷惑になっても仕方ないか、とスープを飲む。その姿を見て、ユリシーズが興味深そうにこっちを見ていた。
「何か?」
「もしかして、私と離れたくないと思って下さってますか?」
「えっ?」
「うぬぼれでしたらすみません、やけに落ち込んでいるので……」
えっ?! 私、いま落ち込んでいたの?
確かに、狩りに一緒に行くのは難しいのかと思ったけれど、それは狩りに興味が……いえ、別に狩りに興味があるわけじゃ無いかも……。
「そうだったら、どうなのですか?」
「嬉しいです」
「……」
まあ、嬉しいくらいだったら別にそのまま喜んでもらっていいのかしら。
夫が嬉しい方がいいわよね、多分。
こっちを見ているユリシーズをなるべく見ないようにして食事に戻る。
パンを指でちぎる度に、腕のあらゆるところがズキズキと痛いわ。
「そういえば、ノクスは猪を生きたまま捕らえろと言っていたような気がするのですが」
「だから大変なのです。猟銃は護身用で、基本的には罠を仕掛けて生け捕るつもりですが、いざとなったら体当たりですね」
「猪と体当たりするのですか!? 命がいくつあっても足りないわ」
「一人で立ち向かうわけではありません。人狼は身体で向かっていく狩りが好きなので、わくわくしています」
「……そういう好戦的なところもあるのね」
「そうですね、おいおい知っていって下さい」
おいおい知っていく、かあ……。なんだか怖い気もするのだけれど。
スープ用スプーンを置いてエッグスタンドに立てられた茹で卵を見つめる。
腕が痛くて、殻をナイフで剥くのは無理そうね。
「卵の殻、私で良ければ剥きましょうか?」
私たちの席は、向かいとはいえそれなりに離れている。
私が戸惑っている間に、給仕に入っている使用人が私の茹で卵をスタンドごと持ち上げてユリシーズの席に持って行った。
「すみません」
「いいえ。このくらい気にせずに甘えて下さい」
ユリシーズは鼻歌でも歌いそうな調子で自分のナイフを持ち、私の卵にぐるりと一周切り込みを入れてからナイフの背で殻を叩く。そうやって割れ目を作って綺麗に卵の上部の殻を剥いたら、また使用人が私のところへ卵を運んでくれた。
「ありがとうございます」
「貴女のお役に立てて幸いです」
今日の私の腕のコンディションでは、卵の殻を割るのは相当きつかったと思う。
微妙な力加減ができるような状態ではない。
「ここのお屋敷の卵はすごく美味しいですね」
「そうですか。狼が鶏を飼育しているなんておかしいですよね」
「いえ、別に……」
よく考えてみたら、そうか、狼が鶏を飼ってるのね……。
「飼っているうちに鶏に噛みつきたくなったりしないのですか?」
「使用人は主人の私の顔が浮かぶはずです」
「ああ、そうよね」
「衝動を抑えられなかったら馬も飼えませんよ」
「みんな偉いわね」
単に感想を言っただけなのに、ユリシーズが不本意そうな顔をした。
だって、猫なんかは他の動物を襲ったりするじゃない。
犬は……確かに言って聞かせれば言うことを聞く子が多いけれど。
「偉いとはどういう……」
「昨日の夜の様子からして狩猟本能を持て余していたから、我慢ができて偉いわねって」
スプーンで半熟の卵をすくいながら言うと、ユリシーズは「なるほど」とうなずいた後に「いや、私は理性的だと自負しておりますが?」と付け加えた。
その不満げな顔を見て、思わず小さく笑ってしまう。
「もしかして、貴女はそうは思っていないのですか?」
「いいえ。ユリシーズは、これまでそんなことを自分から言ったりしなかったから」
ばつが悪そうにしているユリシーズの様子に、私はすっかり気分をよくしている。
相変わらず腕は痛かったけれど、名誉の痛みだと思うことにするわ。
ユリシーズが狩りに行ってしまったので、部屋を物色することにした。
例の『黒魔術』の本もじっくり読んでみたいけれど、他にも何か面白い物はないかしら?
うーん、とタイトルを眺めていると、『人狼』という私に読めと言っているような本が並んでいた。
本棚から取り出すときに、腕の痛みが来たけれど。
深紅にゴールドの縁取りをされた布張りの装丁。とても綺麗。
そっとページをめくると、『人狼伝説とその研究』というタイトルが中扉についていた。
本を手に取って初めて気付く。
当たり前のように受け入れてきたけれど、人狼がこれまで誰かに見つからなかったはずがない。
こうやって伝説になって、研究されたりもしてきたのね。
じっくり読もうと思い、ユリシーズのデスクに座る。
すると、ドアを軽くノックする音がした。
「はい。どなた?」
声をかけると、「おばさんです~」と声がする。
ユリシーズの叔母さん、ペトラの母親ね。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】
日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。
それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。
ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。
「このままでは、あなたは後宮から追い出される」
実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。
迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。
けれど、彼には誰も知らない秘密があった。
冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。
ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~
水無月礼人
恋愛
私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!
素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。
しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!
……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?
私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!!
※【エブリスタ】でも公開しています。
【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる