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2章
拉致
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ペトラが獅子の家紋の封蝋印が付いた手紙をかざしながら、「さすがに無視はできないって分かるだろ?」と私の耳元で囁く。
食堂で席に着いたまま、愕然とした。
公爵家からの手紙を持っているということは、公爵家と繋がっていたのは……。
誰かを呼ばなきゃ、とか、ここにいるエイミーが証人だから何かしなきゃと思うのに、ペトラに手首を引かれて無理矢理立たされる。
「痛っ……」
「力を入れたわけじゃないのに大げさな女だな」
まだ残っていた筋肉痛が痛んだのだけれど、そんなことを説明している状況じゃない。
「私はこの家の人間よ。いまさら……」
「どうせユリシーズと喧嘩しているんだから、実家に一旦帰ったっていいだろ? あの家に逆らったらどうなるかくらい、誰だって分かってる」
エイミーは私たちを見て「あの、無理矢理何を」と口を挟んでくれたけれど、ペトラが睨むと獣の迫力に怯えたのかビクッと怯えて何も言えなくなってしまった。
「エイミー、ユリシーズには私が公爵家に呼ばれたと伝えて」
「でも……」
エイミーは、私の腕を引くペトラに向かおうとしていた。
「余計なことをするな。奥様は実家から呼ばれただけだ」
「心配しないで、エイミー。向こうに着いたら、ユリシーズ宛に手紙を書くから」
「お嬢様」
エイミーが必死に私に付いてこようとしている。
屋敷内の使用人が異変に気付いて集まり始めた。
進路を塞がれたペトラは私の手首から手を外すと、先ほどの手紙をシンシアの目の前に差し出す。封蝋印を割って開き、中の手紙を読み始めた。
『親愛なるクリスティーナ
先日は夫婦で挨拶に来ると連絡をくれていたが、都合が悪くなってしまったのだろうか。
実は皇帝陛下より伝言を賜っていた。手紙にする内容ではないから、直接会って話したい。
遣いを送るのでこの手紙を持ってきた者と共に、二人だけでこちらに帰ってきなさい。
すぐにオルブライト家に帰れるようにするから、心配は要らない。
クリスティーナただ一人の父、王族公爵フリートウッド』
「ロイヤルデュークなんて自分に称号をつけた手紙、初めて見たな」
どう考えても娘宛てではないと分かる手紙を読みながら、ペトラが笑っている。
確かにロイヤルデュークを本人が名乗るのは違和感がある。誰かが代筆しているに違いない。
「お前らも知っている通り、フリートウッド公爵家は皇帝陛下の親戚で建国の王家の血筋だ。これが命令であることは分かるだろ?」
ペトラはそう言って笑い、私を引っ張って行く。
「待って、ユリシーズに許可もとらずに屋敷を空けるなんておかしいでしょ?!」
「ユリシーズは連れて来るなと書いてあるんだ。この手紙を置いておけば分かる」
ペトラはそう言ってひらりと手紙を放るようにする。手紙と封筒が食堂の床に着地するのを横目に、私は強い力で引っ張られて廊下に出た。
「お待ちください。部外者が何を?」
玄関前でメイド長のジュディが立ちはだかる。すぐ後ろにはジュディの娘、シンシアの姿があった。
「部外者か。ユリシーズの従妹に向かってそれはないだろ?」
ペトラは私をぐっと引き寄せると、後ろから抱え込むように私を拘束し、喉元に爪を立てジュディに見せる。
「外に行かせろ。こっちは、この奥様とやらを殺したっていい」
爪が軽く首の皮膚を刺し、つう、と液体が伝うのを感じた。
「お止めください!! 奥様を傷つけないで!!」
シンシアは泣いていた。ジュディはシンシアの肩を抱きかかえてペトラのために道を開けると「どうぞ」と震えながら「奥様を傷つけないでください」と懇願している。
「ジュディ……シンシア……」
私のせいで、屋敷内のみんなは身動きが取れなくなってしまった。
「大丈夫よ、公爵家に『帰る』だけだから」
ドレスの胸部分に紅の雫が落ちている。口惜しく見ながら、屋敷内に聞こえるように大きめの声を張った。
「ちょっとだけ、帰省してきますね!」
使用人たちが眉を下げながら渋々「かしこまりました」と言って頭を下げる。
その様子に、胸の奥がぐっと苦しくなった。
ごめんなさい。私が非力なばっかりに、簡単に捕まってしまったの。
事実を知ったら、みんながユリシーズから怒られてしまうかしら。
ペトラは屋敷から出ても私を拘束しながら暫く歩く。
敷地から離れて木陰になっている場所に、公爵家の馬車が停まっている。
「連れてきた」
御者にペトラが声をかけると、大柄で短髪の男性が馬車の中から降りてきた。
知人ではないけれど、クリスティーナ姫の近くで見たことがある護衛の人だ。
「ご苦労様です。それでは『クリスティーナ様』行きましょう」
「待って。どういうことなの?! 急すぎるわ」
「手紙はご覧にならなかったのですか?」
「あんな一方的な手紙で納得できるわけーー」
自分でも声のトーンが大きくなったのには気付いていた。だからって口を思いきり塞がれて馬車に詰め込まれ扉を閉められてしまうなんて。
私が馬車に消える瞬間、ペトラがニヤリと笑っているのが見えた。
まるで、もう二度とここには戻ってこられないとでも言いたげな目で……。
私を馬車に乗せた男が隣にいる。
逃げようと馬車の入口に向かうと、手首を引っ張られて強い力で隣の座席に戻された。
「痛っ……」
筋肉痛の腕がビキビキと悲鳴を上げた。こんな時なのに、私は何もできない。
「もっと痛い目に遭いたくなかったら、大人しくしていてください」
暗い色の目がじろりと私を見ていた。相手は公爵家の護衛。力で適うはずもない。
「どうして? 私はあの家に嫁ぐのが仕事だったはず」
「閣下は、問題がないか現状を知りたがっていらっしゃるだけです」
「問題……?」
それはどういうことなのだろうか。
公爵様は、私がずっとユリシーズの側にいればそれで良いのではないの?
「まさか、死神伯と生涯を添い遂げようと思っていたのですか?」
「……どういうこと?」
「クリスティーナ姫を妻に迎えたいなどと分不相応な要求をしておいて、皇帝陛下と閣下が納得しているとでも?」
「……私が身代わりになったのだから納得されているはずでは?」
「まさか、あの残酷な男に嫁ぎ順応するとは」
耳を疑った。
皇帝陛下も公爵様も、私がユリシーズを嫌がる想定だった……?
つまり、そこから私を「救い出す」計画もあったということ……?
「ちょっと待って。それじゃあ、ユリシーズは……」
「クリスティーナ姫だろうと、身代わりの令嬢だろうと、公爵家に戻すつもりで嫁がせておりますが?」
「そんな計画、聞いてないわ……」
「あらかじめ伝えていたらうまくやれましたか? 死神伯に嫁ぐなど恐ろしいはず」
「ユリシーズは戦争の英雄でしょう? どうして蔑まれなくちゃいけないの?」
鼻で笑われた。納得できなくて、冷たい目をした隣の男を睨む。
「素晴らしいですね。あの恐ろしい死神伯すら魅了してしまうとは」
私を見つめながらじりじりと近づいてくる。
冷たい目が、賭博場で私を見てきた男と同じ目になった。
「来ないで……」
身体が震えだすのを止められない。
厭らしい目が、私の身体を舐めるように見つめている。
怖い。
「あの男を手懐けるのに、どんな手を?」
「何もして……ないわ……」
「死神伯も美姫には弱かったのですね……。確かに本物のクリスティーナ姫より美しい」
「近寄らないで」
馬車の端に追い込まれた私を見ながら、生唾を飲み込む音が聞こえる。
身体にぞくりと寒気が走った。
嫌ーーーー。
男は私の顎を荒々しく掴むと、無理矢理その口を私の口に当ててきた。
食堂で席に着いたまま、愕然とした。
公爵家からの手紙を持っているということは、公爵家と繋がっていたのは……。
誰かを呼ばなきゃ、とか、ここにいるエイミーが証人だから何かしなきゃと思うのに、ペトラに手首を引かれて無理矢理立たされる。
「痛っ……」
「力を入れたわけじゃないのに大げさな女だな」
まだ残っていた筋肉痛が痛んだのだけれど、そんなことを説明している状況じゃない。
「私はこの家の人間よ。いまさら……」
「どうせユリシーズと喧嘩しているんだから、実家に一旦帰ったっていいだろ? あの家に逆らったらどうなるかくらい、誰だって分かってる」
エイミーは私たちを見て「あの、無理矢理何を」と口を挟んでくれたけれど、ペトラが睨むと獣の迫力に怯えたのかビクッと怯えて何も言えなくなってしまった。
「エイミー、ユリシーズには私が公爵家に呼ばれたと伝えて」
「でも……」
エイミーは、私の腕を引くペトラに向かおうとしていた。
「余計なことをするな。奥様は実家から呼ばれただけだ」
「心配しないで、エイミー。向こうに着いたら、ユリシーズ宛に手紙を書くから」
「お嬢様」
エイミーが必死に私に付いてこようとしている。
屋敷内の使用人が異変に気付いて集まり始めた。
進路を塞がれたペトラは私の手首から手を外すと、先ほどの手紙をシンシアの目の前に差し出す。封蝋印を割って開き、中の手紙を読み始めた。
『親愛なるクリスティーナ
先日は夫婦で挨拶に来ると連絡をくれていたが、都合が悪くなってしまったのだろうか。
実は皇帝陛下より伝言を賜っていた。手紙にする内容ではないから、直接会って話したい。
遣いを送るのでこの手紙を持ってきた者と共に、二人だけでこちらに帰ってきなさい。
すぐにオルブライト家に帰れるようにするから、心配は要らない。
クリスティーナただ一人の父、王族公爵フリートウッド』
「ロイヤルデュークなんて自分に称号をつけた手紙、初めて見たな」
どう考えても娘宛てではないと分かる手紙を読みながら、ペトラが笑っている。
確かにロイヤルデュークを本人が名乗るのは違和感がある。誰かが代筆しているに違いない。
「お前らも知っている通り、フリートウッド公爵家は皇帝陛下の親戚で建国の王家の血筋だ。これが命令であることは分かるだろ?」
ペトラはそう言って笑い、私を引っ張って行く。
「待って、ユリシーズに許可もとらずに屋敷を空けるなんておかしいでしょ?!」
「ユリシーズは連れて来るなと書いてあるんだ。この手紙を置いておけば分かる」
ペトラはそう言ってひらりと手紙を放るようにする。手紙と封筒が食堂の床に着地するのを横目に、私は強い力で引っ張られて廊下に出た。
「お待ちください。部外者が何を?」
玄関前でメイド長のジュディが立ちはだかる。すぐ後ろにはジュディの娘、シンシアの姿があった。
「部外者か。ユリシーズの従妹に向かってそれはないだろ?」
ペトラは私をぐっと引き寄せると、後ろから抱え込むように私を拘束し、喉元に爪を立てジュディに見せる。
「外に行かせろ。こっちは、この奥様とやらを殺したっていい」
爪が軽く首の皮膚を刺し、つう、と液体が伝うのを感じた。
「お止めください!! 奥様を傷つけないで!!」
シンシアは泣いていた。ジュディはシンシアの肩を抱きかかえてペトラのために道を開けると「どうぞ」と震えながら「奥様を傷つけないでください」と懇願している。
「ジュディ……シンシア……」
私のせいで、屋敷内のみんなは身動きが取れなくなってしまった。
「大丈夫よ、公爵家に『帰る』だけだから」
ドレスの胸部分に紅の雫が落ちている。口惜しく見ながら、屋敷内に聞こえるように大きめの声を張った。
「ちょっとだけ、帰省してきますね!」
使用人たちが眉を下げながら渋々「かしこまりました」と言って頭を下げる。
その様子に、胸の奥がぐっと苦しくなった。
ごめんなさい。私が非力なばっかりに、簡単に捕まってしまったの。
事実を知ったら、みんながユリシーズから怒られてしまうかしら。
ペトラは屋敷から出ても私を拘束しながら暫く歩く。
敷地から離れて木陰になっている場所に、公爵家の馬車が停まっている。
「連れてきた」
御者にペトラが声をかけると、大柄で短髪の男性が馬車の中から降りてきた。
知人ではないけれど、クリスティーナ姫の近くで見たことがある護衛の人だ。
「ご苦労様です。それでは『クリスティーナ様』行きましょう」
「待って。どういうことなの?! 急すぎるわ」
「手紙はご覧にならなかったのですか?」
「あんな一方的な手紙で納得できるわけーー」
自分でも声のトーンが大きくなったのには気付いていた。だからって口を思いきり塞がれて馬車に詰め込まれ扉を閉められてしまうなんて。
私が馬車に消える瞬間、ペトラがニヤリと笑っているのが見えた。
まるで、もう二度とここには戻ってこられないとでも言いたげな目で……。
私を馬車に乗せた男が隣にいる。
逃げようと馬車の入口に向かうと、手首を引っ張られて強い力で隣の座席に戻された。
「痛っ……」
筋肉痛の腕がビキビキと悲鳴を上げた。こんな時なのに、私は何もできない。
「もっと痛い目に遭いたくなかったら、大人しくしていてください」
暗い色の目がじろりと私を見ていた。相手は公爵家の護衛。力で適うはずもない。
「どうして? 私はあの家に嫁ぐのが仕事だったはず」
「閣下は、問題がないか現状を知りたがっていらっしゃるだけです」
「問題……?」
それはどういうことなのだろうか。
公爵様は、私がずっとユリシーズの側にいればそれで良いのではないの?
「まさか、死神伯と生涯を添い遂げようと思っていたのですか?」
「……どういうこと?」
「クリスティーナ姫を妻に迎えたいなどと分不相応な要求をしておいて、皇帝陛下と閣下が納得しているとでも?」
「……私が身代わりになったのだから納得されているはずでは?」
「まさか、あの残酷な男に嫁ぎ順応するとは」
耳を疑った。
皇帝陛下も公爵様も、私がユリシーズを嫌がる想定だった……?
つまり、そこから私を「救い出す」計画もあったということ……?
「ちょっと待って。それじゃあ、ユリシーズは……」
「クリスティーナ姫だろうと、身代わりの令嬢だろうと、公爵家に戻すつもりで嫁がせておりますが?」
「そんな計画、聞いてないわ……」
「あらかじめ伝えていたらうまくやれましたか? 死神伯に嫁ぐなど恐ろしいはず」
「ユリシーズは戦争の英雄でしょう? どうして蔑まれなくちゃいけないの?」
鼻で笑われた。納得できなくて、冷たい目をした隣の男を睨む。
「素晴らしいですね。あの恐ろしい死神伯すら魅了してしまうとは」
私を見つめながらじりじりと近づいてくる。
冷たい目が、賭博場で私を見てきた男と同じ目になった。
「来ないで……」
身体が震えだすのを止められない。
厭らしい目が、私の身体を舐めるように見つめている。
怖い。
「あの男を手懐けるのに、どんな手を?」
「何もして……ないわ……」
「死神伯も美姫には弱かったのですね……。確かに本物のクリスティーナ姫より美しい」
「近寄らないで」
馬車の端に追い込まれた私を見ながら、生唾を飲み込む音が聞こえる。
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